お腹のなかで亡くなった赤ちゃん 子どもや女性を危険にさらす「水」の話

2019年03月22日掲載

清潔な水が手に入らず、妊娠中E型肝炎に感染したザキヤさん © Abdoulaye Barry清潔な水が手に入らず、妊娠中E型肝炎に感染したザキヤさん © Abdoulaye Barry

お腹の赤ちゃんが動いていない。そう感じたザキヤ・サイドさんは、妊娠後期に病院にやってきた。アフリカの国チャド。東部にあるアム・ティマンで、国境なき医師団(MSF)が支援する病院だ。残念ながら、ザキヤさんの予感は当たっていた。赤ちゃんはお腹の中で亡くなっていて、医療チームにも手の施しようがなかった。ザキヤさんはE型肝炎に感染していた。汚染された水で感染するウイルス性疾患だ。症状も出ず命に別状がない人は多くいるが、妊娠中の女性には極めて危険な病気である。ザキヤさんは命を取りとめたが、赤ちゃんは助からなかった。もし、ザキヤさんがいつも「きれいな水」を使えていたら、違う結果になっていたかもしれない。 

子どもの命を左右する「きれいな水」

チャドのアム・ティマンでは水の確保は大きな課題 © Sara Creta/MSFチャドのアム・ティマンでは水の確保は大きな課題 © Sara Creta/MSF

世界保健機関(WHO)によると、世界で20億人が普段から排泄物で汚染された水を飲んでいて、水が媒介する病気の危険にさらされている。下痢を伴う病気で亡くなる人は毎年84万2000人。原因は汚染された水で、WHOは死者の多くが5歳未満児としている。汚染水による乳幼児の死亡数は毎年36万1000人に達している。適切な給排水設備を導入すれば、こうした死を防ぐことができるはずなのに。 

コンゴ民主共和国のMSFコレラ治療センター © Arjun Claireコンゴ民主共和国のMSFコレラ治療センター © Arjun Claire

コンゴ民主共和国(以下、コンゴ)で、アリーヌ・カエンドさんは5歳の息子アリスティドちゃんの具合が悪くなってすぐにMSFのコレラ治療センター(CTC)に連れて行った。コンゴでは2017年に5万5000人がコレラに感染。過去20年で最悪の流行だ。2018年の症例は2万5000件を上回り、同年11月までに857人がこの病気で命を落とした。

幸いアリスティドちゃんは治療を受けて助かった。しかし、長く続いた干ばつの後に起きた流行で、コンゴ26州のうち24州でコレラがまん延し、2019年3月現在も完全には抑え込まれていない。水不足を解消するため代わりの水源を探すが、清潔・安全でないことが多い。そして流行は現在、コンゴの首都キンシャサにも達している。 

水くみに出かけて襲われる

バケツで水を運ぶシエラレオネの女性たち © Xaume Ollerosバケツで水を運ぶシエラレオネの女性たち © Xaume Olleros

「水」は、女性の人生にも大きな影響を及ぼしている。女性は遠くの水源まで水くみをしに行くことが多い。長い移動の間、女性たちは無防備になる。2004年10月から2005年2月までの4ヵ月間、MSFはスーダン・ダルフール地方で500人の女性と少女に対し性暴力の被害者向けのケアを行った。患者の大半は、薪や水を取りに村を出て襲われたと語っている。

2018年3月、中央アフリカ共和国のボサンゴアにあるMSFの病院に、性暴力を受けた10人の女性がやってきた。女性たちは、大勢のグループで水をくみ、洗濯をしようとしていたとき、銃で武装した男たちに拉致されたという。医療機関を受診したのは事件から15日も経った後で、同じ時に被害にあった女性のなかには受診して助けを求めようとさえしなかった人もいる。飲み水がもっと楽に手に入っていたら、女性たちの安全と命が危険にさらされることはなかったかもしれない。 

清潔な水が命を救う

コンゴ民主共和国で住民に清潔な水と衛生環境について話す健康教育担当者 © Giorgia Giromettiコンゴ民主共和国で住民に清潔な水と衛生環境について話す健康教育担当者 © Giorgia Girometti

人道危機の際に救命医療を提供しているMSFにとって、給排水・衛生設備の建設は核となる活動ではないが、水は病気のまん延を予防し封じ込めるために不可欠な要素だ。危機に見舞われた地域では、清潔な水とトイレを安全に利用できるようにすることも欠かせない。

給排水・衛生活動の専門家は、現地の人びとに清潔な水と安全な環境を届けるためにさまざまな活動をしている。それを支えているのは健康教育担当者で、地域住民の中へ入って行って、現地の人びとのよりよい衛生習慣を教えていく。

2018年には、給排水・衛生活動の専門家をそれぞれ異なるMSFのプロジェクトに200回以上派遣した。2017年にMSFが給排水・衛生活動と関連資材に支出した額は1144万1080ユーロ(約14億5000万円)。2012年にWHOが行った研究では、下水設備に1米ドル(約112円)投じれば、5ドル50セント(約598円)の医療費節減につながるとされており、水が健康にどれほど重要かは明らかだ。 

