たった一度刺されただけで──命を脅かすマラリア、10歳の少年が回復するまで

2021年06月21日掲載

マラリアに感染し、一時は意識不明に陥ったポール君。治療を受け無事に回復した © Tim Pont/MSFマラリアに感染し、一時は意識不明に陥ったポール君。治療を受け無事に回復した © Tim Pont/MSF

「ポールが倒れた!」
母親のリディアさんは、10歳の息子ポール君が意識を失って倒れたという電話を外出中に受け、家に飛んで帰った。数日前にマラリアを発症し、近所の病院でもらった薬を飲んでいたポール君。なかなかよくならず、気分が悪いと話していたが、ついに意識を失ってしまったのだ。

親子が暮らしているのは、西アフリカのリベリア。この国における最大の死因は、蚊を媒介とした感染症であるマラリアで、特に子どもたちが大きな影響を受けている。たった一度蚊に刺されるだけで、命を脅かしかねない。国境なき医師団(MSF)が首都モンロビアで運営している子ども病院では、マラリアに感染した数多くの子どもたちの治療を行っている。この病院に運ばれたポール君の動きを追う。 

脳への影響は

リディアさんが急いで家に戻った時、ポール君は家の裏に倒れ、体はけいれんを起こしていた。これは、マラリアが重症化し、すでに脳にまで影響が及んでいる兆候だ。マラリアは適切な治療を受けずにいると、命に関わる重い合併症につながる恐れがある。脳性マラリアになると特に危険だ。

いつもよく笑い、文字を覚えたり、サッカーをしたりと楽しそうにしていたポール君。いまは昏睡状態で、先が見えない状況になっている。リディアさんと夫はオートリキシャ(三輪タクシー)に乗り、MSFが運営する子ども病院を目指した。

病院に到着してすぐ、救急部門のトリアージでバイタルサインなどを確認。ポール君は重体と診断され、「赤タグベッド」に運ばれた。救命救急室にあるこの緊急用ベッドは、ただのベッドではない。周囲には多数の救急医療用機器や資材、医薬品が置かれている。医療スタッフが重篤な患者をできるだけ効率よく素早く、検査や治療を行うためのものだ。

ポール君には、けいれんを抑えるためにジアゼパムが投与されるとともに、指先から採血するマラリア迅速検査や、貧血の指標であるヘモグロビン値の確認、酸素マスクの装着、抗マラリア薬や抗菌薬の投与などが進められた。

その後安定した状態で治療を受けられるようになり、ポール君は救急救命室から集中治療室(ICU)に移ることができた。

2015年に開院し、モンロビアで重症の子どものケアに当たっているMSF子ども病院 © Diana Zeyneb Alhindawi2015年に開院し、モンロビアで重症の子どものケアに当たっているMSF子ども病院 © Diana Zeyneb Alhindawi

ポール君のためのチーム

病院のICU看護師であるロゼリン・ビアゴは、これまで多くの脳性マラリア患者の対応に当たってきた。多くは意識がなく、けいれんしていて高熱が続く状態で搬送されて来るが、大声を上げたり、幻覚を見たりしている子どももいるという。「付き添っている親などは、何が起こったのか分からず心配しています」とロゼリンは話す。

ポール君の場合は、周りの人に当たるようになってしまった。看護師をたたいたり、医師を蹴ったりしていて、母親のリディアさんにとってとてもつらいものだった。

「そんな息子の姿を見て、私は思わず泣き出してしまいました」とリディアさんは話す。「でも、その後、看護師や医師、医師助手の方たちの動きを見て、ほっとしました。怒り始めたポールのもとにスタッフの皆さんが駆けつけ、息子をなだめながら血圧や心拍数などをチェックしてくれていたからです。ロゼリンさん、ビクトリアさん、ジョージさん……、彼らを見て、勇気が湧いてきました」

医療チームにとって、両親や世話をする人は、質の高いケアのために重要な存在だ。そこで看護師のビクトリアは、リディアさんに治療計画に加わりませんかと話し、こう伝えた。「いつもと違うことがあったら、なんでもすぐに教えてください。そうしたら私たち皆ですぐ処置できますから。私たちも確認を怠らないとはいえ、あなたがそばにいるときにポール君が下痢をしたり熱を出したり、吐いてしまうようなことがあれば、すぐに連絡をしてください」。説明を受け、リディアさんは希望と自信を持つことができた。

ポール君親子と、ケアを担った医療スタッフたち  © Tim Pont/MSFポール君親子と、ケアを担った医療スタッフたち  © Tim Pont/MSF

劇的な回復 退院から4日後には学校へ

ICUに入って4日目には、抗けいれん薬が効いて、ポール君は落ち着いてきた。意識が戻ると、ポール君は人の声に反応するようになった。

ビクトリア看護師は、その過程をこう説明する。「『ポール、はいと答えてみて、何か食べたい?』とポール君に少しずつ話しかけました。『うーん!』と返事が返ってくると、『ちゃんと、はいと言ってみて』と声をかけるようにしていました。そうすると少しずつポール君は話せるようになり、周りの様子も理解し、『食べたい』と言えるようになったのです」

ポール君の回復に、病院のチームの皆が喜び合った。医師助手であるジョージ・テングベは、「劇的な回復でした。意識がほとんどない状態から、コミュニケーションがとれるようになったのですから」と語る。

退院から4日後には、ポール君は学校で英語と数学のテストを受けられるまでになった。リディアさんはこう話す。「私は息子のすぐそばに座って、『お母さんはここにいるよ、どこにも行かないからね』と伝えました。あの子はとても頑張りました」 

集中治療室のビクトリア看護師 © Tim Pont/MSF
集中治療室のビクトリア看護師 © Tim Pont/MSF

予防は治療に勝る

重症のマラリアに苦しむ子どもたちの姿は、予防の重要性、そして子どもに病気の兆候が出たときに早い段階で診断することがいかに重要かを考えさせる。

殺虫剤を染み込ませた蚊帳は、5歳未満の子どもにも使える予防策としてとりわけ重要だ。蚊帳の使用率が高まっているとはいえ、リベリアでは蚊帳の下で眠れる5歳未満の子の割合は50%を下回る。MSFは、病院内外の健康教育講座で、世話をする人や親に、家では必ず蚊帳を使うように勧めており、入院患者は蚊帳を自宅に持ち帰って使うことができる。また、健康教育では、子どもが病気だとどう見分けるか、治療を受けないとけいれんがどれだけ危険かなども教えている。

治療費を心配する人たちには、ビクトリア看護師はこう話す。「ここに来て正解です。MSFの医療は無償ですから」

MSF子ども病院では、15歳未満の子どもたちを対象にさまざまな病状の治療に当たり、小児外科の診療も行っている。この病院では、リベリアの医療従事者を対象に、小児医療のさまざまな面での研修も実施。2020年には、合計4251人の患者がこの病院に入院した。
 

マラリアの治療を受けている子どもたちの親に、病気についての情報を伝える=2016年 © Diana Zeyneb Alhindawiマラリアの治療を受けている子どもたちの親に、病気についての情報を伝える=2016年 © Diana Zeyneb Alhindawi

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