「残されたのは服だけ」 紛争から逃れた200万人の生活は苦しく…

2019年01月23日掲載

ナイジェリア北東部。長引く紛争によって、過去9年間で住民約200万人が家を追われた。危機的な状況は今も続き、毎日のように多くの人が暴力に追いやられている。北東部のボルノ州、ヨベ州の人びとは、食料や水、住まいを手に入れることもままならない。人道援助に生活の全てを頼っている。 

家族とキャンプに身を寄せるマルヤムさん。© Natacha Buhler/MSF
家族とキャンプに身を寄せるマルヤムさん。© Natacha Buhler/MSF

マルヤム・ソフォさん(80歳)は、ボルノ州の町バマの国内避難民キャンプに身を寄せる。2年前、マルヤムさんの家族は、カメルーン国境に間近い地元の町バンキを離れた。相次ぐ襲撃で日常生活を送ることが難しくなったためだ。だが、マルヤムさんは病気で動くことさえできなかった。マルヤムさんは夫に先立たれている。家族は、泣く泣くマルヤムさんを1人置いて、避難のために家を出て行くことにした。

1人残されたマルヤムさん。援助団体からの配給を頼りに生きてきた。だが衰弱のため、薪集めや自炊はできなかった。2018年11月に体力が回復すると、60キロ先のバマで暮らす息子家族に合流した。しかし、バマのキャンプ生活も決して楽ではなかった。 

バマに逃れた国内避難民が生活している公共の避難所の様子。© Natacha Buhler/MSFバマに逃れた国内避難民が生活している公共の避難所の様子。© Natacha Buhler/MSF

「ここでの暮らしが心配です。私の到着したのは20日前。その少し前に月1回の食料と援助物資の配給がありました。私は何の支給も受けていません。食料も、毛布も、水を入れる容器も、寝るためのマットもないんです。私に残されたものは背中に負った服だけです」

マルヤムさんをはじめ、周辺地域でやむなく自宅を離れた、いわゆる国内避難民の約200万人にとって、乾期の到来は、さらなる暴力と混乱をもたらした。人びとの多くは、家以外にも家族を失ったり、暴力被害に遭ったりしている。キャンプに押し込められまま、将来も見えない中で、援助を頼りに日々をしのいでいる。

「人びとは何年もキャンプを出られずにいる」と話すのは、国境なき医師団(MSF)活動責任者のルイス・エギルスだ。「キャンプ外での移動の自由も制限され、自活ができません。長引く紛争のせいで、帰宅のめどもほとんど立たない状況です」 

新しく到着した国内避難民は、住居の割り当てを待っている。それまで、木陰や公共の避難所で過ごしている。© Natacha Buhler/MSF新しく到着した国内避難民は、住居の割り当てを待っている。それまで、木陰や公共の避難所で過ごしている。© Natacha Buhler/MSF

人びとはキャンプでの援助に頼って生活をしているが、十分に行き渡らないこともしばしばだ。「人道援助が不足し、保健、水、住居など、人びとのニーズを満たせません」とエギルス。「グウォザの町では食料の配給が先細り、プルカでは給水が十分ではありません。4000人が一次滞在キャンプで住居の割り当てを待っています。バマでも同じです。新しくキャンプにたどり着いた人びとは、木陰で寝て過ごしたり、公共の避難所で70人ほどが一緒に数ヵ月間過ごしたりしています」

北東部で、援助に手が届かない避難民がいるのは、治安が非常に緊迫していて、援助機関の立ち入れない地域が多いためだ。ボルノ州では、各地で軍事作戦が展開され、町と町をつなぐ道路や中心街で、しばしば襲撃事件が発生している。そのため、援助団体は、ボルノ州の州都マイドゥグリ市外に人や物資を送る時に、飛行機に頼って輸送するしかない。だが治安上の制約の比較的少ない場所でも、援助が行き渡らないことが多い。 

ボルノ州北部での紛争が拡大し、MSFは2019年に入り、マイドゥグリで新しく来た国内避難民に医療サポートなどを提供した。© Junaid Khan/MSF
ボルノ州北部での紛争が拡大し、MSFは2019年に入り、マイドゥグリで新しく来た国内避難民に医療サポートなどを提供した。© Junaid Khan/MSF

また援助物資などが足りないことに加えて、キャンプ内の劣悪な生活環境は、コレラ流行など多くの健康被害も引き起こしている。MSF医療コーディネーターのルイス・バラ医師は、「保健省は2018年9月、コレラの流行を宣言しました。MSFはコレラに対応するため、マイドゥグリほか、ボルノ州とヨベ州の複数の町で活動を拡大した」と話す。「MSFの治療したコレラ患者は2018年だけで8000人を超えました。この年だけで、33万人以上がコレラ・ワクチンを接種しています」

2019年1月の初旬、MSFはマイドゥグリの活動で、新しく避難してきた国内避難民の援助活動のため、医療サポートの提供のほか、毛布と石けんを配給、トイレを設置した。ボルノ州北部で紛争が拡大した後、マイドゥグリには数週間で住民8000以上が押し寄せた。

「状況は深刻で、人道上の影響も薄れていません。援助を必要としながら、援助を受けられていない人がたくさんいます」とエギルスは訴える。 

バマ州の国内避難民キャンプに家族で住んでいる女性と子どもたち。キャンプでの生活は、食べ物が十分になく、苦労が多いという。© Natacha Buhler/MSFバマ州の国内避難民キャンプに家族で住んでいる女性と子どもたち。キャンプでの生活は、食べ物が十分になく、苦労が多いという。© Natacha Buhler/MSF

一方、国連人道問題調整事務所(OCHA)の推計では、国内避難民80万人が援助団体の援助の手の届かない地域に住んでいるという。現地の生活環境やニーズについて、分かっていることは少ないが、そうした地域から逃げて来る人たちの健康状態は極めて悪い。MSFが2018年9月にした疫学調査によると、2018年5月以降に、バマに避難してきた子どもの8.2%が重度急性栄養失調、20.4%が全急性栄養失調となっていた。どちらの数値も、緊急とされる水準値をはるかに上回る。援助団体の手が届かず、悲惨な生活環境中で暮らす人びとに、差し迫ったニーズがあることを反映しているといえる。

エギルスは「北部の緊急事態はまだまだ終わっていません。2018年9月のバマで判明した栄養水準は大きく変わっていません。ボルノ州民の危機的な栄養状態が公とされた数年前から悪化していないにしても、大幅な改善もしていないのです。緊急援助の規模は当面、縮小すべきではありません。人びとは外部からの援助に頼っていますが、今はその最低限のニーズも満たされていません。住民は日々、長引く紛争のあおりを受けています。特にマイドゥグリ市外でも、必要最低限の援助を受けられるようにしなければなりません」と話している。

一方、ボルノ州の町ランでは、1月14日にも激しい武力攻撃があった。数千人の住民が避難を余儀なくされた。 

活動概況

MSFはナイジェリア北部のボルノ州、ヨベ州で2014年から救命医療援助を提供している。現在はボルノ州の州都マイドゥグリ、バマ、ンガラ、ラン、プルカ、グウォザ、ヨベ州の州都ダマトゥルでプロジェクトを展開。緊急対応チームが病気の流行や差し迫った人道ニーズに対応している。2018年は10月までに北部では、9万8000件を超える外来診療を行い、約3万2000人を病院に受け入れた。重度栄養失調の子ども6000人を外来で、6300人を入院で治療した。 

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