戦争で給水・下水設備が壊され…

イエメンの病院でコレラ患者をケアするMSFの看護師 © Nuha Haider/MSFイエメンの病院でコレラ患者をケアするMSFの看護師 © Nuha Haider/MSF

コレラは、治療をしないと感染者の50%が命を落とす病気だ。一方、適確な処置を受けていれば死亡率は2%にまで減少する。流行時には予防接種が有効で、衛生的な生活習慣ときちんと機能する下水設備によって簡単に予防できる。2017年、MSFは14万3100人のコレラ患者を13ヵ国で治療した。前年の2万600件から大きく増加した原因は、2017年のイエメンでの流行だ。史上最大、世界規模でみても近年で最大級のコレラ流行とされ、MSFはイエメン全域にある37ヵ所のCTCと経口補水ポイントで10万人以上を治療した。

イエメンでコレラが流行したのは、戦争の副作用とも言える。戦闘で給排水・衛生設備と医療機関や保健所が破壊されたため、この国ではコレラ以外にも、それまで抑え込んでいた病気が繰り返し流行した。その1つがマラリアだ。これも給排水・衛生設備の破壊が関係している。マラリア原虫を運ぶ蚊は汚い溜まり水で繁殖するが、現地には下水処理場がない。MSFは2017年に1万人以上のマラリア患者を治療した。 

イエメンのコレラ治療センターでスタッフが手洗いを教える © MSFイエメンのコレラ治療センターでスタッフが手洗いを教える © MSF

世界的にみても、マラリアはMSFの患者の間で最も多い病気の1つである。2017年だけで、MSFは252万600人のマラリア患者を治療。蚊が媒介する病気には他に、デング熱、チクングンヤ熱、黄熱病やジカウイルス感染症(ジカ熱)があり、これらはすべて、効率のよい配管設備で予防できるはずの病気なのだ。 

密集した難民キャンプで事態が悪化

バングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで水を運ぶ少女 © Dalila Mahdawi/MSFバングラデシュのロヒンギャ難民キャンプで水を運ぶ少女 © Dalila Mahdawi/MSF

清潔な水の不足は、狭い場所に大勢の人がいる環境でさらに問題が悪化する。WHOは緊急事態において最低でも1人1日あたり15リットルの水が用意されるように勧めている。飲み水や調理、洗濯用だが、この量の供給が難しい場合もある。2019年2月、ナイジェリア北東部の町ランが襲撃され、3万5000人以上が隣国カメルーンへ逃げて野外の仮設キャンプで寝泊りしていた。MSFは他の緊急援助団体とともに1日あたり24万リットルの水を難民に供給したが、1人1日あたり7リットルに過ぎない。WHOが最低限と定めた基準の半分以下だ。

難民と国内避難民キャンプで清潔な水とトイレが不足すれば、病気が広がりやすくなる。雨が降れば、冠水によって水場が汚染される恐れもでてくる。2017年には、故郷ミャンマーでの迫害を逃れてバングラデシュへやってきた数十万人のロヒンギャ難民に、そうした事態が起きた。コックスバザール県の難民キャンプでは、あまりに多くの人が急ごしらえの密接した住居に住んでいるため、いくつもの感染症が流行した。さらにモンスーンの季節には、排水設備の整わないキャンプで洪水と地すべりが起きてしまった。 

水の危機はますます深刻に

深刻な干ばつに見舞われたエチオピアでは、栄養失調が深刻に © Carmen Rosa/MSF深刻な干ばつに見舞われたエチオピアでは、栄養失調が深刻に © Carmen Rosa/MSF

世界が直面している水の危機は今後、気候変動のため深刻化する見通しだ。2025年には、世界人口の半数は水が足りない地域に住むことになるとWHOは推定している。

下痢を伴う病気や栄養失調と、干ばつとの関連性はよく知られている。温暖化で干ばつが長引くようになれば、健康への影響はさらに大きくなる。2017年4月、過去30年で最も深刻とされる干ばつに見舞われたエチオピアのドロ県で、急性水様性下痢が流行した。毎年、5月と9月の乾期に備蓄食糧が足りなくなるアフリカのサハラ砂漠南縁、サヘル地帯では、数十万人が危機にさらされるとMSFは予測している。 

エチオピアで栄養治療食を配るMSFのスタッフ © Carmen Rosa/MSFエチオピアで栄養治療食を配るMSFのスタッフ © Carmen Rosa/MSF

さらに、温暖化は干ばつだけでなく自然災害、大規模避難と紛争など、他の危機的状況も悪化させてしまう。MSFの人道問題顧問を務めるカロル・ドヴィーヌは、「水の質が悪いこと、水不足、紛争と人びとの避難には相関関係があります」と話す。「今後、極端な異常気象も起きてくると予想しています。フィリピンはその一例で、洪水の後、下痢やコレラ、細菌感染症やデング熱など、水を媒介する病気のリスクが高まっています。バングラデシュやイエメンでは、これまでそんなに流行が見られなかったコレラとデング熱が流行しているのです」  

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