医療・研究関係の方へのお知らせ
【報告】 第54回日本医学教育学会大会 シンポジウム11 『日本から海外の現場へ、そして日本へ』 -海外と日本の医療を繋ぐためにー
2022年08月16日 2022年8月5~6日、第54回日本医学教育学会大会が群馬で開催された。そのシンポジウムの一つ、『日本から海外の現場へ、そして日本へ』では、医療者の海外派遣に積極的に取り組んでいる医療機関や団体と国境なき医師団(MSF)の海外派遣スタッフが座長、パネリストを務め、日本の医療者が国際医療の現場を経験することの重要性や課題、海外派遣のシステム構築の必要性について論議しました。
座長の久留宮隆医師(国境なき医師団日本 副会長)は冒頭で、「現在の医学教育では、専門性の高い医師を育てるために29のサブスペシャルティ領域と19の基本領域を設定している。一方で総合的な能力を育てる観点から、総合診療科を基本領域に含めると共に、研究者の育成を奨励する意味で基礎領域も含まれる事となった」と紹介。しかし国際医療を一度は経験してみたいと思う医学生は多くいるものの、研修医から臨床医になる過程で夢をあきらめていく事が多いことを指摘しました。また、「国際保健の道に進みたいけど、誰に相談したら良いか分からない」と話した学生の例を挙げ、国際医療の道を示す指導医やロールモデルが欠如する現状について言及しました。海外で医療活動に従事する経験は、日本の医師の教育・キャリアにとって悪影響となるのか、国際医療の様々な分野で活躍するパネリストが、自身の経験や所属機関で実施した調査や取り組みなどをもとに発表しました。
国境なき医師団の派遣がキャリアに与える影響
最初の発表者である空野すみれ医師(国境なき医師団 産婦人科医)は、国境なき医師団日本の海外派遣人材登録者287人のうち、医療系スタッフ209人(73%)を対象に実施したアンケート調査の結果を発表。71人の回答者のうち、内科系医師が23%、外科系医師が31%、パラメディカルが46%(※1)で、男女比は同等、派遣回数は1~2回が最も多い一方、10回以上の派遣を経験している回答者もいました。『MSFと日本のキャリアのどちらを優先するか』という問いには15%が日本、25%がMSFと回答し、「安定した日本の仕事を優先して時々派遣に参加したい」という意見もある一方、国際医療のやりがいや医療ニーズのある場所で働く意義を重視する声も多くありました。
『同じ職種でMSFの経験を持つ人は日本において再就職しやすいか』という問いには、23%が「そう思わない」、27%が「そう思う」と意見が分かれる反面、『MSFの仕事は日本のキャリアにプラスの影響を与えるか』の問いでは32%が「そう思う」、8%が「そう思わない」と回答し、キャリアにおける好影響が示唆されました。医学教育モデル・コア・コンピテンシー(※2)をもとに設定した9項目のコンピテンシー(※3)では、ほとんどの項目で「向上した」の回答が大半を占め、特に「コミュニケーションとリーダーシップ」、「課題発見と問題解決」、「自己研鑽への意識と実践」などの項目で約8割の人に向上が示されました。
※1 内科系医師(内科医、小児科医、救急医、感染症専門医など)、外科系医師(外科医、産婦人科医、麻酔科医など)、パラメディカル(看護師、助産師、心理士、薬剤師など)
※2 全国医学部長病院長会議 医学教育モデル・コア・コンピテンシー(初版)https://ajmc.jp/activities/guideline/
※3 9項目のコンピテンシー:「1. 教育・後進の育成」、「2. 自己研鑽への意識と実践」「3. 課題発見と問題解決」「4. 健康医療の社会的な視点」「5. 医療の質、安全の管理への意識と実践」「6. コミュニケーションとリーダーシップ」「7. 臨床技能」「8. 医学的知識やEBMの実践」「9. プロフェッショナリズム(医師の職責の自覚と実践)」
医療者の海外派遣によって得られるもの
国際ボランティアが医療者にもたらすベネフィットについて、イギリスのシステマティックレビュー(※4)では55論文中96%でボランティア活動は派遣者に好影響を及ぼし、派遣元の国のメリットになっている結果が出ています。この論文で同定されているコアアウトカムセットの中から主要なものについて、3カ月以上ジャパンハートの活動に参加した医師34名に調査を実施。29名の回答者の中、多くが長期ボランティア活動で得られたものがあったと回答し、特に「限られたリソースの中で解決する能力」「文化の違いに対する認識の向上」「自己認識の向上」の項目では85%以上が向上したと回答しました。一方で、ボランティア活動の悪影響を選択したのは約25%で、金銭面やキャリアなどへの影響があげられ、おおむねシステマティックレビューと同様の傾向が示されました。神白医師は、調査を通し、派遣者はより人間・医師として根幹に触れる変化も経験していることが読み取れ、医療者の海外派遣は日本にも他では得難い利益があるとし、日本人医療者のキャリアの中でも、医療資源の限られた国での医療活動が評価される仕組みを作ることが必要だとまとめました。
※4 Tyler N, Chatwin J, Byrne G, Hart J, Byrne-Davis L. The benefits of international volunteering in a low-resource setting: development of a core outcome set. Hum Resour Health. 2018 Dec 20;16(1):69. doi: 10.1186/s12960-018-0333-5. PMID: 30567549; PMCID: PMC6300912.
