廃墟に暮らして3年 子どもは栄養失調に 紛争から逃れた人びとの苦悩

2019年10月29日

ナイジェリア北西部のザムファラ州で、犯罪組織と激しい民族間紛争が勃発。数十万人が自宅のある村から、アンカ町に身を寄せている。国境なき医師団(MSF)緊急対応チームは、数週間にわたってアンカ町内各地で応急処置を行ったあと、町内にある非公式キャンプで、一次医療に加えて新規避難世帯に生活必需品も配給した。多くの農園が放置されたため、栄養危機が広がりつつある。 

自分の殻に閉じこもってしまった……

アンカ地方総督の新たな庁舎の建設現場で運営するMSFのテント式常設診療所 © Benedicte Kurzen/NOORアンカ地方総督の新たな庁舎の建設現場で運営するMSFのテント式常設診療所 © Benedicte Kurzen/NOOR

ムハンマドくんは一言も話さない。この小さな少年は、わびしそうに広い石ころだらけの野原に立ちつくしている。この野原はアンカ地方総督の新たな庁舎の建設現場だ。建設計画は保留にされ、今は、ザムファラ州内にある多くの村から来た数百人の避難民が、未完成の建物とMSFが建てた仮設住居に住んでいる。 

アンジャ・バトリス内科医 © Benedicte Kurzen/NOORアンジャ・バトリス内科医 © Benedicte Kurzen/NOOR

「ムハンマドくんの村も、ここにいる人たちの村と同じく武装したギャングに襲撃されて壊されました。そうした体験のせいで、自分の殻に閉じこもるようになったのだと私たちは考えています」とアンカで活動するMSFの内科医、アンジャ・バトリスは話す。

「ここにいる人たちは全てを失いました。殺人目的の襲撃のせいで、村から逃げだし、家財は全て残しておかざるを得ませんでした。それで今は、建設現場や学校の建物の中につくった仮住まいで暮らしています」とアンジャは話す。

「どの人も生活条件が整わないことを恥ずかしいと思っています。ですから私たちのチームは、『どなたもあなたや私と同じ人間であることに変わりはありません』と伝えようとしています。特にナイジェリア人の同僚は現地語が使えますから、避難して来た方たちの子ども、ムハンマドくんのような子たちと冗談を言い合って遊んでいます」

命を救う活動を、どうぞご支援ください。

寄付をする

※国境なき医師団への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。 

避難民のための医療

子どもを診るMSFスタッフ © Benedicte Kurzen/NOOR	子どもを診るMSFスタッフ © Benedicte Kurzen/NOOR

ザムファラ州は雨期になると、マラリア症例数が増加する。アンカ総合病院内にあるMSFの小児病棟でも、最初に治療したのはマラリアだった。湿気の多い気候では、マラリアを運ぶ蚊も繁殖する。アンジャと同僚の医師や医療スタッフは、アンカ地方総督の新たな庁舎の建設現場でテント式常設診療所を運営する。初歩的な診断を行えるだけの器材も備えているので、体調不良などにも対応できる。

そのほか、MSFのナイジェリア緊急対応チームは2019年5月~9月に アンカ町にいる国内避難民を対象に1万2677件の外来診療を実施した。また、4月~6月には、1001世帯に調理器具と衛生用品の入った救援物資を配給した。 

屋根のある場所がほしい

仮設住居としている部屋には、屋根がないところが多い © Benedicte Kurzen/NOOR	仮設住居としている部屋には、屋根がないところが多い © Benedicte Kurzen/NOOR

テント式診療所で治療を受けている患者の一人、アイーシャさん(10歳)は、母親のズワイラさんに連れられて来た。簡易血液検査でアイーシャさんがマラリアになっていることが分かった。

現在、アイーシャさんとズワイラさんは、廃校となった建物で暮らしている。母屋からすこし引っ込んだところにある、草木の茂る2つの廃墟だ。プライバシーを好む人にはうってつけで、2世帯ほどが住んでいる。アンカにいる避難民の大半はハウサ族だが、こちらの世帯はフラニ族だ。牛を飼う民族で、遊牧生活を営んでいることも多い。

だが、灰色のコンクリート製の建物にある部屋の半分は、屋根がない。最近は豪雨が多いため、早急に修繕が必要だ。ここにいる数十世帯の家族が雨に当たらないようにするためにも。屋根のない中庭には、大きな水たまりができていて、水はよどんでいる。蚊にとっては理想の繁殖地だ。アイーシャさんがマラリアになったのも無理はない。

MSFの診療所でアイーシャさんが受け取った薬は効いていない様子だ。昨日は具合が悪かったので、アイーシャさんはテント式診療所の床の上で横になってうとうとしていた。今日は他の子どもたちに加わって、中庭で遊んでいる。「どこかの時点で自宅のある村に帰れるようになることを願っています」とアンジャ・バトリスは話す。 

武装兵士から逃れて……

MSFの健康教育担当のスタッフも廃墟で避難生活を送る住民らを見回っている © Benedicte Kurzen/NOORMSFの健康教育担当のスタッフも廃墟で避難生活を送る住民らを見回っている © Benedicte Kurzen/NOOR

ズワイラさんとアイーシャさんは7カ月前、一家全員でアンカに程近い村から逃げてきた。武装兵士に何度も襲撃され、金銭を要求され、力ずくで脅されたりしたからだ。「奴らにお金も差し出しましたが、『私たちはうそをついている、もっと持っているに決まっている。まだ隠しているお金が見つかったら、私たちを殺す』と脅しました」とズワイラさんは話す。襲撃者は何度も村へ戻ってきて、村人の家財を盗むか壊し、ときに暴力を振るった。

