「魔法のような解決策はないから」急拡大のマラリア、複数のアプローチで予防に取り組む

2021年12月16日
マラリア治療を受けるアトンちゃんと、付き添う祖母のレベッカさん。この後アトンちゃんは亡くなった © Adrienne Surprenant/Item
マラリア治療を受けるアトンちゃんと、付き添う祖母のレベッカさん。この後アトンちゃんは亡くなった © Adrienne Surprenant/Item

「この子の将来の夢は、医療関係の仕事に就くことなんです。病気が治るまで、私はずっとここで付き添います」。南スーダン北部、国境なき医師団(MSF)が支援するアウェイル病院に入院する8歳のアトンちゃんのそばでこう話すのは、祖母のレベッカさんだ。

アトンちゃんの高熱と嘔吐(おうと)が続いたため、遠く離れた村から2日間歩いて病院を受診した。しかし祖母の願いは届かず、少女は入院から24時間もたたないうちに息を引き取った。死因は脳性マラリアだった。

アクセスの悪さが受診を阻む

南スーダンでは、アトンちゃんのような悲劇は決して珍しくない。マラリアは同国の死因の上位にあり、統計によると、2019年には合計406万4662件の感染を確認。このうち少なくとも4800人が死亡したと報告されたが、実際はさらに深刻な状況と見られている。

マラリアは年間を通して発生し、7月から11月頃の雨期には特に流行が拡大する。季節的な要因に加え、今年は広い範囲で洪水が起きたことも患者の急増に拍車をかけた。あちらこちらにできた大きな水たまりが、病気を媒介する蚊の繁殖場所となったからだ。

遠隔地に住む人びとが医療機関を受診するには、数時間、時には数日もかけて移動する必要があり、困難を伴う。アウェイル病院で働くMSFの看護師、ボワ・マルー・ウォルによると、マラリアの脅威を最も受けやすいのは5歳未満の幼児だが、遠隔地に住んでいる子どものほとんどは、病院に連れていってもらえないまま亡くなっていくのだという。

アウェイル近郊の村に住むマグダレナさんは、こう話す。「病院が遠いので、ほとんどの人は症状がかなり進行するまで受診しません。結局手遅れになってしまう人もいます。もしも自分の子どもがマラリアにかかったとしても、祈ることしかできないのです」

病院へ行くことの難しさについて語るマグダレナさん<br> © Adrienne Surprenant/Item
病院へ行くことの難しさについて語るマグダレナさん
© Adrienne Surprenant/Item
洪水のあと、一帯は水浸しになった。こうした水たまりで<br> 蚊が繁殖する © Adrienne Surprenant/Item
洪水のあと、一帯は水浸しになった。こうした水たまりで
蚊が繁殖する © Adrienne Surprenant/Item

ひっ迫する医療体制

病院側も厳しい状況に置かれている。南スーダンの医療体制には以前から相当な負荷がかかっており、そこにマラリア患者の急増が追い打ちをかけた。北バハル・エル・ガザル州に住む120万人の人びとの総合診療を担う唯一の医療機関であるアウェイル病院でも、150床のベッドに対して300人近い患者を受け入れている。MSF医療活動マネジャーを務めるアミヌ・ラワルは、ひっ迫する状況について、「ベッドの置き場が足りません。マラリア患者用のテントを新設しましたが、それでも追いつかず、廊下にまで患者さんが寝ている状態です。医療スタッフや看護師も不足しています」と話す。

今年、アウェイル病院がこれまでに治療した子どものマラリア患者の数は、入院・外来合わせて2万9000人を超えており、2019年、2020年に比べて増加している。この傾向についてラワルは、アウェイルの医療機関は抗マラリア薬や検査用品を国際的な支援に頼っているため、ピーク期の不足分を調達できなかったことが原因だと推測する。中には外部からの支援を完全に失い、運営できなくなった診療所もある。

また、輸血用の血液の不足も危機的な状況に拍車をかける。重度のマラリア患者は貧血を起こすことが多いため、感染が拡大する雨期には月に数百回輸血を行うこともあるが、南スーダンでは血液が慢性的に不足している。

「輸血用の血液が全く足りません。患者さんのご家族に提供してもらおうにも、携帯電話を持っていないので連絡がつかず、命に関わることもあります」とラワルは説明する。

急増したマラリア患者に対応するMSFのスタッフ。ベッドが足りず、廊下にも患者が待機している © Adrienne Surprenant/Item
急増したマラリア患者に対応するMSFのスタッフ。ベッドが足りず、廊下にも患者が待機している © Adrienne Surprenant/Item

複数のアプローチで取り組む予防策

MSFは今年、保健省と協力して、アウェイルで感染や重症化を防ぐことを目的にとした化学的予防(SMC)という試験的なプログラムを開始した。これは最もリスクの高い生後3カ月から5歳までの子どもを対象に、雨期の5カ月間、抗マラリア薬の投与を月に1度行うというものだ。また、栄養失調の子どもがマラリアに感染すると命に関わるため、栄養治療にも力を入れている。

「マラリアの予防薬をもらえたのは今年が初めてです。私には子どもが6人いますが、そのうち2人は5歳未満です。子どもたちを病気から守ることができて、本当にうれしいです」。8カ月の娘を持つアテニー・メイエン・アコイさんはそう話す。

マラリアから幼い子どもの命を守るには、複数の方法を組み合わせ、最善の結果を模索することが不可欠であり、西アフリカや中央アフリカの国々で、SMCはすでに成功を収めている。MSFは南スーダンでもこの取り組みを慎重に進めており、アウェイルでも約1万4000人に予防薬を投与した。しかしラワルは、マラリアは治療よりも予防の方が容易であり、患者にとっても経済的負担が少ないと指摘する。

「SMCの効果は確かです。しかし、これが唯一の予防法ではないことも忘れてはいけません。蚊帳の配布、室内への殺虫剤散布、水たまりの衛生管理など、いずれも重要です。すべてを解決できる“魔法の策”などないのですから」

8カ月の娘のマラリア予防薬接種を終えて笑顔を見せる母親 © Adrienne Surprenant/Item
8カ月の娘のマラリア予防薬接種を終えて笑顔を見せる母親 © Adrienne Surprenant/Item

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