「3歳で体重3キロの子も」日本人看護師が世界で見てきた栄養失調の実態とは

2021年12月07日
コンゴ、MSF支援先病院ではしかと栄養失調の治療を受ける子どもたち © Assal Didier
コンゴ、MSF支援先病院ではしかと栄養失調の治療を受ける子どもたち © Assal Didier

2020年、世界で飢餓に苦しんだ人の数は8億人以上。5年間横ばいだった飢餓人口は昨年、増加傾向に移り、2030年までにさらに3000万人増える見通しだ。中でも深刻なのが子どもの栄養失調。現在約4500万人の子どもが重度の栄養失調(消耗症)、1億5千万人近くが発育不良の状態にあり、深刻な事態が続いている(※)。

国境なき医師団(MSF)が活動する多くの国や地域でも、栄養失調は大きな課題だ。今回、2007年よりMSFに参加し、これまで26回の派遣経験がある医療コーディネーター、松本明子に活動地での現状や課題、日本の人びとができることについて聞いた。

※「世界の食料安全保障と栄養の現状(SOFI)2020年報告」より(SOFI=The State of Food Security and Nutrition in the World)

栄養課題に取り組むためにMSFへ

松本は看護師として、2001年からさまざまな支援団体で援助活動に携わってきた。どの地域でも見られたのが、子どもたちの栄養失調。苦しむ子たちを治療したくても、団体の規模や予算に制限があり、十分な援助ができていないと感じていた。そんな中、必要な予算を栄養失調に充て、専門のプロジェクトもあるMSFに参加を決めた。2007年の入団後、ウガンダ、ナイジェリア、エチオピア、コンゴ民主共和国、イエメン、南スーダンなどの活動地で、栄養失調の治療に尽力してきた。

看護師の松本明子 © MSF
看護師の松本明子 © MSF
思い出深いのはナイジェリア、ソコト州での活動だ。松本は2010年、立ち上げから6カ月のMSF栄養治療センターに医療マネジャーとして派遣された。最大50床の施設には、10カ月の間、常に150人の子どもが入院していた。1日に10人以上、週に100人もの患者が新たにやってくるからだ。

施設内にスペースが足らず、テント病院も3つ建てた。人手も不足し、診療と採用活動、研修を同時並行させる日々だった。地域の栄養状態は悪く、運ばれてくる子どものうち10人に2人がすでに亡くなっていた。手遅れの状態で運ばれるケースも多く、到着後24時間以内に亡くなってしまうこともしばしばあった。

奇跡の回復 3歳の男の子と母親の勇気

松本はそこで出会ったある男の子のことが忘れられない。3歳で体重が3キロしかなかった。「日本の赤ちゃんは、出生時で3キロくらいありますよね。ナイジェリアでは小さく生まれる子が多いので通常2キロくらいですが、3歳になっても3キロ。どれだけこの子が痩せていたか、分かってもらえると思います」と松本。また、イスラム教徒の地域では、夫の許可なしでは妻が外出できないこともある。この男の子の母親は、夫が遠距離で働いていたため、自らの判断で勇気を出してわが子を病院に連れてきた。

「男の子の状態を見て、難しいかもしれないと思いました。治療を始める前、母親にも正直にそう伝えました。すると母親は『できる限りの治療をお願いします』と。こんなことを言われたのは、実はこの地域では初めてでした」。というのも、重度の栄養失調は通常約2週間の入院と、その後は通院で治療するが、4、5日入院しても改善の兆しが見られないと、子どもを家に連れて帰ってしまう親も多いのだ。これは、西洋医学なら1、2日で治せると信じる人が少なからずいるため。また1週間も家を空けると、夫に離婚されたり、他の子どもたちを世話する人がいなくなってしまったりする。母親は病気の子どもと、兄弟のどちらを優先させるのか、苦しい立場に置かれる。

「この男の子は結局、1カ月も入院しました。そしてなんと、奇跡的に回復したのです! 母親の勇気ある決断がなければ、この子は助からなかったでしょう。医療スタッフも必死に治療しましたが、それだけでは栄養失調の子どもは救えません。ケアする親の理解と協力があって、初めて子どもが元気になって帰って行く姿を見られるのです」

ナイジェリアで治療した3歳の男の子(入院当初) © Akiko Matsumoto/MSF
ナイジェリアで治療した3歳の男の子(入院当初) © Akiko Matsumoto/MSF
回復し、退院間際の男の子と母親 © Akiko Matsumoto/MSF
回復し、退院間際の男の子と母親 © Akiko Matsumoto/MSF

