「かつて、この島は美しかった」 洪水と紛争で遠のく医療、患者を運ぶカヌーを待つ人びと──南スーダン・ファンガク郡

2026年10月15日
湿地帯を流れる川で、木製のカヌーに立つ男性。周辺地域では、カヌーがほぼ唯一の移動手段となっている=南スーダン北部・ジョングレイ州ファンガク郡で2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF
湿地帯を流れる川で、木製のカヌーに立つ男性。周辺地域では、カヌーがほぼ唯一の移動手段となっている=南スーダン北部・ジョングレイ州ファンガク郡で2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF

南スーダン北部・ジョングレイ州ファンガク郡では、繰り返す洪水と紛争によって、人びとが湿地に点在する島や高台へ追われ、医療からも遠ざけられている。

2025年5月には、11万人以上に医療を提供していた病院が政府軍の空爆で破壊。病気になっても、診療所へ向かうカヌーを何日も待たなければならない人がいる。

国境なき医師団(MSF)は、既存の体制では医療が届かない島々にスタッフを送り、外来診療や妊産婦ケア、患者の搬送に取り組んでいる。

水没した島、失われた暮らし

「かつて、この島は美しい場所でした。畑があり、牛もたくさん飼っていたんです」

ファンガク郡のパイアット地区にある集落で暮らしていたニャヌオット・ギエル・トールさん(60)はそう振り返る。

洪水で作物は駄目になり、牛も死んだ。やがて家まで水につかり、一晩のうちに辺り一帯が水で覆われたという。

MSFの診療拠点に来たニャヌオット・ギエル・トールさん。MSFは孤立した地域を訪れて医療を届けている=ファンガク郡で2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF
MSFの診療拠点に来たニャヌオット・ギエル・トールさん。MSFは孤立した地域を訪れて医療を届けている=ファンガク郡で2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF

いまでは島全体が水没し、私たちは高い土地へ移らざるを得ませんでした。

水没した集落で暮らしていた住民 ニャヌオット・ギエル・トールさん

2019年以降、南スーダンの広大なスッド湿地帯に位置するファンガク郡では、洪水と避難、治安の悪化が繰り返されている。度重なる洪水によって家や農地、放牧地が水没し、住民は村を離れ、湿地に点在する島やわずかな高台へ避難してきた。

住民が各地に散らばるにつれ、医療をはじめとする基本的なサービスを受けることも難しくなっている。現在、多くの人びとが、最寄りの診療施設まで何時間もかかる場所で暮らしている。

ニャヌオットさん一家も、避難によって生活のほぼ全てが変わった。かつて耕していた土地はいまも水没しており、暮らしを支えていた牛も失ったままだ。ファンガク郡の多くの住民と同じように、川に行って魚を捕ったりスイレンを採ったりして食料を確保している。

人びとを追い詰める紛争

ファンガク郡の人びとを苦しめているのは、洪水だけではない。

2025年4月下旬以降、政府軍と反政府勢力との間で緊張が繰り返し高まり、住民は郡内で避難を余儀なくされた。その結果、多くの人びとが医療からさらに遠ざかっている。

同年5月には、住民11万人以上に医療を提供していたオールド・ファンガクにあるMSFの病院が南スーダン政府軍の空爆を受け、破壊された。7人が死亡し、患者やMSFスタッフを含む27人が負傷した。避難生活によって医療へのアクセスが悪化していたなか、郡内で最も重要な医療施設の一つまで失われた。

現在、ジョングレイ州の反政府勢力支配地域には100万人以上が暮らしている。この地域で診療を続けている病院はわずか2カ所で、いずれもMSFが運営している。洪水と紛争が重なり、人びとの住む場所も医療を受ける方法もがらりと変わってしまった。その影響はMSFが活動する地域の至る所で見られる。

MSFが支援する巡回の診療拠点で治療を受ける母娘=ファンガク郡で2026年8月28日 © Gale Julius Dada/MSF
MSFが支援する巡回の診療拠点で治療を受ける母娘=ファンガク郡で2026年8月28日 © Gale Julius Dada/MSF


ファンガクでMSFのアウトリーチ看護チームリーダーを務めるディウ・トップによると、洪水や戦闘を逃れた大勢の人びとは、比較的標高の高い島で身を寄せ合って暮らしている。

こうした状況は、オールド・ファンガクの病院への空爆後、特に顕著になりました。人びとの多くが安全な避難場所を求め、簡単にはたどり着けない地域へ逃れたのです。

ファンガクのMSFアウトリーチ看護チームリーダー ディウ・トップ

こうした人里離れた場所で生活を始めると、医療を受けることは難しくなる。それでも人びとは、医療施設に近い場所で暮らすことよりも身の安全を優先せざるを得ない。

トップはこう強調する。

外部から近づきにくい地域であるほど、人びとは安全だと感じています。しかしその結果、医療から遠ざかり、本来受けられるはずの基本的なサービスを受けられなくなっています。

