事務局からのお知らせ

チャド東部:虐待に関する調査と再発防止の強化

2026年08月28日

2024年後半、メディア報道を受け、国境なき医師団(MSF)はチャド東部における人道援助活動に関連した性的搾取・虐待・ハラスメントの申し立てについて調査を開始しました。この調査は2025年半ばに終了しました。 

MSFは、過去8年間継続して公表している「行動アカウンタビリティ年次報告」の2025年版とあわせて、本調査の結果と対応措置を公表します。これは、チャド東部およびMSF全体において、虐待と不適切行為の予防、発見、対応を強化することを目的としています。 

人道危機におけるセーフガーディング

MSFは、搾取やハラスメントなどあらゆる虐待のない環境を確保することに取り組んでいます。 

本稿で使用する「セーフガーディング」とは、虐待を予防・発見・対応するために、私たちが講じる一連の措置を指します。この取り組みの中心にあるのは、被害者の安全、尊厳、機密保持、そして必要な支援へのアクセスです。 

MSFが各プロジェクトや事務所で実施している、あるいは導入を進めているセーフガーディングの取り組みは、患者、地域の人びと、スタッフにとって、安全で尊厳が守られ、互いを尊重できる環境をつくることを目的としています。 

人道危機下での虐待の調査

MSFは1981年からチャドで活動しており、複数の人道危機に対応してきました。スーダンで内戦が始まる前から、チャドは約100万人の難民と国内避難民を受け入れていました。

2023年4月に隣国スーダンで戦闘が始まると、さらに90万人の難民が国境を越えて逃れてきました。もともと資源が極めて限られていた地域で、医療、住居、食料、水、衛生へのニーズが急増。難民の数が増え続けるなか、既存のキャンプや医療施設の受け入れは限界に達しました。
 
スーダンで暴力の激化がピークに達するたびに、難民や負傷者が次々と押し寄せてきました。例えば、2023年半ばには1日で到着した難民の数は2000人に達しました。同年6月の特に戦闘が激化した時期には、3日間で850人の負傷者がMSFの医療施設に運ばれ、そのうち約400人は6月16日の1日だけで運ばれました。

この緊急事態の規模の大きさと進行の速さにより、MSFは活動を急速に拡大し、多数の新規スタッフの採用が必要になりました。2025年には2446人を雇用し、58万6900件の外来診療、97万9600回の予防接種、3億6200万リットルの塩素処理水の供給など、大規模な医療・人道援助を行いました。
 
こうした中、2024年後半に報道機関の調査によって、チャド東部の人道援助活動に関連した性的搾取・虐待・ハラスメントの申し立てが明らかとなり、その中にはMSFで働く個人に関する3件の具体的な申し立ても含まれていました。 

報道を受けてMSFは調査を開始し、訓練を受けた調査員を派遣しました。その目的は、事実関係を明らかにするとともに、被害者への支援、加害者への懲戒処分、さらなる虐待の防止につなげることでした。通常、MSFは個別の申し立てを調査しますが、今回はチャド東部の全活動地域を対象とし、可能な限り多くの被害者と加害者を特定し、全体像を把握することを目指しました。 

ここに掲載している調査結果は、調査の内容およびそれを受けて講じた措置の概要です。これには、調査の基礎となった資料や個々の事案に関する情報は含まれていません。これは、被害者や目撃者を含む関係者の機密性と安全を保護し、個人や場所を特定できる情報が公開されるのを防ぐために必要な措置です。 

調査で判明したこと

16人の調査員が8カ月にわたる調査を行い、MSFの活動に関係する職員、日雇いスタッフ、業務委託先などに関する59件の申し立てを確認しました。その大半は、性的搾取・虐待・ハラスメントに関するものでした。

社会全般に見られる不平等や権力の不均衡、とりわけジェンダーに関する不均衡を反映して、虐待、とりわけ性的虐待の被害者は主に女性であり、その過程で特定された加害者はすべて男性でした。また、虐待や不適切行為は、権限や影響力を持つ人とそうでない人の間、あるいは人道援助従事者と支援対象の人びととの間など、大きな力関係の不均衡が存在する状況で発生することが多いことが明らかになりました。

