「お母さんたちが元気でいられるように」へき地で活動 ある助産師の奮闘記

2020年01月22日
© Susanne Doettling/MSF
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金曜の朝、雨期の訪れを告げる初めての雨が降ったエチオピア・ソマリ州ワルデル町。乾燥と砂塵と熱気が去り、何カ月かぶりのさわやかな空気を味わいながら、国境なき医師団(MSF)の助産師、ハムディと同僚たちが医薬品の入った箱を、MSFの2台の車両に積み込む。ハムディの所属する移動診療チームは、ソマリア国境沿いのへき地であるドロ地域に多い孤立村の1つに向けて出発しようとしていた。 

患者をケアするハムディ(左) © Susanne Doettling/MSF
患者をケアするハムディ(左) © Susanne Doettling/MSF

MSFではハムディを含む4人の助産師が、遊牧生活を送る地元民の妊産婦死亡抑止に取り組んでいる。23歳のハムディ自身もソマリ人で、仕事への熱意は強い。週に5日赴くのは、MSFが基礎医療を届ける16カ所の1つ。広大な土地に舗装された道などはなく、診療所も皆無に等しい。 

© Susanne Doettling/MSF
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2時間かけてたどり着いたホグドゥガーグ村の住民は約1000人。一部は、村に滞在中の遊牧民世帯だ。間もなく、妊婦や、乳幼児を色鮮やかな布でおんぶした15人ほどの女性が、簡素な木材建築の日陰で待機する。これが、MSFの移動診療先の産科病棟となる。 

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ハムディの今日1人目の患者は、20歳のファードゥモさん。20日前に女の子を出産した。長距離の徒歩移動が必要な上に、土着の伝統も相まって、遊牧民の女性は、産後はしばらく健診に来られないことが多い。ファードゥモさん一家の滞在先は、幸いホグドゥガーグ村から1時間ほどの場所だったが、後から来た患者さんの中には、4時間半も歩いてきた人が複数いた。 

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ファードゥモさんの健診を行い、赤ちゃんにはビタミンKを与える。「家族の中の年上の女性たちの助けを借りて出産しました」とファードゥモさん。

「この子は2人目の子どもで、名前はまだ付けていません」 

© Susanne Doettling/MSF
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次にハムディが診たのは20歳のアーミナさん。妊娠3カ月でつわりがひどく、脱水症になっていた。ワルデル病院を紹介し、点滴による補水を勧めた。ワルデル病院は、約30万人の健康を担うドロ地域唯一の基幹病院だ。 

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そこへ、若い女性が心配そうな母親に連れられて来る。女性は1カ月前に、母親の手助けだけを頼りに茂みで出産をしたが、長引いた末に死産した。女性は初めての妊娠だった。両手首の傷から、赤ちゃんを亡くした悲しみの中、自傷行為に及んだことがうかがえる。

「出産が長引き、赤ちゃんを亡くす妊婦さんがあまりにも多いですね」診察後、ハムディが言う。「訓練を受け、合併症にも対応できる介助者が近隣におらず、質の高い救急ケア施設からも遠い場所では、こういうことが頻繁に起きてしまいます」

ソマリ州のこの地域では、妊娠も時としてリスクになる。産科合併症の起きた女性にとっては特にそうだ。救急医療を受けることもままならない。ワルデル病院は、へき地で暮らす多くの女性にとって、ただただ遠すぎるのだ。

「ソマリ人女性は通常、5~10人の子ども出産みます。子どもがたくさんいることが私たちの理想です」とハムディ。「大抵の家庭で、出産の際や、生後何年かの間に子どもが亡くなります。自宅出産も文化の一部なので、救急ケアが必要なときも、病院に行くまでに手遅れになることがよくあります」

ソマリ州はエチオピア国内でも、技能のある介助者による自宅出産や、医療施設での出産の割合が最も低い水準(それぞれ26%と23%)にある。

MSFの助産師チームは、出産が母子にもたらすリスクをできる限り抑えるべく、懸命に取り組んでいる。

「合併症の予防と、出産の際の危険やその兆候の説明に最善を心がけています。リスクのある妊婦には病院も勧めていますが、妊娠初期の健診や産後健診を受けに通院する女性は多くありません」  

© Susanne Doettling/MSF
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サーラさんは妊娠7カ月で、これが7人目の子どもとなる。一家の滞在場所は、ホグドゥガーグ村と同じくMSFの毎週の移動診療先であるミルドンバス村から20キロ。ハムディが、胎児の体位と大きさを確認したところ、発育もよく、すべて正常なようだ。サーラさんの血圧とヘモグロビン値、そして栄養失調の有無も診る。遊牧民の妊婦の間では貧血と栄養失調が多いが、サーラさんは健康で、検査結果も良好だった。 

© Susanne Doettling/MSF
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遊牧民の生活は過酷だ。確実でない水源と食料を求めて転々とするのは、特に妊婦、母親、幼い子どもには負担となる。「私たちの暮らしは、ずっと移動を続けることです。特に今は雨期なので、一番いい牧草地を探して何時間も歩きます。特に女性には大変です。私もこんな風に身重の時は、1時間歩くだけでへとへとになります。休みたくても休めません」 とサーラさんは話す。サーラさんの子どもは皆、住居か移動の途中で生まれたが、MSFの活動地からそう遠くない場所にいる時は、できる限り産前・産後ケアに訪れていたという。

「これまでのところは幸い大丈夫です。合併症が起きたら、ワルデル病院に行く方がいいのでしょうが、救急車を呼ぶための通信網がいつも確保できるわけではありませんし、病院の救急車もそうたくさんはありません」 

© Susanne Doettling/MSF
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幼い息子を連れ、お茶と砂糖と石けんを買って家族のいる茂みに戻るというサーラさん。帰り際に、こう言い残した。

「定住できるだけのお金があったら、この暮らしから離れたいところです。去年は雨が少なかった上に、この間の大干ばつで、家畜がかなりやられてしまいました。私たちは雨と牧草に依存しています。家畜が命綱だからです。水はいつでも悩みの種で、不足したり、今のように清潔でなかったり……。神様のおかげで、今のところ子どもたちは、幸いなことに下痢などの病気にならずに済んでいます。子どもは私の宝物です。茂みで伝統的な暮らしを続けていますが、子どもたちには、健康な家畜をたくさん飼って、家族を養ってほしいと思います」

MSFの助産師にとって、この広大な場所で移動生活を続ける妊婦を1人残らず検査することは不可能な仕事だ。そうした課題への取り組みとして、女性やその夫をはじめとする現地住民に周産期合併症の見分け方と、迅速な対応の仕方を伝えている。時として早期発見が、命を救うからだ。 

© Susanne Doettling/MSF
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本日の移動診療も終業時間が近い。スタッフは疲労困憊しながらも、大勢の女性と赤ちゃんの手助けけができたことに満足している。ハムディがいう。

「だからこそ、私は助産師になりたいと思いました。地元のお母さんたちが健康でいられるように、元気な赤ちゃんが産めるように寄り添いたいと」 

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