災害、気候変動、そして紛争——2023年、世界の人道危機で国境なき医師団はどう活動したのか

2023年12月26日

2月に起きたシリア・トルコでの大地震。2022年に激化して以降、終わる様相を見せないウクライナでの紛争。そしてイスラエルとパレスチナ・ガザ地区で起きた破壊。世界各地で人道危機が相次いだ2023年。国境なき医師団(MSF)は、何を目指し、どう活動してきたのか。MSF日本事務局長の村田慎二郎がこの1年を振り返り、報告します。

2023年は、私たち国境なき医師団が「圧倒されそうになった年」という印象があります。

政情の不安定な国や地域が多く、世界では紛争が絶え間なく起きています。今年はそこに自然災害も加わりました。2月のトルコ・シリア地震や9月のモロッコ地震、リビアの洪水、10月のアフガニスタン地震など、「人道危機」と呼ばれる状態が世界のあちこちで発生した年だったと感じます。

ガザ・シファ病院に10月15日、次々と負傷者を運び込む救急車。シファ病院はその後、イスラエル軍の攻撃などで病院としての機能を大幅に失った © Dawood Nemer/AFP
ガザ・シファ病院に10月15日、次々と負傷者を運び込む救急車。シファ病院はその後、イスラエル軍の攻撃などで病院としての機能を大幅に失った © Dawood Nemer/AFP

4月に始まったスーダンの紛争など様々な人道危機が起きましたが、やはり10月に紛争が激化したパレスチナ・ガザ地区を巡る情勢には、日本でもメディアで大きな注目が集まりました。

このガザ危機の特徴は、戦時中に守られるべきルールであるはずの国際人道法よりも、イスラエルの軍事戦略の方が優先し、国際人道法が無視されていることです。

例えば無差別攻撃の禁止や、 医療への攻撃の禁止といったことが守られていませんし、一般市民に安全な避難経路を確保することも行われていません。そして、それをむしろ支持している国もあることが、我々としては承服できません。

ガザの病院の8割が機能停止していて、人口の8割以上が国内避難民になり、死者は2万人を超え、その7割は女性と子どもです。負傷者も5万人を超えました。

MSF日本事務局長、村田慎二郎  © MSF
MSF日本事務局長、村田慎二郎  © MSF

紛争の犠牲者は攻撃による死者だけではない

紛争と暴力の犠牲者は、直接的に攻撃で亡くなった人たちだけでありません。

ガザの人口は約220万人。 統計的に考えて5万人ぐらい妊産婦がいて毎月5500件ぐらいの出産があります。報道によると、週に3回の人工透析が必要な人たちも1000人ぐらいいます。さらにがん患者が1万人ぐらい。そういう人たちが医療を受けられなくなりました。それでどうなったか、報道からは見えてきません。

人口の8割以上が国内避難民となって衛生面、住環境の悪化が著しく、物資も自由に搬入できず、水の調達も難しい。戦闘員ではない一般市民が苦しめられる「集団的懲罰」を受けている状態といえます。

栄養失調や感染症が広がるリスクも含めると、戦闘による負傷者や死亡者以上の被害が出ている可能性もあります。紛争報道ではクローズアップされない部分です。こういう膨大な医療・人道援助のニーズがあるにもかかわらず、医療への攻撃が行われています。 

ガザのMSF事務所前でイスラエル軍に破壊されたMSFの車両=2023年11月 © MSF
ガザのMSF事務所前でイスラエル軍に破壊されたMSFの車両=2023年11月 © MSF

シリアと重なるガザの状況

思い出すのは、シリアの状況です。

私は以前、内戦下のシリア北西部アレッポという街で計2年ほど現地の活動責任者を務めていました。アレッポはシリア内戦の最激戦地の一つで、我々が直面した 課題の一つが、やはり医療への攻撃だったのです。

武力を持たない一般市民と戦闘員が全く区別されずに無差別に攻撃され、医療もその対象になっていた。いや、医療はむしろ、狙われていました。

ガザを攻撃するのはイスラエル軍。アレッポの場合は、シリア政府軍とロシア軍でした。そして、シリア・ロシア両軍とイスラエル軍の言い分には、似ているところがあります。

市民と医療への攻撃が、軍事作戦の一環として正規軍によって行われ、それが「テロとの戦い」として正当化されています。イスラエルの場合、「敵」はハマス。シリア政府とロシアの場合は反政府勢力。いずれも相手を「テロ勢力」とみなしています。

