毒ヘビにかまれた傷にカエルを・・・抗毒薬がなく伝統療法を頼る被害者

2019年05月29日

ヘビに右腕をかまれ、19回の手術を受けたアウィエンさん © MSFヘビに右腕をかまれ、19回の手術を受けたアウィエンさん © MSF

19回目の手術を受けに、10歳のアウィエンさんは手術室に運ばれて行く。右腕は首からつった包帯に力なく収まっている。寝ているときに毒ヘビにかまれ、国境なき医師団(MSF)の病院で治療を続けているところだ。ひどいけがだが、少なくとも腕を失わずにすんだ。そして何より、命を取りとめた。 

裂いたカエルを傷にかぶせ

アゴク病院の医療スタッフに診察を受けるアウィエンさん © MSFアゴク病院の医療スタッフに診察を受けるアウィエンさん © MSF

南スーダンで暮らすアウィエンさんがヘビにかまれたのは2ヵ月前。サハラ以南アフリカでは、ヘビにかまれても適切な治療を受けられないことが多い。アウィエンさんが住む村は、最寄りの病院から遠く離れた農村部で、ヘビにかまれたときは、まず伝統薬で治療しようとする。アウィエンさんの家族も、地域に伝わる伝統の治療を試してみた。カエルを二つに裂いて傷を覆って毒を取り除こうとしたり、生卵や、種や葉を混ぜたものを飲ませて吐かせ、毒を出そうとしたりした。全て効き目はなかったので、アウィエンさんの叔父は彼女を背負って一晩歩き、アゴクで国境なき医師団(MSF)が運営している、地域で唯一の病院にたどり着いたのだ。

「病院に着くまで5時間かかりました。どうしてこんなに時間がかかったのかと聞かれ、私は遠くに住んでいるし、助けてくれる人もいなかったから、と答えました。入院して5日間は意識がなく、抗毒素を打っても腫れは引きませんでした。お医者さんたちは何度も手術をしてくれました。ここへ来ていなかったら、アウィエンは亡くなっていたでしょう」 

病院まで4時間、杖をついて歩いてきた

収穫や畑仕事中の人、遊んでいる子どもがヘビの被害にあっている © MSF収穫や畑仕事中の人、遊んでいる子どもがヘビの被害にあっている © MSF

毎年、世界では500万人がヘビにかまれ、おおよそ10万人が亡くなっている。そのうち3万人はアフリカで命を落としている。アゴクでMSFが治療しているヘビ咬傷の患者は毎年300人ほど。被害のほとんどは雨期で、ヘビが水から逃げて乾いた場所を求めて家屋に入り込み、かまれるケースが全体の約半数に上る。戸外で遊ぶ子どもや畑仕事をする人も、かまれる恐れがある。 

農村地では毎年多くの毒ヘビ被害が出るが、治療は簡単に受けられない © MSF農村地では毎年多くの毒ヘビ被害が出るが、治療は簡単に受けられない © MSF

問題は、どうやって治療を受ければよいのかということだ。被害者の大半はへき地に住んでいるため、かなりの長旅をしないと適切な治療が受けられない。雨期には道路がぬかるんで通れなくなるため、何日もかけないと病院に来られない人が出てくる。MSFの准医師、ジェイコブ・チョル・アテムは説明する。「来ても手遅れだったり、まったく医療機関に来なかったりする人もいますから、実のところ、ヘビにかまれたときの被害がどの程度か、この地域でも分かっていません。はっきりしていることは、これは大問題だということです。治療を受けられないばかりに死ぬ人がいるのですから」 

6歳のアルク・マヌトちゃんと母親のテレサさんは、アゴクから150キロ離れたゴグリアルから治療に来た。アルクちゃんは外で遊んでいるときにヘビに足をかまれ、もう20日も、アゴクのMSF病院で治療を続けている。テレサさんは語る。「アルクの足に2つの牙の痕が残っているのが見えました。傷からは血が出ていて、足が腫れ、そのまま腰にまで広がったんです。ひどく痛んで大泣きしていました。ゴグリアルにはヘビにかまれても治療ができる病院はありません。近所の人に、アゴクなら治療できると聞きました。他の子どもたちは留守番させています。村にはヘビがたくさんいて、毎年大勢の人がかまれています」 

