リビアに囚われた命──移民・難民を襲う、暴力と搾取の構造とは

2025年02月27日
リビアにおける暴力と搾取を描いたイラスト Ⓒ Ricardo Fernandez Sanchez/MSF
リビアにおける暴力と搾取を描いたイラスト Ⓒ Ricardo Fernandez Sanchez/MSF

北アフリカに位置する国、リビア。国際移住機関(IOM)によると、この国に滞在する移民・難民の数は、2024年の1年間で約78万7000人にのぼったという。

リビアに仕事を求めて来た人もいれば、リビアを経由して地中海をわたり、欧州を目指す人びともいる。しかし、リビア国内においても彼らは過酷な状況に置かれている。収容施設の中でも外でも、拉致、恐喝、人身売買、暴行、性的虐待などの被害を受けており、医療も容易に受けられない状況だ。 

国境なき医師団(MSF)は、ミスラタ、トリポリ、ズワラーの3都市において、基礎医療、リプロダクティブ・ヘルス(性と生殖に関する健康)、心のケア、結核の診断と治療、性暴力ケアなどの医療援助を提供している。リビアで移民・難民の人びとはどのような困難に直面しているのか──。現場から伝える。 

殴られ、歯もなくなり…

スーダン出身の少年アフマドさん(仮名)は、チュニジアに渡ろうとして拘束され、投獄された。

「殴られて、いったん気を失いました。それから目を覚ました時には、まだ殴られている最中でした。顔は腫れ上がり、歯もなくなっていました。友人によれば、連中は、私の頭をレンガで殴っていたそうです」

その後、アフマドさんはMSFに保護された。そして、首都トリポリから100キロ離れた海岸沿いの町ズワラーの病院に1カ月間入院した。

リビアでMSFの活動責任者を務めるスティーブ・パーブリックは、次のように話す。

「滞在許可証を得られない人びとは、法律上の保護対象となりません。その上、リビアの行政機構はぜい弱なままです。彼らは医療を受けることすら困難な状況にあり、常に暴力にさらされています」 

MSFは、人身売買、拷問、レイプの被害を受けた人びとに日々接しています。

スティーブ・パーブリック リビアにおけるMSFの活動責任者

リビア国内にあるMSFの診療所を訪れた女性 Ⓒ Shouqi Benarabi/MSF
リビア国内にあるMSFの診療所を訪れた女性 Ⓒ Shouqi Benarabi/MSF

「リビアでは、運命が一瞬で変わる」

リビアは、地中海ルートでイタリアに向かおうとする人びとにとって玄関口にあたる。アフマドさんのように滞在許可証を持たない移民や難民は、リビア経由でさらに移動しようとする中で、絶えず暴力にさらされる。

リビア滞在中も、危険で不衛生な生活環境に置かれ、大部屋にすし詰め状態にされる。場合によっては、廃屋や建設現場で寝泊まりさせられる。その結果、病気にかかるリスクは高まっていく。

リビアでMSFの副医療マネジャーを務める医師イッサム・アブドゥラは、次のように語る。

「彼らの健康状態を見れば、劣悪な生活環境に置かれていること、激しい暴力を受けていることは明白です。行政の保護も受けられず、医療を受けることもできません」

人びとは身体的にも精神的にも深い傷を負っています。その傷は悪化していくばかりです。

イッサム・アブドゥラ医師 MSFの副医療マネジャー

2024年、MSFはリビア国内で15000件以上の診察にあたった。特に、心のケアについては、暴力に起因する心的外傷後ストレス障害(PTSD)に苦しむ人びとが多数を占めている。

リビア国内のMSFの診療所を訪れた男性 Ⓒ Shouqi Benarabi/MSF
リビア国内のMSFの診療所を訪れた男性 Ⓒ Shouqi Benarabi/MSF