ファンガクのMSFアウトリーチ看護チームリーダー ディウ・トップ

唯一の移動手段さえ入手困難に

移動手段の確保も大きな問題だ。

ファンガク郡の多くの地域では、集落を行き来する手段はほぼカヌーしかない。市場や漁場、学校、医療施設へ行くにもカヌーが必要だ。

だが、長年にわたる洪水によって、昔からカヌー作りに使われてきた木々が生える森の多くが水没した。そのため、カヌーの入手は以前にも増して難しくなり、価格も上がっている。

ドルノール地区で暮らすニャイエク・ガイさんは、移動の難しさについてこう訴える。

移動手段はカヌーしかありませんが、確保するのはとても大変です。誰かが病気になっても、診療所へ連れて行くためのカヌーを何日も待たなければならないことがあります。

ドルノール地区の住民 ニャイエク・ガイさん

洪水と紛争の影響で、医療へのアクセスが困難になっているファンガク郡=2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF
洪水と紛争の影響で、医療へのアクセスが困難になっているファンガク郡=2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF


さらに近年、南スーダンへの人道援助資金が大幅に削減され、住民が置かれた状況はいっそう厳しくなっている。

ファンガク郡で活動してきた複数の団体は活動の縮小を余儀なくされた。元々不安定だった保健医療体制への圧力が強まり、現地に残る数少ない医療援助団体の一つであるMSFにかかる負担も増している。

島々を訪ね、住民のもとへ

MSFは2026年2月、既存の医療施設では支援が届かない人びとの近くで医療を提供するため、ファンガク郡で地域巡回診療プログラムを始めた。対象者はドルノール、クエルブアイ、クエルデン、パイアットの島々で暮らす推定2万5146人だ。

医療スタッフがそれぞれの地域を訪れて診療するので、患者がカヌーで長距離を移動する必要はなくなった。スタッフは定期的に島々を巡り、外来診療や妊産婦ケア、患者の経過観察をするほか、より高度な治療が必要な患者をボートで医療施設へ搬送している。

医療物資を積み、船着き場に停泊するMSFのボート=ファンガク郡で2026年9月1日 © Gale Julius Dada/MSF
医療物資を積み、船着き場に停泊するMSFのボート=ファンガク郡で2026年9月1日 © Gale Julius Dada/MSF


また、地域で医薬品を提供する住民とも緊密に連携。より小さく孤立した島で暮らす幼い子どもたちが、必要なときに自宅近くで治療を受けられるよう取り組んでいる。

オールド・ファンガクの病院への空爆後、ドルノールは安全を求めて逃れてきた人びとの避難先の一つとなった。現地で対応にあたるMSFの医療スタッフ、ガン・ポール・ホスはこう話す。

冠水した場所を歩き、診療拠点へ向かうMSFの医療スタッフのガン・ポール・ホス(中央)=ファンガク郡で2026年9月1日 © Gale Julius Dada/MSF
冠水した場所を歩き、診療拠点へ向かうMSFの医療スタッフのガン・ポール・ホス(中央)=ファンガク郡で2026年9月1日 © Gale Julius Dada/MSF

私たちは毎週100人を超える患者を診ています。この地域では安全な飲み水を確保できないため下痢の患者が大勢います。

MSFの医療スタッフ ガン・ポール・ホス

「それだけが救いです」

パイアットでは、ニャヌオットさんが、MSFの看護師から治療を受ける4歳の孫に付き添っていた。孫は2日前から咳が続いており、診てもらおうとMSFの診療拠点へ連れてきたという。

島での暮らしは、いまも厳しいままだ。紛争や洪水への恐怖が消えたわけでもない。それでも、身近な場所で医療を受けられるようになったことで、家族が抱える数多くの負担のうち一つは軽くなった。

ニャヌオットさんはこう語る。

いまは近くで薬を無料でもらえます。私たちにとって、それだけが救いです。

水没した集落で暮らしていた住民 ニャヌオット・ギエル・トールさん

船着き場に停泊するMSFのモーターボート=ファンガク郡で2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF
船着き場に停泊するMSFのモーターボート=ファンガク郡で2026年8月27日 © Gale Julius Dada/MSF


ファンガク郡では、繰り返される洪水と紛争、それに伴う避難によって、人びとが医療から遠ざけられてきた。MSFはこの現実に対応し、郡内でも特に孤立した地域へ医療を直接届けている。

カヌーを確保できなくても、遠くまで移動できなくても、必要な治療を受けられるようにするためだ。

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