「飢えていては治療どころではない」アフガニスタン、結核医療の革新は続けられるか

2022年03月24日
アフガニスタンの南部カンダハルでMSFによる結核治療を受ける女性=2017年 © Pau Miranda/MSF
アフガニスタンの南部カンダハルでMSFによる結核治療を受ける女性=2017年 © Pau Miranda/MSF

今日3月24日は「世界結核デー」。アフガニスタンではタリバンの政権掌握後、社会経済のあり方に転換を余儀なくされている。この国で毎年約6万人が患うとされる結核の医療もまた例外ではない。

国境なき医師団(MSF)の結核・HIV・肝炎顧問アニタ・メシックが、結核治療を革新するこれまでの取り組みや、政治変化に伴うアフガニスタンの危機的状況について記した。

アフガニスタンのカンダハルにあるMSF結核病院を最後に訪れた時のこと。小さな女の子が結核性髄膜炎にもだえ苦しみ、短い命を絶たれるのに立ち会った。病院に運ばれた時には既に症状が進行していて、私たちには彼女の最期の時間を少し楽にすることぐらいしかできなかった。

廊下の向こうには、退院の支度をする年老いた男性がいた。薬剤耐性結核で入院を続けるうちに体力を回復した彼は、やっと治療を終えた時、とても誇らしげだった。

2人の患者に2つのまるで異なる結末──少女の例は、アフガニスタンの人びと、特に女性が医療を受けようとする際に直面する困難を浮き彫りにしている。そして男性の方は、医療者が患者を中心に据えて治療を行えたときの可能性を示す。

アフガニスタンでは、結核が公衆衛生上の危機として重くのしかかる。女性と子どもへの影響はより深刻だ。例えばカンダハルにある私たちの病院では、患者の60%以上が女性で、25%は15歳未満の子どもが占める。

アフガニスタンの保健省は、合併症がない結核の診療を国内各地で受けられるようにし、すばらしい成果を上げてきた。だが、一般的な薬が効かない薬剤耐性結核では、いまだ治療できる施設が限られ、全国に5カ所しかない。数十年にわたる情勢不安と、貧しい人の病気と見られがちな結核に対する世界的な無関心も、この背景に横たわる。

アフガニスタンで数少ない薬剤耐性結核を診療するMSF病院 © Pau Miranda/MSF
アフガニスタンで数少ない薬剤耐性結核を診療するMSF病院 © Pau Miranda/MSF

結核治療の過酷さ

薬剤耐性のある結核は、抗結核薬の使用法や処方を間違えたり、患者が治療法をきちんと守れなかったり、質の悪い薬剤が使用されたりした場合に現れる。その治療は、つい最近まで患者にとって大きな苦痛を伴うものだった。患者は最長で1年半も自宅を離れ、痛い注射を受け続ける。家族とも、仕事からも離れて、医療者のみと接する日々を送らなければならなかった。

使用される薬は、難聴、腎臓障害、神経症状などさまざまな副作用を引き起こすため、治療を最後まで続けるのは困難を極める。またアフガニスタンでは、女性の患者や世話人には男性の付き添いが必要なため、世帯収入も圧迫される。こうした難しさから、最大で30%もの患者が途中で治療を離脱してしまうのだ。

5人の子どもを持ち、7歳の娘と共に結核治療を続ける母親。治療を受けるため一家はカンダハルへ引っ越しせざるを得なかった=2020年 © MSF/Laura Mc Andrew
5人の子どもを持ち、7歳の娘と共に結核治療を続ける母親。治療を受けるため一家はカンダハルへ引っ越しせざるを得なかった=2020年 © MSF/Laura Mc Andrew

より患者にやさしいケアを

2016年にカンダハルで薬剤耐性結核に取り組み始めた時、MSFは結核治療をより患者本位にすることを最大の目的に掲げた。多くの人は病院に来ることさえ難しく、長時間家を空けられない。そのため、患者が自宅や住んでいる地域で、より短期間の飲み薬による治療を受けられるようにしたいと考えた。家から離れた場所で行われる過酷な治療ではなく、世界保健機関(WHO)が推奨する9カ月間の経口療法を導入することにしたのだ。

この療法であれば注射薬も不要で、患者は最初の短期間だけ観察のためにカンダハルに滞在すれば、後は自宅で治療計画に従えるようになった。全期間入院したり、直接的な診療を受け続けたりする必要がなくなったのだ。私たちは週ごとに電話や、可能であれば保健担当者が自宅訪問することで経過を確認し、患者を直接診察するのは月に1回のみ。この病院で治療する人の6割がカンダハル以外の地域に住んでいることを思えば、患者の治療体験は飛躍的に向上したと言える。

また、一人ひとりに合わせたケアを行うために、カンダハル滞在が必要なときは経費や旅費、食料、カウンセリングなどの支援もしている。こうした治療法の効果は明らかで、導入後に治療から脱落した患者は一人も出ていない。より短く、より状況に適した治療計画であれば、患者が治療を継続する力を向上できるのだ。

カンダハルにあるMSF結核病院内 © Pau Miranda/MSF
カンダハルにあるMSF結核病院内 © Pau Miranda/MSF

数ある苦難の一つ

しかし、昨年8月のタリバンによる政権掌握で、米国や欧州連合(EU)、世界銀行など多くの国や機関が「悪の手に渡らぬように」と援助を打ち切った。その影響はすぐさま現れ、栄養失調の深刻化や医療サービスの不足が極まり、人道援助が必要な事態に陥っている。政府の正統性を認められないからといって、何百万人もの命が犠牲となることがあってはならないだろう。

結核治療は重要だが、それだけではうまくいかないこともMSFは認識している。結核はこの地に暮らす人びとにとって数ある問題の一つであり、直面する多くの苦難の一つに過ぎない。結核が貧しい人びとの間で流行することはよく知られるが、アフガニスタンの社会・経済状況は急速に悪化している。飢えていては治療も続けられない。アフガニスタンの状況が変化したのなら、私たちのアプローチも変える必要がある。

カンダハルではこの3カ月間、さまざまな援助ニーズが高まっており、MSFは国内避難民への援助を行った。また、子どもたちの栄養失調が増加したため、これまでカンダハルでは行ってこなかった栄養失調の診療も始めた。

アフガニスタンの状況が今後どうなっていくかは定かでない。先行きが不透明でも、MSFは結核患者の治療を続け、その他の医療・人道ニーズへの対応にも尽力する。また、結核医療の革新に挑み続け、独立・非政治的な立場を活かして、この国の結核対策を支援することに力を注いでいく。ただ、こうした取り組みは私たちの団体だけでは背負いきれない。

アフガニスタンの結核医療はささやかな進展を遂げたところだった。政権の変化によって逆行させてはならない。人道援助をつないでいくための他の方法を見出すべきだ。明らかなことは、アフガニスタンはいま援助の削減ではなく、増加を必要としている。

※この記事の原文は英国の医学誌『The BMJ』電子版に掲載されました。

この記事のタグ

関連記事

活動ニュースを選ぶ