「一度に3人も若い男性をさらっていったこともあります。それから、何の便りも届きませんでした。今では、全員殺されたのだと分かっています」

ズワイラさんの夫も含め、村の男性の多くは金鉱山の採掘で生計を立てていた。アンカ周辺の手作業による金の製錬で、土壌汚染も多く、鉛中毒になる子どもが後を絶たない。ズワイラさんも、子どものうち2人は鉛中毒になった。ズワイラさんは「MSFは、子ども達が鉛で具合が悪くなった時に、治療してくれました。今では元気にしています」と話す。

MSFはここ10年間、アンカ地域で鉛中毒になった子どもたちの治療を担っている。2018年には337人の子どもたちが治療を受けた。以前はチームが、へき地の村へ車で移動して病気の子どもたちを見つけて治療していた。しかしここ数カ月は、拉致と強盗の恐れがあるため、治療できないでいる。現在では、家族が鉛中毒の子どもたちをアンカの病院へ連れて来なくてはならない。安全ではない地域を通ることも多く、危険を伴う。 

3年以上も廃墟に暮らして

廃墟で生活するアミナさん家族 © Benedicte Kurzen/NOOR廃墟で生活するアミナさん家族 © Benedicte Kurzen/NOOR

アミナ・アル・シェフさん(30歳)も、廃墟の一つに3年以上も暮らしている。ナイジェリア北西部の情勢不安は、最近起きたことではないことを物語っている。アミナさんによると、夫が他の妻との間にもうけた娘の一人は拉致された。初めてのお産のために、実家のある村へ帰っていたときのことだった。「銃で武装した男たちがやってきて、妊娠7カ月の彼女を拉致しました」とアミナさん。

「100万ナイラ(約3万151円)を身代金として払わなければなりませんでした。牛をたくさん売ってこさえたお金で払わなければいけませんでした。牛、山羊、ニワトリが将来への備えでした。他に困ったことがあれば売ろうと思っていたのですが、それも失くしてしまいました」

アミナさんの夫は、残りの牛を放牧する牧草地を探しに出かけていた。今、アミナさんの夫は、一家が逃げ出した村の近くで暮らしている。だが、襲撃や強盗の危険と隣り合わせの生活だと言う。こうして、一家の生活手段が身代金に消えてしまったため、アミナさんは子どもを養うにも苦労している。5カ月前に、末の双子のハッサンナちゃん、フッセイニちゃんはこの廃墟で生まれた。フッセイニちゃんは急性栄養失調になり、MSFの治療を受けた。 

マラリア、栄養失調……さまざまな病気に苦しむ子どもたち

アミナさんと子どもたち © Benedicte Kurzen/NOORアミナさんと子どもたち © Benedicte Kurzen/NOOR

アミナさんが息子のフッセイニちゃんと治療に訪れたアンカ総合病院では、MSFがベッド数135床の小児病棟を運営している。マラリア、栄養失調、呼吸器感染で治療を受ける子が大半を占める一方、集中治療が必要な子どももいる。病院がフル稼働しているため、子どもたちは同じベッドを共有しなければならないことも多い。マラリアのピーク期には、3人の子どもを同じベッドに寝かせなければならないこともある。家族も病院に寝泊りすることが多く、騒がしく、混んでいることもある。 

135床ある小児病棟 © Benedicte Kurzen/NOOR135床ある小児病棟 © Benedicte Kurzen/NOOR

フッセイニちゃんは病院で栄養治療食をとり、次第に退院できるまでになってきた。ただ、2人の赤ちゃんに授乳するのは大変だ、とアミナさんは言う。「二人の子どもにあげられるほどの母乳が出ません」とアミナさんは話す。

「医師たちは薬を出してくれ、母乳のことも手助けしてくれますが、あまり効き目がありません。今では粉ミルクを買っていますがとても高いです」

マラリアに加えて、食べるものが少なすぎることも、この地域に住む子どもの健康にとってリスクだ。2019年1月~9月の間に、MSFはアンカで7445人の栄養失調児を治療した。

MSFのヴァレリー・ワイス医師は「栄養失調のためアンカで治療している子どもの数がとても多いので、ザムファラ州の他の地域でも同じ事態が起きているのではないかと考えています。安全面の問題で行くことのできない地域でも、栄養失調が多いとみています」と話す。 

医療を受ける機会

ザムファラ州北東部で稼働している病院は、数少ない上、患者でごった返している。医療物資不足にも悩まされている。その上、へき地の村の多くにたどり着くことが難しく、 現在の紛争によって現地の一次医療は大きく混乱している。

9月にMSFは、暴力が横行している2つの地域、ズムリとシンカフィで緊急調査を実施した。ズムリではスクリーニング(栄養失調を発見するための検査)を1日したところ、73人の子どもが急性栄養失調になっており、このうち8人は何らかの病気を併発していた。MSFは現地の医療当局と協力しあって 緊急栄養補助をこれらの地点で開始していく。

※患者の安全確保のため、登場する人名は全て仮名です。
 

命を救う活動を、どうぞご支援ください。

寄付をする

※国境なき医師団への寄付は税制優遇措置(寄付金控除)の対象となります。 

関連記事

活動ニュースを選ぶ