カメルーン:交通事故、銃弾、ナイフ襲撃……四肢を失う重症でも救急医療が受けられないとしたら

2020年09月17日
交通事故で左足を失ったオルネラさん © Albert Masias/MSF
交通事故で左足を失ったオルネラさん © Albert Masias/MSF

「いつもはバイクタクシーを使ったりしない。でも、勉強するのに電球が必要で、買いに出なければなりませんでした。それに近所で何度も襲撃が起きていたので、夜道を歩くのは怖かったんです」

バイクタクシーに乗った大学生のオルネラさん(27歳)はその夜、事故に遭う。昨年11月のことだ。

自分の将来を立て直したいと話すオルネラさん<br> Albert Masias/MSF
自分の将来を立て直したいと話すオルネラさん
Albert Masias/MSF
「全速力で飛ばしていた車が、私のタクシーに衝突しました。車の運転手は最寄りの診療所まで私を運んでくれましたが、開いていなくて、次に運ばれた州病院では整形外科医がいない。でもそこで、国境なき医師団の救急車を呼んでくれたんです」

3カ月以上もの間、国境なき医師団(MSF)の外科医らはオルネラさんの脚を残そうと手術を繰り返した。しかし事故による損傷はあまりにひどく、切断するしかなかった。

「毎回厳しい判断を迫られます。患者が社会生活を送る上で、大きなハンデとなりますから。学業はどう続けるのか、どう仕事を見つけ、家庭を築いていけるだろうかと」とジフォン・エドウィン・フォニュイ医師は言う。

「切断手術の後、心理士だけでなく、病院の皆さんが支えになろうと力を尽くしてくれました。あと数日で退院しますが、自分の将来を新たに立て直していこうと思っています」とオルネラさんは決意を固くする。

足りない医療を届けるために

西アフリカのカメルーンでは、オルネラさんのような重症患者であっても、思うように医療を受けられない。同国の北西州と南西州では3年以上にわたり、政府軍と分離独立派の武力衝突が続いているからだ。民間人の身の上にも容赦ない武装攻撃、拉致、拷問、性暴力が繰り返され、国連の統計によると68万人近くが避難生活を送る。さらに5万9000人が隣国ナイジェリアに逃れた。この危機によって人道援助を必要としている人は、200万人余りに上るという。

診療中のMSFのジフォン・エドウィン・フォニュイ医師(左) Albert Masias/MSF
診療中のMSFのジフォン・エドウィン・フォニュイ医師(左) Albert Masias/MSF

事態の悪化を受け、MSFは2018年に北西州での緊急医療援助を開始した。避難民や健康が脅かされやすい人びとを対象に、基礎医療を行う複数の医療機関や、地域保健担当者らのネットワークを支援している。聖メアリー・ソルダード病院は、州都バメンダでMSFがサポートする医療機関の一つだ。

この病院で、MSFは24時間365日稼働する救急搬送体制も導入した。出産や小児急患が大部分を占めるが、穿孔(せんこう)性潰瘍、重度のマラリア、呼吸器感染、ヘビにかまれた患者などもいる。また搬送患者のうち約5%は、暴力の被害者だ。

「2019年、この緊急治療室で2000人余りの患者を治療し、1500件の手術を行いました。搬送された患者数は、7300人以上にのぼります」とMSFのジフォン医師は言う。

生涯にわたって消えない傷跡

武装集団によって銃撃を受けたポールさん © Albert Masias/MSF
武装集団によって銃撃を受けたポールさん © Albert Masias/MSF

ポールさんも聖メアリー病院に搬送されてきた。武装した男たちが、若い農家である彼を敵方の支援者と見なし、襲ったのだ。拷問を受け、銃弾に撃たれたポールさんの体内からは、5発の弾丸が摘出された。

「両手に1発ずつ、腕に2発、太ももに1発の銃弾を受けていました。到着してからこれまで2度の手術をし、危機を脱したところです。左手は特にひどい状態でしたが、何とか治療できました」とジフォン医師は話す。

生まれたばかりの我が子を抱くラブリンさん © Albert Masias
生まれたばかりの我が子を抱くラブリンさん © Albert Masias

産科病棟のベッドに横たわるラブリンさんは今朝、娘を出産したばかりだ。

「バメンダでも最も危険とされる地区に住んでいます。近所の診療所は閉鎖してしまい、昨晩、陣痛が始まったときは本当に不安でした。特にこの町では、毎週月曜日に移動禁止となるので」

ラブリンさんは鎌状赤血球症という、出産時の死亡リスクが高い血液の病気を患っているため、なおさら医療機関に行かねば命に関わる。

「MSFの救急車を呼びました。都市封鎖されても皆さんは動けると知っていましたから。幸い救急車はすぐに到着し、電話をしてから1時間もしないうちに娘が生まれました。MSFが来なければ、私たち2人とも死んでいたかもしれません」

ナイフで左手を切り落とされたフェリックスさん © Albert Masias/MSF
ナイフで左手を切り落とされたフェリックスさん © Albert Masias/MSF

大きな傷を負うと、その影響は一生続く。23歳のフェリックスさんも例外ではないだろう。戦闘で自宅を追われたフェリックスさんの一家は、避難先の村で寝込みを襲われた。家族は何とか逃げ出せたが、フェリックスさんは捕らえられてしまう。襲撃者たちは彼を地面に押さえつけ、左手をナイフで切り落とし、意識不明に陥らせて立ち去った。

「姉が勇気を奮い、迎えに戻って来るまでの2時間、血を流して地面に倒れていました。その後の2週間は、林の中に隠れていたんです。伝統治療薬が効かず、腕が感染を起こしてしまいました。それで林を出て診療所へ行くと、包帯は巻いてもらえましたが、感染は悪化するばかり。バメンダへ向かうことにしました。道すがら、聖メアリーの医師なら助けてくれると聞きました」

ひどく衰弱していたフェリックスさんは、6日間の入院を余儀なくされた。医師らは感染した傷の治療とともに、心のケアにあたった。先週退院したフェリックスさんにとって、今日は初めての再診だ。診察の間、笑顔を浮かべるフェリックスさんは、あの恐ろしい襲撃を受けた本人とは思えぬほど穏やかだった。

公平性こそMSFの大原則

患者たちの話に共通するのは、この地域で医療を受けやすくすることの緊急性だ。北西州でMSFのプロジェクト・コーディネーターを務めるシャバズ・カーンはこう話す。

「この地域でもそうですが、危機的な状況の中で現地の医療を担う人道援助団体は、ごくわずかしかいません。人道援助の従事者は日常的に攻撃を受けることもあって、活動には困難を伴います。ただ人びとは、私たちがどの患者も公平に扱うことを知っています。私たちが関心を抱くのは、緊急医療ニーズへの対応のみです。ウイルスも銃弾も感染症も、争いのどちら側にいても起こりうる。私たちとて例外ではありません」

新型コロナウイルス感染症はカメルーンの北西州にも到達した。MSFは直ちに新型コロナ対応への支援を開始したが、停戦の気配がないため、聖メアリー・ソルダード病院での救命活動を中断せずにいる。暴力は止まず、人びとはますます切迫した状況に追い込まれている。

※上記で登場した人物には、プライバシー保護のため仮名を用いています。

カメルーンのバメンダにある聖メアリー・ソルダード病院 © Albert Masias/MSF
カメルーンのバメンダにある聖メアリー・ソルダード病院 © Albert Masias/MSF

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