杖を使って4時間かけ、歩いて来院したニャンデンさん © MSF杖を使って4時間かけ、歩いて来院したニャンデンさん © MSF

アゴクから4時間の村に住むニャンデンさんも、ヘビにかまれて治療に来た患者だ。「真夜中にヤギの鳴き声がして、様子を見に出たところヘビにかまれました。あれはパフアダーでした」と語る。「(ヘビの中には)ご先祖様が宿っていると言い伝えられているので、殺さず、棒で追い出しました。傷から血が出て痛みました。よくなると聞かされていたので、地面に穴を掘って足を入れて2時間待ちました。その後、病院に行くことにしました。交通手段もなく、杖を使って歩いてくるしかありませんでした」 

価格が高い抗毒素、必要な患者の手に届かない

毒ヘビの抗毒素は流通も少なく価格も高い © MSF毒ヘビの抗毒素は流通も少なく価格も高い © MSF

毒ヘビにかまれたときは、抗毒素で治療するのが通例だ。ただ、抗毒素は値段が高いため、多くの医療機関でストックがない。患者一人あたり数万円するものもあり、これはヘビ咬傷の被害が多い南スーダンの農村部の住民にとっては、1年分の給料を上回る額だ。ヘビの毒は“貧しい人の病気”とも言える。製薬会社は貧者のための薬を作ったりはせず、利益が出る製品を作る。かつて、MSFはファブ・アフリーク(FAV-Afrique)という抗毒素を使用していた。この製品はサハラ以南アフリカに生息する10種類の異なるヘビの毒を治療できた。だがメーカーは生産停止を決定し、最後のロットも2016年6月に消費期限を迎えた。同じ効能の製品はなかったため、MSFは代替品を探さなければならなくなった。2年ほどかけて、MSFの医療チームは2つの新しい抗毒素を見つけ、南スーダンで使用している。 

アゴク病院で抗毒素治療を受けたヘビ被害の少女 © MSFアゴク病院で抗毒素治療を受けたヘビ被害の少女 © MSF

2つの新しい抗毒素が見つかったことは、アゴクで治療をするMSFの患者にとってよい知らせだが、ヘビ被害の全体の解決策ではない。2つの抗毒素のなかから症状にあったものを選ぶのは、専門家以外の人には難しいからだ。どの地域にいる毒ヘビにも効く抗毒素を全ての医療機関で常備しているべきだが、価格が高すぎて実現できない。価格が高いため各国が抗毒素を買わず、買い手が少なすぎるために製薬会社が抗毒素を作らなくなるという悪循環が生じている。その結果、抗毒素の大半は必要な人の手に届かない状態が続いている。 

ヘビ毒の重症患者は手術が必要になる © MSFヘビ毒の重症患者は手術が必要になる © MSF

また、抗毒素を使っても、ヘビにかまれてから時間が経って来院した場合は、治療がはるかに難しくなる。対応が遅れれば「コンパートメント症候群」など、さらに深刻な損傷を引き起こす。毒による腫れで筋内部の圧が高まり、血が筋肉や神経に酸素や栄養素を送り届けられなくなるのだ。治療しなければ、筋肉と神経は機能しなくなり壊死してしまう。急性コンパートメント症候群が起きたら、手術が唯一の選択肢となる。ひどい場合には、損傷が広範囲に広がって手足を動かせなくなり、切断しなければならない場合もある。毎年、ヘビにかまれたために手足を切断したり、障害を負ったりしている人が世界で推定40万人いる。 

治療が受けられるのは「幸運」

病棟で他の患者と遊ぶアウィエンさん(中央) © MSF病棟で他の患者と遊ぶアウィエンさん(中央) © MSF

アウィエンさんはこの病院に来たときには命が危ぶまれていて、3回分の抗毒素による治療を受けた。最初の5日間は意識が戻らなかったが、その後目を覚まし、症状も徐々に軽くなっていった。アウィエンさんはコンパートメント症候群を起こしており、腕の筋肉がひどく損傷していたため、壊死した組織を取り除く手術を何度も受けた。19回の手術と聞けばかなり多く感じられるが、家族が何とか腕を残して欲しいと頼んだのだ。アウィエンさんは治療を受けられてラッキーだった。そうした幸運に恵まれない人は数え切れないほど多くいる。そのまま、命を落としているのだ。 

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