この時、病棟には仕切りなどなく、危篤状態で運ばれてくる子どもや、スタッフが手を尽くしても亡くなる子ども、治療に反応を示さない子どもなど、この母親はすべてを目の当たりにしていた。「自分の子もあんなふうに死んでしまうかもしれない、それなら家に連れて帰りたい、と思うのが普通です。でも彼女は諦めず、最後までMSFの病院にいてくれました。そのことは、いまでも忘れられません」と松本は語る。

10年以上が経った今日も、武装集団による拉致や暴力が拡大しているナイジェリアでは、深刻な栄養不良やはしかなどの感染症に陥る子どもが多く、厳しい状況が続いている。

食料支援だけでは解決できない

タンパク質不足による足の浮腫。指で押すと<br> へこんだままになる © Akiko Matsumoto/MSF
タンパク質不足による足の浮腫。指で押すと
へこんだままになる © Akiko Matsumoto/MSF
栄養失調の改善には、政府や援助団体が食料を配布すれば事足りるように思われるかもしれないが、実はそう簡単ではない。栄養失調の子どもの治療には繊細な処置が必要となる。例えば6カ月未満の赤ちゃんには栄養治療食(RUTF)が使えないので、状態と体重に応じて栄養素の異なる治療ミルクを飲ませることから始め、母乳の成分に近いミルクで状態を安定させたら、脂肪分を含むカロリーの高いミルクに少しずつ移行。下痢をすれば初期段階のミルクに戻す。毎日体重を測り、状態を確認しながらミルクの量を決める。

また、同時にマラリアなど他の病気にかかっていることが多いため、薬での治療も必要だ。脱水症状があれば脱水を改善する。重度の栄養失調を治療するには細やかなケアが欠かせず、治療が遅れると、失明や神経症などの後遺症が残る危険性もある。

さらに栄養失調の病態は食料不足によるものだけではない。消耗症の一部に、例えば炭水化物のみを摂取するなどして栄養バランスが崩れ、タンパク質不足になることがある。その場合、全身がむくみ、食べ物があっても重度の栄養失調に陥る。

栄養課題の原因は?

子どもの栄養失調の原因は多岐にわたる。水くみ、薪拾い、食料集めなど生きるための家事が多く、母親が新生児に十分な母乳を与える時間を取れないこともある。宗教や風習で新生児に母乳ではなくヤギの乳を与えるなど、文化的な要因もある。このほか、マラリアやはしかなどにかかって栄養失調を引き起こすケースがある。病気で活力を失い、十分な食事をとることができず、体重が減ると食欲はさらに衰えてしまうからだ。すると免疫力が一段と低下して、ほかの病気にかかるリスクが増え、悪循環に陥る。

そのため病気の早期発見と適切な治療が不可欠となるが、医療へのアクセスが欠如している国も多い。特に紛争地では、医療機関やインフラが破壊され、収入が低下することで医療へのアクセスが絶たれる。医療施設の数が限られ、医療スタッフのスキルでも問題を抱える。そして病院があっても、紛争や貧困により生活するだけで精一杯の人びとには医療費を払う余裕がない。無償の病院があったとしても、バス、バイク、ロバや馬などの交通の便があれば良い方で、歩く以外に手段がない場合も多い。

ナイジェリアでは医療へのアクセスも不足している © Akiko Matsumoto/MSF
ナイジェリアでは医療へのアクセスも不足している © Akiko Matsumoto/MSF

栄養失調を減らすためには、食料や支援金の配給だけではなく、医療へのアクセスや環境要因など、さまざまな問題を考慮して活動する必要がある。1971年、今から50年前の12月にビアフラ(現ナイジェリア)の紛争と飢餓をきっかけに設立されたMSFは長年、栄養失調に取り組んできた。

また現在、日本政府が主催する「東京栄養サミット2021」(Tokyo Nutrition for Growth Summit 2021)が都内で開催されている(12月7日、8日)。各国政府と国際機関、企業などが一丸となって、世界の栄養課題の解決を目指すものだ。

「政府や企業だけでなく、日本の皆さん一人ひとりにもできることがあります。栄養課題に興味を持ち、自分にできることを考え、行動を起こすことです。現地に行ったり、多額を寄付したり、大きなことでなくても良いのです。大きなニュースにならないことでも、いま何が起きているのかを調べ、その現実を他の人に伝えるのも行動です。小さなことに思えるかもしれませんが、何十人、何万人が行動を起こせば、現状は変わっていきます」と、栄養失調の子どもが一人でも減ることを願い、次の派遣に備える松本は話す。

【訂正】一番上の写真キャプションと本文一部(栄養失調の治療法)を修正しました。(12月13日)

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