ギャングの縄張りに挟まれた「危険地帯」 恐怖を乗り越え医療を届ける

2019年03月14日掲載

サンサルバドルで女性の検診を行う現地保健省のスタッフ © ALEX PENA/MSFサンサルバドルで女性の検診を行う現地保健省のスタッフ © ALEX PENA/MSF

ホセ・エンリケ・エルナンデス看護師はその日、中米エルサルバドルの首都サンサルバドルにある「危険地帯」ラ・コンセプシオン地区で女性の子宮頚がん細胞検診をしていた。エルナンデス看護師は保健省が結成した「家族ケア」専門チームの一員だが、午前中だけでこれほど多くの子宮頚がん細胞検診をしたことは今までにないし、この地域で検診するのも初めてだ。ラ・コンセプシオン地区ではギャングの抗争が頻発し、住民は標準的な保健医療サービスを受けられずにいた。そこで国境なき医師団(MSF)は、サンサルバドル地域保健委員会や地域代表者と連携して、危険な地域で移動診療、心のケア、救急搬送サービスを提供。これをきっかけに、保健省のスタッフもこの地域の医療サービスに復帰したのだ。 

受診したくても診療所に行けない

MSFはサンサルバドルと近郊の市で危険な地域に出かけて医療を提供 © MSFMSFはサンサルバドルと近郊の市で危険な地域に出かけて医療を提供 © MSF

サンサルバドルは、ラ・コンセプシオン地区をはじめ多くの地域が武闘派ギャングの縄張りに挟まれている。ギャング組織は地元では「マラス」と呼ばれ、国の治安部隊と衝突したり、組織間抗争を繰り広げたりしている。その結果、現在エルサルバドルは中央アメリカで最も殺人の発生率が高く、世界でも特に危険な国と言われている。

ギャング組織の勢力域は、見えない縄張りで網目のように分かれており、そこに危険度の高い「レッドゾーン」が寄り集まっている。自分が暮らす行政地域の診療所が、地元ギャングと敵対するギャングの縄張りにあるような場合、出かけていくだけで脅迫されたり汚名を着せられたりする恐れがあり、受診はほぼ不可能だ。特に若者にこうした危険が及びやすい。

「住んでいる場所が理由で、子宮頚がんの細胞検診を長いこと受けていない女性が大勢います」と、エルナンデス看護師は語る。先日、細胞検査を受けた25歳のマリアさんも「行けない診療所がある」と話す。10代で2回、妊娠中絶を経験したマリアさんは、性と生殖に関する健康について知ることの大切さをよく理解している。エルサルバドルでは中絶は違法行為であり、30年の刑に処せられることもある。「私自身が苦しんだので、誰にも同じ経験をしてほしくありません」 

危険を乗り越えて人びとに医療を

危険地帯での活動は、保健省や地域住民との協力が肝心 © ALEX PENA/MSF危険地帯での活動は、保健省や地域住民との協力が肝心 © ALEX PENA/MSF

MSFのラ・コンセプシオン地区担当者アルフレド・レイノサは、地域住民の医療を受ける機会が拡がるよう活動している。性と生殖に関する健康や心理ケアは、エルサルバドルではまだ偏見の目を向けられるなか、ラ・コンセプシオン地区ではその重要性が認知されつつある。レイノサは「この地域に常駐している医療団体はMSFだけです。人びとからの信頼も高まっています」と語る。

ラ・コンセプシオン地区の代表者、サントス・アギーレさんもそれに賛同する。アギーレさんはMSFがこの地域に初めて訪れた時以来の協力者だ。アギーレさんは、保健省と連動するMSFの活動は地域住民の健康に欠かせないと言う。「地域の人たちは大変助かっています。MSFと保健省が医療サービスを届けてくれ、地域住民はそれを支援しようとしています。少しずつ、成果が上がっています」

一方で、そのために保健医療従事者が乗り越えなければならない壁もある。健康教育担当のヘンリー・アルベルト・ラモスは、「最初の数日間は、なかなか地域に入っていけませんでした。どういう地域なのかわからないので、実は少し怖かったですし、住民の皆さんに何をやっているのかと何度も聞かれて……。ちょっとひるんでいたんです」と話す。それでもこれまでの成果を前向きに受け止めており、地域の人びとに、長いこと受けられなかった医療サービスを利用してもらいたいと望んでいる。 

MSFは2018年10月から11月にかけて、サンサルバドルと近郊のソヤパンゴで163件の性と生殖に関する健康のための相談・診療を行った。これまでに両市内11ヵ所で医療を行うとともに、地元保健医療施設や地域の代表者と連携し、移動診療チームの派遣、心理ケア、市内の病院への救急搬送サービスに携わってきた。MSFはこれからも、見えない壁を乗り越えて必要な人に医療を届けるため、活動を続けていく。 

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