「自分たちは何者なのか、試されている」 人道危機が続くナイジェリアから

2019年10月16日掲載

プルカの避難民キャンプ ©Atsushi Shibuyaプルカの避難民キャンプ ©Atsushi Shibuya

政府軍と武装勢力との争いが10年以上続くナイジェリア。中でも戦闘が激しい北東部ボルノ州のカメルーンとの国境に近いところに、プルカという町がある。2.5キロ四方ほどの小さな町だ。周囲を軍の見張り小屋が点々と囲み、その境界の外へ出たら命の保証はない。

ぬかるみの避難民キャンプ

この「陸の孤島」の住人は約7万4000人。うち半数が暴力から着の身着のままで逃れて来た国内避難民だ。

政府が管理する避難民キャンプのほかに、そこに入るのを待つための一時的な避難民キャンプがある。ただ、一時的とはいっても、キャンプでの住居が割り当てられるまで半年以上とどまる人も。仕切りもない仮設テントに1万2000人がひしめき、さらなる流入も止まらない。 

1日1人あたり15~20リットル必要とされる水だが、一時的な避難民キャンプでは3リットルも手に入らない。©Atsushi Shibuya1日1人あたり15~20リットル必要とされる水だが、一時的な避難民キャンプでは3リットルも手に入らない。©Atsushi Shibuya

この町でMSFは国際NGOとして唯一常駐し、外来診療から緊急治療、手術や出産、心のケアまで幅広く医療活動をしている。  

心をむしばむ暴力の記憶

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 アダム・アバ君(13)は兄を殺された。悲嘆にくれる母の姿を見るのが何よりも辛かったという。MSFの心理ケアセッションで、絵を描いて、自らの感情を表現。他の子どもたちと体験を共有する。安らげる場所と味方を得て、少しずつ前を向けるようになった。

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ハウワ・ウマルさん(70)は住んでいたゴシュ村を襲われ、村人たちが殺されるところを目の当たりにした。体が不自由だったため身動きが取れなかったが、ナイジェリア軍に保護され、ここプルカに連れてこられた。息子や親戚の行方はいまもわからないままで、不眠や震えに苦しみ、不安や絶望といった感情がウマルさんを襲う。MSFの心理療法士が毎日ウマルさんを訪ね、様子を見ている。 

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アブバカル・モハメド君(13)は兄と武装勢力に捕まり、森に連れ込まれた。兄と一緒に逃げ出したが、兄は捕まって殺され、自らは歩いてプルカまで避難した。兄の記憶がモハメッド君をさいなみ、何度も悪夢を見た。 

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MSFの心理療法士レツァト・ダザンはナイジェリア人現地スタッフ。心に傷を負った子どもたちにグループセッションを続けている。 

人間としての自由

プルカ避難民キャンプの暮らしは援助頼みだが、それとて十分ではない。水、食料、住居など生きていくための基本的なニーズはまったく満たされていない。かといって、町から出て、畑を耕したり、水汲みや薪拾いに行く自由もない。「プルカは軍に100%管理されているので、最低限の身の安全は守られている。でもその代償に、人間としての自由が失われている」。そう話すのは写真家・渋谷敦志さん。国境なき医師団(MSF)の活動を取材するため、8月下旬、ボルノ州の州都マイドゥグリからヘリコプターでプルカに入った。

ナイジェリア政府は武装勢力の掃討作戦に力を入れているが、紛争の出口は見通せず、異常な状態が日常風景に。襲撃や自爆テロをやめない武装勢力を強行に取り締まるほど、民間人の犠牲が付随的に増えていく。「武装勢力は凶暴、政府軍は横暴。誰を信頼すればよいかわからず、人々のあいだで疑心暗鬼が大きくなっている。疑心はテロリズムの栄養分なんですが」と渋谷さん。

避難生活の長期化にともない、この地域の未来を担う子どもたちは長く、学校に通えていない。栄養失調、マラリア、肺炎、そして心の傷——。避難民キャンプの子どもたちによく見られる病気だが、心身に襲いかかる苦痛に耐えながら、一日一日を生き抜くことで精一杯で、とても教育まで手が回らないのが現状だ。特に心に負った傷を放置すれば、じわじわと症状は悪化し、治癒が難しくなる。子どもたちをネグレクトすれば、この地域の将来の安定も損なわれてしまう。

「何から手をつけていいかわからないくらい問題が山積していて、つい絶望的な気分に引っ張られがちなんですが、逆にいえば、やるべきことは明らかなのです。未来がどれほど不透明で不確実でも、とにかく今、ここを生き抜いてもらうこと。そのためにMSFはやるべきことをやっています。行動を起こす責任をMSFは決して手放さない。その姿勢に大いに鼓舞され、では自分が果たすべき役割は何だろうかと改めて考えさせられました」と渋谷さん。

MSFはプルカで昨年7~12月、3.3万件の外来診療をした。602人の子どもの栄養治療をし、2203件の心理ケアをしている。そして、患者を助ける医療活動を通じて見聞きした現実を世界に発信している。世論を動かそうと。
 

辺境とは

取材規制もあって、日本のメディアにはめったに取り上げられないナイジェリアの現実。渋谷さんはナイジェリアにとどまらず、難民、移民、移住労働者、少数民族、人身売買の被害といった、移動を強いられ、辺境や周辺に押しやられている人たちを追っている。

「彼らを周辺的な存在にしているのは何か。私たちの世界と無関係だといえるのか。“私たち”と“彼ら”の間に知らぬ間に引いてしまっている目に見えない境界線をどう揺さぶることができるのか」と問う。 

プルカの避難民ャンプ ©Atsushi Shibuyaプルカの避難民ャンプ ©Atsushi Shibuya

次のギリシャへの取材旅行を前にMSF東京事務局を訪ねた渋谷さん。「格差や貧困が広がり、差別やテロといった暴力がますます人と人を分断している現状を人道的なアングルから見てきたい。そして僕の写真を見た人が、世界的な分断を乗り越えるために、それぞれの持ち場で行動を起こしてくれれば」と話す。そして、こう続ける。「国際社会が、いや、私たち一人ひとりの価値が試されているように思います。どんな世界を望むのか、その中で自分が何者であれるか、それは行動によって決まると思います」 

国境なき医師団日本事務局でインタビューに応じる渋谷敦志さん ©MSF国境なき医師団日本事務局でインタビューに応じる渋谷敦志さん ©MSF

※渋谷さんが世界各地で撮りためている写真は2020年秋、東京の写真展で発表予定です。 

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