対テロ政策は人道援助を死に追いやるのか ナイジェリアからの警鐘

2019年12月04日掲載

いま、紛争地での人道援助活動は苦しい問題に直面している。命の危機にある人たちへの援助が、各国の対テロ政策によってはばまれているのだ。

「反政府勢力」が支配する地域に暮らしているという理由で、重度の栄養失調の子どもであっても治療を施すことが許されない。その課題の真っただ中にあるナイジェリアの状況を、国境なき医師団(MSF)オペレーション・ディレクターのベルトラン・ペロシェが伝える。 

栄養治療センターで治療を受ける子ども © Yuna Cho/MSF栄養治療センターで治療を受ける子ども © Yuna Cho/MSF

援助を届けられない子どもたち

反政府勢力と政府の戦闘や、暴力から逃れてきた多くの人びとが避難生活を送る、ナイジェリア北東部ボルノ州の州都マイドゥグリ。ここでMSFが運営している栄養治療センターでは、週に5人の子どもが亡くなっている。来院時すでに重症化していて、手遅れだった子どもが多い。MSFのスタッフは、赤ちゃんが亡くなったという悲しい事実を家族に伝えなければならない。多くの人びとが、紛争により、家ばかりか子どもまで失っているのだ。

栄養治療センターの集中治療室には、常に10人ほどの重度栄養失調児が入院している。この子どもたちには、生き延びるチャンスがある。MSFが接触を許された子どもたちだからだ。

しかし、私たちが接触できない数多くの子どもたちがいる。人道援助団体は、ナイジェリア政府軍が支配する駐屯地域の外に行くことを許されないのだ。

援助を届けることのできない地域は、ボルノ州全体の4分の3以上にわたる。“敵陣”が制圧している地域にいるというだけの理由で、子どもたちでさえ “敵”とみなされ、援助を受ける価値はないと決めつけられる。この子たちと接触を試みようものなら、人道援助団体はテロリズムの“幇助(ほうじょ)”や“教唆”を行っているとして非難される。
 

人道援助が軍事の道具に

MSFをはじめとした人道援助団体は、紛争で対立するどちらの側に住んでいるかに関わらず、すべての子どもたちに援助を届けるためにつくられた。しかし今、そういった人道主義の理念は対テロ作戦の中で葬り去られようとしている。MSFの治療センターで亡くなる子どもたちと同じように。

なぜなら、援助団体の行き先や交渉相手、活動内容は、ナイジェリア政府に統制されてしまっているからだ。彼らの「テロとの闘い」においては、常に「敵か味方か」の二択しかない。政府軍が支配する地域にいる人たちは、援助を受けられる。しかしその外はすべて敵地とみなされ、援助を受けられない。これはナイジェリアだけで起こっていることではない。テロ対策に取り組む国は、時に人道援助活動を軍事目標達成の道具にしようとする。援助で地域住民の心をつかんだり、他の地域には援助を与えなかったりするというやりかただ。

他方でMSFは、今日の細分化した武装勢力による問題にも直面している。話し合いに応じたがらず、民間人を無差別に攻撃し、医療機関を攻撃し、援助スタッフを拉致や殺害する相手だ。

紛争のどちらの側からも、人道援助活動が締めだされつつある。そのつけを払わされるのは一般住民だ。しかも、この難局で人道援助団体に味方してくれる者は少ない。

 

助けが必要な人びとを放置する国連

国連援助システム側はといえば、開発や平和構築の文脈でのみ、命を救う活動を価値あるものと見なすことにしたようだ。これには、敵味方どちらかの側に付くことになる、という問題がある。国連は一方で「誰一人取り残さない」という標語を掲げながら、テロとの戦いの大義名分の下で、国連の後ろ盾を得ていない紛争当事者の支配地域に暮らす100万人以上もの人びとのニーズに目をつぶり、放置していると言える。

MSFは政府軍から、この国では中立はあり得ないと聞かされた。軍は敵を邪悪とみなしているからだ。だが紛争にもルールがある。

MSFの懸念は現実に即した実用的な発想から来ている。人道援助が片方の紛争当事者(このケースではナイジェリア政府)に左右されると、最も重要な要素を失ってしまうことになる。それは、住民の信頼であり、武装した人びとにさえも「人道援助は紛争とは別だ」と理解してもらうことである。

この問題は、現地入りの許可を求めたが拒絶された、というようなことではない。援助体制全体が、ある一方の側の対テロ作戦に資するように組み立てられていることが問題なのだ。この問題が起きたのはこれが初めてではない。同様のアプローチが、イラクのモスルでもとられた。この流れはこれからも続くのではないかと私は危惧している。
 

ハイジャックされた救急車

医師が、患者の善悪を判断する立場に立たされることがあってはならない。それは、医療倫理と国際人道法によって禁じられている。MSFの役割は、さまざまな勢力が引いた境界線を越えて、医療を必要としている人全員を治療することだ。しかし現状では、兵士が患者の政治的な立ち位置を見極めて、許可を出してからでないと、医師は患者のニーズを確認できない。

病気やけがをした人びとは治療を受ける権利を持っているにも関わらず、この選別の手続きを恐れ、治療を受けないまま取り残されている。この恣意的な選別手続きは、何も隠す必要のない民間人に医療を求めることを躊躇させるのである。

この状況は、私たちのMSFの救急車がハイジャックされ、行き先を自分たちで決められないようなものだ。命を救ってはいるが、MSFが活動している場所にたどり着けた人びとの命しか救えていないのだ。本来であれば、栄養治療センターに来る子どもたちは、「救急車」を見つけるのに苦労する必要などない。私たちは、手遅れになる前に子どもたちに手を差し伸べなければならない。

2016年にナイジェリア北東部の大規模な栄養危機を目の当たりにしてから、MSFは時に目立たないように活動し、接触できた人すべてを治療してきた。私たちは、これからも命を救い続ける。しかし、無数の対テロ作戦が続けば、援助が届かない人の数はさらに膨れ上がるだろう。人道主義を死に追いやらないために、私たちは救急車のハンドルを取り返さなければならない。
 

終わらせたい、強いられた旅路。「エンドレスジャーニー」キャンペーン展開中終わらせたい、強いられた旅路。「エンドレスジャーニー」キャンペーン展開中

関連情報