ロシア:モスクワのストリート・チルドレン

2005年12月27日

オクサナは2日前に妊娠していることを知った。彼女は16才のホームレスである。昨日は麻薬を注射していたが、今日は国境なき医師団(MSF)のデイ・センターにいる。彼女は慰めを必要とし、必死に求めているのだ。

オクサナはモスクワの路上の厳しい環境の中で生き抜こうとする数多くの子どもたちのひとりに過ぎない。その数は2千~6千人と言われる。彼らは家庭内暴力やアルコール依存症などの問題を抱える家族や親戚から逃れるため、全国からモスクワに集まってくる。こうした子どもたちにとって、モスクワという大都市は自由とチャンスがある非常に魅力的な場所に見える。しかし大抵の場合、現実は彼らの期待に応えてくれない。

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不適切な国の支援

ストリート・チルドレンは、飢え、暴力、売春、麻薬、厳しい気候、慢性的な体調不良といった危険に日々直面しなければならない。彼らに対する支援はほとんどなく、14才未満の者は全て身柄を拘束し、病院で10日間の強制拘束を行うという法律にもとづき、警察は取り締まりを積極的に実施してきた。MSFのチームはこれらの病院に立ち入ることができていないが、劣悪で過密な状態や強制的に医療検査を受けさせられるといった彼らの話は、聞くだけでも恐ろしいものだ。

子どもは病院から釈放されると、「プリウト」という国の一時収容施設に送られ、そこに最長で6ヵ月の間滞在する。多くの者は、救急車や警察やプリウト自体からも逃げようとする。6ヵ月が過ぎると、家族の元に戻されるか孤児院に送られる。しかし、子どもたちを再び家族と融合させる、あるいはずっと孤児院で生活させようとする当局の試みは、プリウトで過ごす間の心理社会的ケアがないために失敗することが多い。このため、子どもたちは最終的に路上生活に戻り、同じ危険に再び直面することになる。MSFが実際にサポートを行った子どもの多くは14才以上である。彼らはプリウトのシステムから何度もこぼれ落ち、自分自身で生きて行かざるを得ない落伍者となった、顧みられない若者たちである。

MSFの活動

MSFの主な目的はこの悲しい現実の中で、こうした子どもたちに希望を与えることである。MSFの手法は強制的なものとは正反対である。MSFの信念は、ストリート・チルドレンは十分な選択肢と支援があれば正しい選択ができるというものであるからだ。

活動は2つの要素から成る。ひとつは、MSFのスタッフが駅や廃屋や放棄された荒地など、ストリート・チルドレンが集まる場所に毎日出向くアウトリーチ活動(※)。もうひとつは、デイ・センターの運営である。子どもが毎日午後に訪れることができるこの施設では、一連の活動を通じて心理ケアを行っている。

アウトリーチ活動とデイ・センターの共通の目的は、こうした子どもたちに本当の意味で「市民」になる機会を提供することである。つまり、彼らが自分の権利を得るために必要な書類の入手を支援し、医療・社会機関への書類の提出を手伝い、自分が何者であり何になりたいのかを考える手助けをするのだ。

  • こちらから出向いて、援助を必要としている人びとを積極的に見つけ出し、サービスを提供すること

路上では・・・

アウトリーチ活動チームは、子どもに積極的に援助を提供することは大人の世界が暴力や抑圧だけではないことを示すと共に、彼らの自信を回復させるのに重要な要素であると考えている。第1のステップはストリート・チルドレンを見分けることだが、これは往々にして想像する以上に難しい。彼らはしばしば身を隠すだけでなく、貧困の持つ典型的なイメージに必ずしも当てはまるわけではないからだ。清潔でこぎれいな格好をしていることは、気づかれずにすむ最良の方法であることが多い。
信頼を築くのには時間がかかるが、前向きなメッセージを伝えようとするためには不可欠なものだ。子どもが出身地など単純なことを話すようになるまでに、何週間もかかることもある。自力で生活していくための厳しいやり方を心得た子どもたちの多くが、カウンセリングよりもまず物質的な利益を得ようとすることも障害になる。

MSFのアウトリーチ活動スタッフは2004年の初頭から忍耐強く多くの子どもと個人的な接触を積み重ねてきており、隠れ場所に出入りを許されることもしばしばある。両者の関係が適切な時点にさしかかったところで、スタッフはより深い問題について話をしようと試みる。子どもに彼らが社会の一員であり、前向きに成長できるということを示すのが目的である。

