「この子を抱えて5時間歩いた」──危機下の南スーダン、はしかから子どもたちを守る

2023年06月07日
はしかにかかった孫に寄り添うニャンドゥットさん  © Nasir Ghafoor/MSF
はしかにかかった孫に寄り添うニャンドゥットさん © Nasir Ghafoor/MSF

東アフリカに位置する南スーダン。この国では、はしかが全土にわたって流行している。特に、抵抗力の弱い子どもたちにとっては生命を脅かす事態だ。

孫を連れて病院まで徒歩5時間

南スーダンの中央に位置するジョングレイ州ランキエン。この地域で、国境なき医師団(MSF)はベッド数85を擁する病院を運営している。60 歳のニャンドゥット・ニョアチさんが、4歳の孫イーエンくんを連れて、この病院を訪れた。

イーエンくんは、高熱、咳、発疹、ひきつけなどを起こしている。はしかの典型的な症状だ。イーエンくんは、はしか患者の隔離病棟に移されて入院することになった。ニャンドゥットさんは、病院を訪れる前に、孫の体に水をかけて必死に体温を冷まそうとしてきたのだという。
 
孫が寝ている病院のベッド。そのそばに腰かけながら、ニャンドゥットさんが語ってくれた。

「5時間ほどかけて病院まで来ました。これでも家から一番近い病院なんです。甥っ子と私とで、この子を代わる代わる抱っこしながら歩いてきました。はしかは 1年おきに流行ります。そのたびに多くの子どもが亡くなっていくのを目にしてきました。皆さん、自分の子の具合が悪くなっても、よほどの事態にならない限り、病院には連れて行けません。それぐらい病院までの距離が遠いのです。たどり着けない人も多いのですよ」

MSFが運営する病院の隔離病棟で治療を受けるイーエンくん  © Nasir Ghafoor/MSF
MSFが運営する病院の隔離病棟で治療を受けるイーエンくん © Nasir Ghafoor/MSF

栄養失調とはしかが子どもを襲う

2022年の1年間だけで、南スーダン政府の医療当局は、はしか流行宣言を 2 回発出している。年末までに、はしか流行地域はすべての州にまで広がった。流行は2023年に入っても続いている。南スーダンの医療インフラは脆弱であり、拡大する流行に対応しきれない状況だ。一方、この国では、栄養失調の問題も深刻である。とりわけ乳幼児のあいだで多くの被害を出している。
 
MSFは、南スーダンの全国各地にある医療施設にて、はしか患者の治療に取り組んできた。2022年の1年間で、その数は1782人に及ぶ。一方では、17万人以上の子どもたちに集団予防接種も実施してきた。
 
はしかの流行が止まらないいま、スーダンへの医療支援をより急いで強化させることが必要だ。しかも、この国の子どもたちは、栄養失調で免疫力が下がっている。その上に必要な医療が受けられない状況では、健康への脅威は増すばかりだ。
 
生後6カ月のニャールちゃん。この子も、ランキエンの隔離病棟ではしかの治療を受けている。母親のニャリート・ニュオンさんが語る。

「近所にも同じ症状になった子どもたちがいました。だから、はしかだと分かったんです。最近になって、ようやく私たちの地域でも集団予防接種がありました。言い換えれば、それ以前は何も対策されていなかったのです。我が子のなかで予防接種を受けた子は一人もいませんでした」

病院での治療を終えて退院するニャールちゃんと母親  © Nasir Ghafoor/MSF
病院での治療を終えて退院するニャールちゃんと母親 © Nasir Ghafoor/MSF

遅れる予防接種

北バハル・エル・ガザル州の州都アウェイル。ここにも MSF の支援する病院がある。2022 年3月には隔離テントを設営し、はしか患者の治療にあたることにした。それから1年以上も経つが、当初の予想を超えて現在も稼働し続けている。

この点について、南スーダンでMSF現地活動責任者を務めるマムマン・ムスタファが説明する。

「はしかの流行は、通常6カ月程度で収束するものです。しかし、この州では、全体的に予防接種率が低い。特に、5歳以上の子どもに関しては、その大半がこれまで一度も予防接種を受けておらず、集団予防接種が実施されても、その対象となっていない。加えて、新型コロナウイルス感染症が混乱に拍車をかけています。そうした状況の下、最初の流行宣言から12カ月以上経過した現在も、患者さんたちを受け入れ続ける事態となっているのです」
 
南スーダンの医療体制は、外部からの支援に頼っている部分が多く、完全に機能できている医療施設が少ない。またこの国では、治安面や気候面の危機が深刻化しており、医療面への資金援助が大幅に減少している。それだけに、なおさら南スーダンの公的医療体制は危機的状況にある。

テント式の施設ではしかの治療を行っている(アウェイル)  © Paul Odongo/MSF
テント式の施設ではしかの治療を行っている(アウェイル) © Paul Odongo/MSF

気候変動の影響も受け

南スーダンの北部にあるトウィック郡。この地域で MSF プロジェクト・コーディネーターを務めるベアトリス・マルティネス・デラフエンテは、次のように語る。
 
「南スーダンは気候危機の影響を強く受けている国です。特に、2019年からは洪水問題が激化しました。このトウィック郡を見ても、2022年2月以降、大洪水、そして紛争や暴力が相次いでいます。多くの人びとが混雑した仮設住宅での生活を余儀なくされ、はしかなどの感染症にかかるリスクも高まっています。
 
洪水で道路が寸断されているので、地域の人たちは医療施設に行くのも大変です。集団予防接種も遅れがちとなっています。接種率を高めていきたいのですが、安全とは言えない地域にとどまって生活している方々もいます。NGOなども、安全上の懸念から、そうした地域を支援できないままとなっているのです」

南スーダン政府は、270万人の子どもを対象とした全国的な集団予防接種を実施すると発表した。これに合わせて、2023 年の1月から3月までの間に、MSFは南スーダン全土で1073人の治療にあたり、1600人近い子どもたちにはしかの予防接種を実施した。
 
予防接種率を高めることはもちろん必要だ。しかし、それに加えて、南スーダン政府と援助国や人道援助団体が緊密な連携関係を築き、同国の医療危機をもたらしている根本的原因に対処することが重要である。南スーダンに生きる人びとの生命と健康がかかっている。

はしか治療に関する議論を交わすMSFスタッフたち   © Nasir Ghafoor/MSF
はしか治療に関する議論を交わすMSFスタッフたち © Nasir Ghafoor/MSF

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