人道危機を傍観せず、行動することが重要
足立拓也医師(東京都立豊島病院 感染症内科)の発表では、エボラ出血熱流行時の2014年リベリアでの映像が紹介されました(※5)。隔離病棟を抜け出したエボラ感染者が医療者によって連れ戻される様子が、現地の無秩序と混乱の象徴のように報じられましたが、当時政府が人流抑制目的に敷いた厳しい検問の結果、物流も止まり、食料品の価格が高騰し、入院患者のための病院食も止まり、空腹に耐えかねた患者が病棟を抜け出したのが真実です。報道と真実には乖離があり、現地に行って自分の目で見なければ分からないことが多くある、と語りました。2022年も世界中で複数の人道危機が進行中であり、傍観していれば自然と世の中がよくなるわけではありません。一方、日本の医療者の大半は医療機関に所属しているため、個人としては支援に行きたいと思っても、所属先との間で優先順位の不一致があると、「退職して行くか、諦めるか」という極端な選択にならざるを得ないこともあります。
豊島病院では、国内外を問わず切実に医療を求める人々に対して適切な医療を提供できる臨床医の育成を目指して、3年間のクリニカル・フェロー「国際感染症コース」を設置(※6)。国内診療、海外研修、海外派遣を三本柱として、年間最大6カ月の人道支援NGOを通した海外派遣を許容しています。また、豊島病院では国境なき医師団との共催で、まだ海外支援経験のない医療従事者向けに、経験豊富な講師陣を招き、キャリア設計ワークショップを開催しています。足立医師は、人道危機への対応は、「一部の篤志家の慈善活動」ではなく、私たちが医療を職業として選んだ根幹にかかわる問題であると指摘し、今後国境を越えて行動する医療人が増えることへの期待を寄せました。
※5 引用元:Ebola outbreak: Escaped patient pursued through crowded Liberia market, video shows, ABC News https://www.abc.net.au/news/2014-09-03/ebola-patient-escape-quarantine2c-flees-through-liberia-market/5715200
※6 クリニカル・フェローの募集(国際感染症コース) https://www.tmhp.jp/toshima/recruit/resident/fellow.html
途上国の疾患は他人事ではない
最後に谷口清州医師(国立病院機構三重病院 病院長)は、Global Outbreak Alert and Response Network (GOARN)で国際感染症対策に従事した経験から、医療における国際的な活動とそのインパクトについて発表しました。「そもそもなぜ海外で活動するのか?」という問いにJoshua Lederberg氏の“昨日遠い国でひとりの子どもに感染した病原菌は、今日私たちに届き、明日は世界的パンデミックの種になる”という一節(※7)を紹介。感染症の脅威は新型コロナウイルス感染症だけではなく、途上国に存在する疾病はいつでも日本に影響を及ぼすこと、グローバルヘルスとは他人事ではないと話しました。
2000年にエボラ出血熱がウガンダで発生した際に日本から派遣された医療者は、サージカルマスクで対応にあたりましたが医療者への感染はなく、日本の感染対策教育は十分現場で通用することが示されました。陰圧室や診断機器などない中で、五感、顕微鏡、そして現地ではどこにでも常備されているコレラとマラリアの迅速診断キットのみで診療にあたる経験は、「百聞は一見に如かず」と伝えます。GOARNは世界250以上の感染症対策機関と研究機関のネットワークであり、迅速にアウトブレイクを探知し適切な技術と知識を発生国に届けることを目的に2000年に設置された枠組みです。国際的なアウトブレイクはこれまでも繰り返し起こり、また今後も起こることが予想される中で、国際医療に従事する人材はこれまで以上に求められています。三重大学ではガーナ大学とパートナーシップを組み、医学生交換留学プログラムを実施(※8)。医療の原点に触れることのできる途上国の医療活動に触れることで、国際的な医療人の育成をバックアップしています。
※7 Joshua Lederberg(アメリカ合衆国の分子生物学者、1958年度のノーベル生理学・医学賞受賞)
“The microbe that felled one child in a distant continent yesterday, can reach ours today, and seed global pandemic tomorrow.” 1988年1月のロックフェラー大学講義より
※8 現在は新型コロナウイルス感染症の影響で休止中
医療人としての原点を見つめなおし、未来に貢献するために
また、「日本のへき地医療は国際医療に役立つのか」という会場からの質問には、全員が「役立つ」と回答。実際にへき地医療と海外派遣を繰り返し行っている人材も多くいる例を示し、医療資源の限られた場所での医療活動には共通点があることを示しました。これからの国際化社会において将来を担う学生、若手の医師が国際医療に積極的に従事できる環境を作り、人間力を培った医療者が日本の医療界の未来に貢献することを願ってシンポジウムは幕を閉じました。
※9 全国医学部長病院長会議 医学教育モデル・コア・コンピテンシー(初版)https://ajmc.jp/activities/guideline/
「1. プロフェッショナリズム」「2. 医学知識と問題対応能力」「3. 診療技能と患者ケア」「4. コミュニケーション能力」「5. チーム医療の実践」「6. 医療の質と安全の管理」「7. 社会における医療の実践」「8. 科学的探究」「9. 生涯にわたって共に学ぶ姿勢」