カメルーン出身のネルソンさんは、妻と子ども2人を連れて、欧州行きの船に乗った。しかし、その船は沈没し、妻と子どもたちを失った。現在、ネルソンさんは、MSFの心理士のケアを受けている。彼は次のように話す。

リビアでは、運命が一瞬で変わるのです。ほんのささいなことで、人生がひっくり返って死ぬこともあれば、牢獄に放り込まれることもある。

ネルソンさん カメルーン出身の男性

「例えば、診療を受けようと出かけたり、パンを買いに行こうとしても、少し道を間違えるだけで警察に呼び止められます。運が良ければ見逃してもらえますが、運が悪ければそのまま拘束されるのです」 

医療を受けるのは「最後の選択」

人びとは警察や民兵たちによって身柄を拘束される危険にさらされている。そのため、孤立した場所に身を潜めるしかない。しかし、そうした場所でも、さらなる危険が待っている。彼らが医療を受けようと決めるのは、健康状態が深刻に悪化し、もはや手の施しようがなくなった時の「最後の選択」にすぎない。

2024年、MSFは250人以上の結核患者を診断・治療した。しかし、治療が間に合わず、16人が命を落としている。

先ほどのMSFの医師アブドゥラは語る。

「結核を患いながらも、症状がかなり進行してから、ようやく治療を受けるケースが多いのです。治療が遅れたら、それだけ死亡率は高まります。感染拡大にもつながっていくのです」

リビア国内のMSFの診療所を訪れた女性 Ⓒ Shouqi Benarabi/MSF
リビア国内のMSFの診療所を訪れた女性 Ⓒ Shouqi Benarabi/MSF


37歳で大学教授のサルマさん(仮名)は糖尿病を患っている。2023年4月に起きたスーダン内戦から逃れ、リビアにたどり着いた。彼女はこう話す。

「母国を離れてから、私の健康は日に日に悪化していきました。料理もできなくなり、服を着ることすらできない。何をするにも、娘たちの助けを借りている状態です」 

糖尿病には、規則正しい食事と投薬が欠かせません。しかし、リビアではそれができないのです。

サルマさん スーダンから逃れた女性

リビアとイタリアを結ぶ「人道回廊」

「ここでは、移民や難民となった人びとを民兵組織が搾取していくという経済モデルが成立しています。欧州連合(EU)とその加盟国も、この搾取構造に加担しているようなものです。移民や難民は、渡航を試みるたびに、身柄の解放を求めるたびに、そして旅を続けようとするたびに、金銭を要求されている。しかも、いったん金銭を支払ったあとも、再び犯罪ネットワークの標的となる危険があるのです」 
 
MSFの活動責任者を務めるパーブリックはそう語り、続ける。

「MSFは、リビア国内で医療活動を行うだけでなく、彼らをリビアから安全かつ合法的に退避させるルートの確保に力を入れています。とりわけ、リビアとイタリアを結ぶ『人道回廊』こそ重要です」

MSFはこの回廊を活かし、弱い立場の人びとを優先的にイタリア側で受け入れてもらうよう活動しています。この「人道回廊」を大幅に拡充すべきだと考えています。

スティーブ・パーブリック リビアにおけるMSFの活動責任者

2021年以来、この「人道回廊」を通して、700人以上がリビアから退避した。そのうち、約60人はリビア国内でMSFの患者となっていた人びとだった。さらに、シチリア島のパレルモでは、14人がMSFに保護された。 

2023年4月、国連は報告書を発表。その中では、リビアに置かれた移民たちに対して、多岐にわたる「人道に反する犯罪」が行われていると信じるに足る根拠がある、という判断が示されている。 

リビアの海岸に残されたゴムボートの残骸。多くの人びとがこの海岸から欧州に渡ろうとした Ⓒ Laurie Bonnaud/MSF
リビアの海岸に残されたゴムボートの残骸。多くの人びとがこの海岸から欧州に渡ろうとした Ⓒ Laurie Bonnaud/MSF

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