患者に新たな希望を──顔の組織が破壊される病気、新型コロナで縮小していた治療を再開
2021年03月25日
細菌によって顔の組織が破壊される病気、「水がん（すいがん）」。口の中の粘膜が病原菌に侵され、顔の表面にまで達する壊疽（えそ）性の口内炎だ。栄養不足や衛生状態の悪さなどが原因とされ、免疫力の低い7歳以下の子どもに多く見られる。早期に発見すれば簡単に治療できる病気だが、放置すると恐ろしいほどの速さで進行し、迅速な治療を行わないと、90％の人が感染から2週間以内に死亡する。生き延びたとしても唇や頬、鼻や目などが大きく損なわれるため、食事、会話などの日常生活に支障が出るほか、地域の人びとからの差別や偏見に苦しむことも少なくない。
ナイジェリアの保健省は国境なき医師団（MSF）の支援のもと、2014年から年に4回、海外から外科医や看護師を招き、水がんの手術を行ってきた。 しかし、新型コロナウイルス感染症のパンデミック（世界的大流行）に伴う渡航制限によって、2020年2月以降の手術は原則中止され、多くの患者が治療を受けられないまま命の危機にさらされていた 。
新型コロナの影響で患者の受け入れを停止
「この病気は、早期に対処すれば薬と栄養治療食で治療できます。1週間も入院すれば、元気になれるのです。でも治療をしなければ、症状はあっという間に進行してしまいます」ナイジェリア北西部ソコト州の病院でMSFの水がんプロジェクトに5年前から参加している手術室看護師、ベロニカ・エメはこう語る。
しかしこの病院では新型コロナウイルスの感染拡大によって、新たな水がん患者の受け入を停止し、緊急を要するケース以外の手術も中止。顔の再建手術を受けるために何カ月も待っていた人や、手術から回復したばかりの人たちのケアも中断せざるを得ない状況が続いていた。
ナイジェリア人医師らによって手術を再開
それから1年が経った2021年3月、ナイジェリア国内の専門外科チームによって、水がんの治療が再開された。
水がんの病院で活動マネジャーを務めるサミュエル・ジョセフ は言う。「今回、ナイジェリア人医師と看護師からなる外科チームを編成したことで、治療を待ちわびていた患者さんに対応できるようになりました。今月だけで16人の患者さんに19件の手術を行う予定です」
彼らは過去にMSFが実施した水がんの外科手術で何年も共に活動したスタッフであり、経験も豊富だ。鼻腔や顎の骨を含む非常に複雑な工程を伴う8件の手術は、海外の外科医が手術に参加できるようになる6月以降に行う予定だが、手術の再開は、これまで治療を受けられなかった患者にとって、口や鼻の機能を取り戻し、もとの生活に戻るための希望となる。
新型コロナウイルスへの感染対策は入念に行う。そもそも水がん病院では、新型コロナ以前から、手洗いや全病棟の消毒など、常に感染症に対して細心の注意を払ってきた。水がん患者は免疫系が弱っているため、さまざまな病気にかかりやすいからだ。再開時には患者の体温測定を含めたトリアージ（重症度、緊急度などによって治療の優先順位を決めること）体制を確立し、マスク着用とソーシャルディスタンスの確保を義務づけている。
手術再開も、さらなる援助の拡充が課題に
前述のエメは言う。「患者さんが地域社会に復帰できるように、私たちは最善を尽くして治療にあたっています。でもこの国にはまだまだたくさんの患者さんがいて、中にはMSFで水がんの治療を受けるために1000キロも離れた場所からやってくる人もいます」
MSFの副医療コーディネーターを務めるブコラ・オルイデ医師も、「実際はもっと大勢の患者がいるのではないかと思っています」と危惧する。「人びとの健康状態を注意深く観察して水がんの早期発見につなげるほか、病気の予防に資金や人材を投じていくことが必要です。複雑な手術を必要とする進行期の患者だけでなく、効果的な治療が見込める初期の患者にも対応するため、今後さらに支援を拡充していかなければなりません」
