ハイチ大地震から10年 安定とはほど遠い現実

2020年01月12日掲載

2010年1月、震災で大きな被害を受けた首都ポルトープランス中心部の様子。奥では市場に炎が上がっている © Kadir Van Lohuizen/Noor2010年1月、震災で大きな被害を受けた首都ポルトープランス中心部の様子。奥では市場に炎が上がっている © Kadir Van Lohuizen/Noor

10年前の2010年1月12日、マグニチュード7.0の大地震がハイチを襲った。何十万人もの命が奪われ、数百万人が住まいを失った。インフラへの打撃も大きく、医療機関の6割が被害を受けたとされる。 

団体史上で最大規模の緊急援助

震災の19年前からハイチで活動していた国境なき医師団(MSF)でも、スタッフ12人の命が奪われ、3つの関連医療施設のうち2つが倒壊した。そのような中、医療への切迫したニーズに応えるべく、MSFは団体史上最大規模の緊急援助活動に取り組んだ。 

病院の外に作った仮設の手術室に多くの負傷者が運ばれる=2010年1月 © Julie Remy病院の外に作った仮設の手術室に多くの負傷者が運ばれる=2010年1月 © Julie Remy

外国人スタッフ数百人とともに、自らも被災者である数千人のハイチ人が緊急対応に参加し、26の病院と数十カ所での移動診療に従事。MSFが地震から10カ月の間に治療した人びとは35万8000人に上った。さらに、団体として2010年末までに1億400万ユーロ(約121億円)超をハイチへ寄贈した。 

地震で負傷し治療を待つ子ども=2010年1月 © Julie Remy/MSF地震で負傷し治療を待つ子ども=2010年1月 © Julie Remy/MSF

がれきはなくなったが

そして、2020年。震災から10年を経て、残骸はほぼ取り除かれ、複数の病院が新設されてはいる。しかし、ハイチの医療は再び崩壊の瀬戸際にある。

ハイチは今、政治的・経済的な危機に直面している。暴力事件や暴動が常態化し、大勢の人びとの日常生活は安定とはほど遠い。費用の問題や移動時の危険から、病院に行くことを控える人も少なくない。
 

暴動が広がるハイチ=2019年6月 © Jeanty Junior Augustin/MSF暴動が広がるハイチ=2019年6月 © Jeanty Junior Augustin/MSF

医療施設では、人材が不足するのみならず、薬や医療用酸素、輸血用血液、燃料も足りない。基本的な医療サービスがままならない状況だ。震災後のハイチに約束されていた国際支援は、立ち消えるか、実行すらされずに終わった。

ハイチは震災後数年は多大な国際支援を受けていたが、その支援はほぼ消え去った。大変な混乱と絶望に瀕しながらも、ニュースには取り上げられなくなってしまった。

この大切な記念の年、MSFは国際社会の注目が、いま現在のハイチの医療ニーズに注がれることを願っている。
 

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