両親を失った生後5カ月のジョアンナ MSFスタッフが見た再建外科病院

2019年05月08日掲載

ジョアンナと担当理学療法士のヤザン © Abigail Betts/MSFジョアンナと担当理学療法士のヤザン © Abigail Betts/MSF

MSFスタッフのアビゲイル・ベッツ © MSFMSFスタッフのアビゲイル・ベッツ © MSF

イギリス出身のMSFスタッフ、アビゲイル・ベッツが今年2月、MSFが活動するヨルダンを訪問した。アビゲイルはMSFイギリス事務局のファンドレイジング部で、マネジャーとして働く。視察した首都アンマンのMSF再建外科病院についてレポートする。  

初めての視察で

私は何年もの間、病院に入院する祖父母や親類を見舞ったが、心地いい場所だと感じたことはない。けれど、アンマンの国境なき医師団(MSF)再建外科病院はまるで誰かの自宅にお邪魔するような感じだ。実際に、大勢の患者さんが暮らしており、病院の5階と6階に部屋がある。 

病院の入り口に立つアビー © Abigail Betts/MSF
病院の入り口に立つアビー © Abigail Betts/MSF

私たちの病院視察の初日。肌寒い2月の朝だった。人びとが入り口を出たところで行き交い、しゃべったり、笑ったりしている。一瞬の間を置いて、車いすや松葉づえを使っていたり、創外固定器を付けたりしている患者さん、手や足が無くなってしまった患者さんたちに気づく。

イブ医師との出会い

イヴ医師 © Abigail Betts/MSF
イヴ医師 © Abigail Betts/MSF

その中には子どももいた。ここで出会った、最初の子どもだ。5歳になるかならないかだろう。顔に負った重いやけどを覆う圧縮マスクを着けている。あとで担当する理学療法士ヤザンから聞いたところによると、ポットに入った熱湯を頭からかぶってしまい、顔、上半身、両腕、両手にひどいやけどを負ったのだという。こうしたひどい事故は悲しいことに、人びとが過密状態のキャンプへの避難を強いられるようなときによく起こる。

誰と面談しても、そのことが私の胸をよぎる。治療が提供され、親交が深まり、身の上話が語られ、慰めがもたらされる。そこに、バックグラウンドや政治、文化、紛争は一切関係ない。

その他に知ったのは、この病院では特別に透明な圧縮マスクが開発されたということ。以前のマスクは、子どもたちにとって着け心地悪く感じ、人目が気になってしまうというので、新しいものに代わったのだ。

人びとがどのように感じているのか、患者さんの経過をよくするために何ができるかを考えることが、私たちの視察の目的にある。

院内に入ると、温かく迎えてくれたのはイヴ医師。素敵なアイルランド系アメリカ人で、この病院の医長であり、とても純粋で、ありのままを大切にしている人だ。

ここでのイヴの任期は1年で、現在既に8カ月目。これまで、人生のかなりの時間を形成外科医として世界各地で過ごしてきた。今回の活動は、彼女にとって初めてのオフィス勤務。彼女自身も、手術室に入りたくてウズウズしているだろうと思っていたそうだ。でも実際は、初めて体験する仕事に、長年の経験を総動員するのはむしろ楽しいという。

みんなで描いたホスピタルアート

5種類の花が描かれた壁画 © Abigail Betts/MSF5種類の花が描かれた壁画 © Abigail Betts/MSF

院内の見学が始まると、まず美しい絵の描かれたばかりの壁の前を通り過ぎる。つい最近完成したものだという。壁画家が招かれ、たくさんの患者と、故郷や身の上について話をしたのだという。そうして生まれたアイディアを、大勢の患者と共に描いた。

壁画が映し出すのは、5つの国の5つの花。白いジャスミンはシリア、コーヒーの枝花はイエメン、ヒナゲシはパレスチナ、バラはイラク、アヤメはヨルダンを表す。

イヴ医師によると、患者たちはこの絵に囲まれた通路を抜けていくとき、「ここでは皆同じ」だということを知るのだという。誰と面談しても、そのことが私の胸をよぎる。治療が提供され、親交が深まり、身の上話が語られ、慰めが与えられる。そこに、バックグラウンドや政治、文化、紛争は一切関係ない。 