さらに「テロ勢力」が支配する地域にいる市民や病院は、「テロを支援しているから攻撃の対象になっても仕方ない」という論理が使われています。だから、シリアとガザが、私の中でかぶってくるのです。 

戦闘で荒廃したアレッポの街並み。内戦前はシリア第2の都市として各地から観光客やビジネス客を集めていた=2013年4月  © MSF
戦闘で荒廃したアレッポの街並み。内戦前はシリア第2の都市として各地から観光客やビジネス客を集めていた=2013年4月  © MSF

避難せずに医療現場に残ることを決めたMSFの現地スタッフの姿も、私の中で重なります。
 
私がいたアレッポ北部の病院ではシリア政府軍の砲弾が病院の周囲に着弾するようになり、活動責任者として私は、活動を続けるか、病院を閉鎖するかの選択を迫られることになりました。最終的に大きな土のうの壁をつくることにしました。壁で病院を囲めばリスクは下がりますが、ゼロにはできません。真上からの着弾は防げませんから。

それで、100人ほどいた現地スタッフに「みなさん、どうしますか」と尋ねました。3割ぐらいの人は去るかもと思っていたのですが、最終的には全員残った。理由はお金ではなくて、 自分たちのコミュニティが、今ほど医療という自分たちの仕事を必要としている時はないという共通認識が全員にあったからなんです。

その病院でのMSFの活動は最近まで続き、多くの命を救うことができました。ガザでも、無差別攻撃にさらされる自分たちのコミュニティに踏みとどまり、医療を届け続けると決めた現地スタッフがいます。その姿が、あの時のアレッポの現地スタッフの姿と重なるのです。

ガザの医師が残したメッセージ

ガザ北部のアル・アウダ病院では攻撃を受けMSFの医師2人を含む3人の医師が亡くなりました。

うち1人のマフムード・アブ・ヌジャイラ医師は10月20日に、手術の予定表などを書くホワイトボードに 「最後まで残った人は、伝えてください。私たちはできることをした。私たちを忘れないでください」と書いていたのです。

それから約1カ月後に病院は攻撃され、同僚のアフマド・アル・サハール医師とともに亡くなりました。

アブ・ヌジャイラ医師には3人のお子さんがいて、アル・サハール医師は婚約中で近く結婚する予定でした。 

© MSF
© MSF

医療への攻撃は「助かるはずの命」を奪う

医療への攻撃は、その病院を命綱にしている地元の何千人、何万人から医療へのアクセスを奪うことでもあります。例えば慢性疾患の患者さんのように、普段の医療へのアクセスがあれば助かる命も、助からなくなります。

そういう重大な行為が平然と行われたのがシリアであり、ガザでも同じような論理で攻撃されています。必要なのは即時かつ継続的な停戦です。これは、政治的にイスラエル支持とかパレスチナ支持とかいう話ではなく、人道的観点から取るべき立場です。

こうした医療への攻撃は、今や世界的な問題となっています。例えばウクライナの南部ヘルソン州では病院への砲撃などが相次ぎ、医療施設の8割が全壊ないしは一部損壊の被害を受けました。MSFは比較的安全な中部や西部に患者さんを移すため、10月に2回、「医療列車」を運行しました。私たちはウクライナでも、戦闘の当事者に対して医療への攻撃の即時中止と国際人道法の順守を求めています。 

イスラエルにも支援申し入れ

MSFはガザで支援を続けています。一方でイスラエルに対しても、10月7日の事態を受けて医療支援をしたいと申し入れました。ただし、イスラエルには十分な医療資源があるので、私たちの申し入れは受け入れられなかったという経緯があります。

私たちは独立・中立・公平を旨とする団体で、政治権力などから独立して行動します。医療へのアクセスに対する公平性とは、アクセスがある場所では支援は不要で、ない場所ではアクセスを作るために支援する、そういう意味での公平性です。学校での講演で子どもたちに話すときは、こう例えています。鉛筆をすでに持っている人には、鉛筆を渡しません。しかし鉛筆を持ってない人には渡しますよ、と。我々はそういう立場です。