このプログラムの心理療法士のひとりであるオルガ・ネドセキナは述べる。「私たちは、彼らが社会から完全に見捨てられてはいないことを理解させます。彼らの命が私たちにとって重要であること、私たちが彼らのことを気に掛けているのだということを示しています。判断を下すようなことはしません。」

子どもたちに伝えなければならないもう1つの重要な、そして時に緊急のメッセージは健康に関することである。彼らは不安定な生活の仕方から、主としてHIV、C型肝炎、結核、感染した傷などの問題を抱えている。注射や接着剤の吸引など麻薬の常用も大きな問題であり、他の感染症や病気の原因ともなっている。MSFのチームは注射針の使用方法やコンドームの使用についての情報も含め、感染を予防する方法についてのアドバイスを行っている。

デイ・センター

MSFは2005年3月からアウトリーチ活動にくわえてデイ・センターを毎日午後に開放している。デイ・センターで子どもたちは遊んだり、洗濯をしたり、シャワーを浴びたり、基本的な医療を受けることができる。打ち解けた環境の中で時間を過ごせるということが非常に重要な点である。MSFの心理療法士はこのような好ましい環境を活用して子どもたちと話をしている。彼らに将来の計画、つまり路上でのその日暮らしの身が和らぐようなことを考えさせようとしている。センターでの時間は、自由時間、創造活動、カウンセリングに分けられる。絵画、工作、スポーツなどの創造活動は子どもに達成感をもたらす。これらの活動の中でMSFのスタッフと交流することにより、彼らは新たな人間関係を築き上げていくことを学ぶ。

個人およびグループ・カウンセリングでは、両タイプのカウンセリングを通じて、心理療法士が子どもたちのバックグラウンドや過去の精神的外傷についてより深い分析を行う。彼らがどのような経験をしたのかを理解することは、彼らが将来を立て直すのを手助けするためには不可欠なステップである。カウンセリングの基本的なやり方は子どもの「回復能力」、つまり小さな頃の精神的外傷に立ち向かい、新たなスタートを切る能力を中心に据えている。この能力が驚くほどに強いことが非常に多い。

MSFはデイ・センターで基本的な医療も提供する。目下、チームは当局から医師免許が下りるのを待っているため、医療活動は限られている。しかし、センターの医師は健康予防と教育の点で重要な役割を担っている。実際、結核やHIVのような病気や感染症はストリート・チルドレンの間で非常に多く見られ、検査や治療を促進することが極めて重要である。医師は子どもたちが必要な医療を受けられる機関に行くように手助けしている。

将来の展望

デイ・センターには毎日15人ほどの子どもが訪れる。アウトリーチ活動チームは約50人の子どもと定期的に接触し、今まで約600人と面会してきた。もちろん、モスクワのストリート・チルドレンが直面する問題が全てデイ・センターで解決できるわけではない。MSFは路上でのアウトリーチ活動では問題を抱える子どもの一部としか接触できないことも認識している。しかし、このプログラムの責任者、ジャスティン・サイモンは語る。

「私たちはモスクワのストリート・チルドレン全員のニーズに応えようとしているわけではありません。この試験プログラムの目的は、地方や国の当局に非強制的な方法が有効であることを示すことなのです。」

MSFはこのプログラムによって、単に通りを「一掃する」ことに重点的に取り組むのは短期的戦略でしかないことを当局に説得したいと願っている。一人一人の子どもが合理的で責任ある決断をする機会を持つためには、総合的な方法が必要である。そして子どもたちが自発的に、かつ正しい根拠を持って決断しなくてはならない。彼らが路上から去るのは一度きり、それも本人の決断によるものでなければならない。将来に明るい見通しがあると子どもが信じることができて、初めて可能になるだろう。

モスクワでは毎夜、多くの子どもたちが路上で眠っている。駅や廃屋に身を隠しつつ、臨時の仕事にありついたり、ささいな盗みを働いたりしながら生き延びている。社会や家族の問題から逃れてきた彼らには、首都でのざらついた厳しい生活への準備はほとんどできてない。

国境なき医師団(MSF)のチームは毎日デイ・センターを開放してこのような子どもたちに一時的な休息の場を提供している。チームの目的は、彼らを社会復帰させるのに強制的な方法をとる必要はないということを社会に示すことだ。

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