MSFのさまざまな取り組み

イヴ医師に、この病院を案内されながら、全ての基本的な設備が抑えられていることに感心した。微生物検査、薬局、外科手術、社会的リハビリテーション、精神保健支援、理学療法、義手の3D印刷…などである。

ここでは、こんなに総合的な取り組みが行われている。そしておそらく、MSFが特によく知られる類の活動ではないだろうか。だからこそ、この病院は特別な存在として際立っているのだと思う。

もちろん、リハビリは手術に劣らず重要で、MSFはリハビリも手術も両方を提供している。でもイヴ医師は、故郷や職場、仲間たちのもとに良い気持ちで戻れないような手術に何の意味があるのかと問いかける。

昨年の夏には、子どもたちのために学校と活動スペースまで開設。今回の視察では、化学の授業に立ち会えた。子どもたちはとても勉強熱心だった(そして、化学について私よりもはるかによく知っているはず!)。

この2日間で、たくさんの身の上話を聞いた。患者さんの出身はイラク、パレスチナのガザ、シリア、イエメン。若い人もいれば、高齢の人も、戦闘でけがを負った人もおり、私の想像も及ばなかった経験をしている。ここの患者さんたちは大変な惨劇を経験している。たとえさまざまな本を読んだとしても、多くを失った患者さんたちから聞く、実際の話にはかなわない。

両親を失ったジョアンナ

ジョアンナと担当理学療法士のヤザン © Abigail Betts/MSFジョアンナと担当理学療法士のヤザン © Abigail Betts/MSF

ある人の身の上話を聞いて、最初の晩は目がさえてしまった。話の中心はジョアンナ。病院の最年少の患者だ。母方の祖母サリマさんから、お話を伺った。

ジョアンナが生後5カ月の時、武装勢力「イスラム国」からのイラク・モスル市奪還を目指す進軍があり、両親は避難しようとした。市外へ逃れる際、ジョアンナを抱えていた母親が地雷を踏み、父親は即死。母親は地雷が爆発した後、飛散した物が肺を貫通する重傷だった。それから10日間、祖父母がジョアンナと母親を看病したが、母親の出血は止まらず、医師による処置がどうしても必要になった。祖父が娘である母親を背負い、サリマさんがジョアンナは抱いて避難を試みた。だがその避難で、母親は狙撃され殺害されたという。

私には、サリマさんの目に、今もその光景が焼き付いているように見えた。サリマさんは、ジョアンナが何も覚えていなければいい。それが救いだ、と言う。サリマさん自身は、このことを決して忘れないだろう。家族や友人からは、ジョアンナを養護施設に入れるのが一番いいと言われたそうだが、サリマさんは私にこう話した。

「そんなことできるわけがないでしょう」 

ジョアンナの幸せを祈って

地雷の最初の爆発は、ジョアンナの左太ももをひどく傷つけた。神経損傷を引き起こし、その衝撃で器官の間を貫く穴も開いてしまった。そのためサリマさんが費用を負担し、イラク国内で左脚の手術を受けさせた。だがその後、ジョアンナの左足は、年齢に見合った発育をしていないことに気が付いた。

一家がアンマンの病院を訪れたのは2018年12月。ジョアンナの2歳の誕生日の直前だった。それ以来、ジョアンナは次の手術に向けて、ヤザンと毎日、理学療法をしている。ジョアンナは人見知りの女の子。でも一緒にシャボン玉を吹くと、笑顔が見え、笑い声も聞こえた。サリマさんと同じく私も、彼女が生後間もないころに起きた悲劇を覚えていなければいいと思う。

サリマさんとジョアンナ、そして私たちがこの数日間に病院で出会った人びとは、誰もが驚くほど粘り強い。MSFの取り組む活動の意義を思い出すのには、この病院の通路を歩くだけで十分だ。 

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