また、私たちの公平とは、医療倫理に基づいた公平です。政治的立場や兵士、一般市民の区別なく、医療上の必要性があれば 負傷した人を受け入れ、治療します。そして、その公平性を担保するため、政治的な意思決定からは独立しています。

しかし、そういう医療倫理や人道援助、人道主義というものが、ものすごく挑戦をされている、攻撃されているということを感じます。 

危機の上に重なる新たな危機

同じような例としては、4月に始まったスーダンでの紛争があります。首都ハルツームでは、敵対する勢力の負傷者が病院に行って治療を受けられないように、医療施設に対する医療物資の供給を当局が完全にブロックするという、国際人道法を無視した行為が起きました。これにより、例えば帝王切開が必要な女性も手術を受けられなくなるといった事態になりました。

スーダンからは100万人以上の難民が周辺諸国に逃れてます。チャドや南スーダンが主な行き先ですが、問題は逃れた先にも紛争があったり、それ以前からの難民がいたりするわけです。危機の上に危機が重なっています。母子の栄養失調やはしか、マラリア感染といった問題が起きています。

繰り返しますが、私たちが紛争地で活動する理由は、政治的な理由からではなく、そこに膨大な医療・人道援助のニーズがあるからです。

2023年8月、スーダンからチャド東部アドレに逃れてきた人びと  © MSF
2023年8月、スーダンからチャド東部アドレに逃れてきた人びと  © MSF

自然災害に気候変動の影響も

シリアとトルコではこの2月に大地震がありました。シリアでは12年続く内戦で何度も家を追われた人びとが被害を受けました。医療への攻撃でダメージを受けていた医療施設が地震で損壊し、新たに多数の人びとが国内避難民となりました。それから水と衛生面の問題が浮き彫りになり、皮膚の感染症などが流行しています。状況は改善されつつあるものの、依然として医療へのアクセスや生活環境で課題が多い。加えて10月ごろから紛争が再燃して病院が攻撃されています。

自然災害でいうと、モロッコとアフガニスタンでの地震、リビアでの洪水がありました。アフガニスタンでは日本人の海外派遣スタッフが活動を続けています。また、リビアでの洪水は、気候変動の影響で想定外の大雨となったことや、紛争が続いて治水設備の維持・管理が行われていなかった問題が指摘されています。

ミャンマーではロヒンギャ避難民キャンプがサイクロンで大きな被害を受けました。

洪水で破壊されたリビア東部デルナの街=2023年9月 © Halil Fidan/Anadolu Agency via AFP
洪水で破壊されたリビア東部デルナの街=2023年9月 © Halil Fidan/Anadolu Agency via AFP

世界のだれも取り残さない支援を

2023年、日本はG7の議長国を務め、5月から6月にかけては、長崎で保健相会合、広島で首脳会合(サミット)が開催されました。

MSFはサミットに先がけ、日本政府をはじめとするG7諸国に対し、国際社会の対立や高まる緊張を越えて、紛争下における国際人道法の順守や人道援助へのアクセス確保のための取り組みを主導することを求め、MSFインターナショナル会長からの声明を発表しました。サミット会場ではMSF日本として会見でG7のコミュニケに対する意見を表明しました。

保健分野では、次のパンデミックへの「予防・備え・対応(PPR)」が、G7の主要議題の一つとなりました。私たちは新型コロナウイルス感染症のパンデミック対応の中で、ワクチン、治療、検査など、医療へのアクセス格差によって、より弱い状況にある地域や人びとが取り残され、より甚大な被害を受ける現場を目の当りにしてきています。

この経験をふまえ、次のパンデミック、そして薬物耐性(AMR)や「顧みられない熱帯病(NTDs)」といった他の健康課題においても、「だれひとり取り残さない」とうたう国際保健の理念を真に実現する取り組みを求めました。 

結核対策で2つの成果

MSFは1999年に受賞したノーベル平和賞の賞金を基に「アクセス・キャンペーン」を続けています。

先進国であれば簡単に使える薬が高価で手に入らない、また、経済的な理由から購買が困難な人が多い低・中所得国で多い病気の場合、売り上げが見込めないため製薬企業が治療薬を開発したがらない、といった、活動地でしばしば直面する障壁をなくし、すべての人びとが健康に生きるために必要な医療を受けられるようにするキャンペーンです。

2023年には2つの画期的な成果が出ました。一つは9月に、結核の検査用カートリッジの値段が20パーセント下がったということです。MSFが長い間、様々な形で働きかけ、値下げを求めていました。

もう一つあります。

ベダキリンという抗結核薬を開発したジョンソン・エンド・ジョンソンが、薬価を50%下げ、さらに低・中所得国で薬の特許権をこれ以上行使しないと発表しました。これにより、結核に苦しむ多くの患者さんが、安価なジェネリック医薬品で治療できるようになります。抗結核薬への アクセスが飛躍的に改善され、救える命が増えるということです。 

「メディアで報じられない」現場の重み

こうした活動は、なかなかメディアでは取り上げられません。そして、メディアで取り上げられることが少ない危機も、世界にはたくさんあります。2022年にMSF日本が拠出した人道援助資金約96億円のうち、最も多く使われたのはナイジェリア(約13億円)。次はチャド(約9億円)でした。

ではナイジェリアやチャドに関してどのようなニュースがあったか、多くの方はほとんどご記憶にないと思います。いわゆる「メディアで報じられない危機」の現場ということです。

ナイジェリアに関しては栄養失調が問題になっていました。 北東部や北西部などで、前例ないほどの数の子どもたちが栄養失調に苦しみ、救命処置すら必要な状態でキャンプや病院に来る。原因には少なくとも2つあり、一つは長年続く紛争と治安の悪化、それによる人道危機です。紛争が続くと農作物の収穫ができません。ナイジェリア政府からすると、反政府勢力のボコハラムがいる地域に暮らす人びとを支援するのは、テロ勢力を支える人を支援することになるということで、以前には、援助活動にかなりの制限がかけられていた時期もあります。 

ナイジェリア北東部でのMSFの栄養失調対策プロジェクトの集まった親子ら=2023年7月  © MSF/Ehab Zawati
ナイジェリア北東部でのMSFの栄養失調対策プロジェクトの集まった親子ら=2023年7月  © MSF/Ehab Zawati

もう一つは、気候変動です。

気候変動で農作物の収穫が減り、栄養状態が悪化していく。長引く紛争がそこに重なり、救命処置が必要な状態にまでいたる。これはほとんどニュースにならないんですね。しかし、私たちとしては力を入れています。

なぜかというと、まず危機的状況にある人の数が膨大ですし、他の組織が支援に来ていないので、MSFだけが頼りという現実があるからです。ソマリア、エチオピア、ケニア、中央アフリカなど、重度の栄養失調に苦しむ子どもたちが増加している地域は多くあります。 

皆さまのご寄付が支える国境のない活動

私たちが支援のプロジェクトを始めたり、活動を拡大したりする基準は、ニーズがどれだけ深刻であるかという点です。次に考えるのは、他の組織がカバーできているかということです。他の組織がカバーしきれていないところに、私たちは資金や人的資源を投入します。

そんな行動ができる理由は、私たちが資金的に独立しているからです。MSFの活動資金の9割以上が民間の皆さまからのご寄付で、どこか特定の政府の資金などに頼っていません。だから政治から独立した意思決定が迅速にできる。MSFじゃないと、リーチできない地域があるわけです。

災害や紛争の被災者、被害者に対し、民族や宗教の違いを超え、差別することなく援助を提供する。ここが一番大事です。だからやっぱり、私たちには国境がないんです。そして、皆さまのご寄付が、国境のない活動を支えているのです。 

「希望はある」。メッセージを世界各地に

私がシリアで活動していた2015年のことです。アレッポが激しい攻撃を受け、状況は悪化する一方で無力感を感じ、もうこの仕事をやめようかなという思いに駆られていました。空爆で妻子を失い、自分の右足も切断することになった患者さんにそんな思いを口にすると、彼はこう言ったのです。

「そんなこと言わないでくれ。君たちは、私たちの希望なのだから」

紛争の最前線まで国外から支援に来てくれる人たちがいるということは、そこに生きる人びとにとって、「自分たちは世界から完全に見捨てられたわけではない」という希望にもなりうる、ということに気づかされたのです。

ナイジェリアでも、チャドでも、南スーダンでも、そしてガザでも、同じことが言えると思います。そこに医療・人道援助を届けることで、人びとの希望をつなぎたいと思っています。

2024年も、皆さまのあたたかいご支援をよろしくお願い申し上げます。 

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