すべての申し立てについて慎重な調査を行いました。一部は裏付けが取れた一方で、被害者や加害者とみられる人物の特定ができない、または難民キャンプ内外への移動により所在確認ができないなどの理由から、十分に確認できないケースもありました。 

特定できた被害者は限られていましたが、被害を受けた人には医療および心理社会的支援を提供しました。しかし、機密保持への不安や周囲からの評価、報復への恐れなどから、支援サービスの利用をためらう人もいました。

加害者が特定され、重大な不適切行為が認定されたケースでは懲戒処分を行いました。18人のスタッフを解雇し、今後MSFで働くことを永久に禁止しました。また、調査結果に基づき、特定の業務委託先との契約を解除しました。

調査では個別事案だけでなく、既存のセーフガーディング施策の実施方法にも大きな課題があることが明らかになりました。

活動が急速に拡大した期間において、現地採用、オリエンテーション、監督体制が十分に機能せず、すべてのスタッフがMSFの行動規範を理解し実践しているとは言えない状況がありました。また、虐待のリスクを減らすためのセーフガーディングのリスク評価も体系的には行われていませんでした。さらに、多くの患者、スタッフ、地域の人びとは、安全かつ機密が守られた状態で虐待行為を通報する方法を知りませんでした。

紛争、避難、困窮、そして援助なしでは暮らしていけない状況など、人道危機の状況がリスクを高めていました。これらは人びとの間に大きな力関係の不均衡を生み出します。私たちはこうした状況そのものをなくすことはできませんが、緊急事態下における虐待の予防と対応に、より一層注意を払う必要があります。 

チャド東部でのセーフガーディング強化

今回のチャド東部における調査結果を受け、MSFは虐待や不適切行為の予防、発見、対応の方法を見直しました。

虐待の予防

MSFはすべてのスタッフに求められるルールと行動基準、不適切行為に当たる行動、その結果生じる処分について理解できるよう、現地採用の方法や新しいスタッフのオリエンテーション、個人とチームへの継続的な研修を強化しています。

チャドでは、求人募集から採用面接、入職時オリエンテーション、日々の業務管理に至るまで、採用と人事管理のあらゆる段階にセーフガーディングの視点を組み込んでいます。例えば面接では、虐待の予防に関する理解度や、不適切な行動を目撃した際にどのように対応するかを確認するため、状況設定型の質問を行うこともあります。 

また、虐待のリスクが高まる状況を特定するためにリスク評価を実施し、その結果をもとに予防策を講じています。具体的には、通報制度の見直し、活動やサービスの設計変更、通報しづらい立場にある人びとへ虐待と通報制度の啓発強化などを行っています。 

さらに、チャド東部の各チームとより体系的に連携できるよう、現地におけるセーフガーディング支援を強化しました。これにより、業務や活動にセーフガーディングを組み込み、新たなリスクを特定・予測し、適切に対応できるよう支援しています。 

発見と通報の改善

患者、女性グループ、地域のリーダーと緊密に連携しながら、虐待や不適切行為に関する啓発を深めるとともに、懸念事項を安全かつ秘密が守られた形でどのように通報できるかについての周知を強化しています。

チャド東部の一部のプロジェクトでは、地域住民がどのような通報方法を最も安心して利用できるかを把握するため、フォーカスグループを実施しました。この意見を踏まえ、患者連絡担当者を配置しました。担当者は病院や診療所、地域で患者と定期的に対話し、どのような行為が不適切行為に当たるのか、懸念をどのように伝えられるのかを説明するとともに、MSFに関する人びとの経験を直接聞き取ります。こうした開かれた対話を続けることで、人びとが安心して声を上げられる信頼ある場をつくり、問題が発生する前にチームが懸念を把握できるようにしています。

また、特に母子保健分野において女性スタッフの比率向上にも取り組んでいます。一部の患者やスタッフは、虐待に関する懸念について、女性に対してのほうが相談しやすいと感じる場合があるためです。

これらの取り組みは、人びとが虐待を通報しやすくするだけでなく、MSFが虐待に関する懸念を発生前の段階で把握し、また発生した場合にもできるだけ早く察知して対応できるようにすることを目的としています。 

被害者への支援

チャド東部において、MSFが被害者に提供できた支援は十分なものではなかったと認識しています。被害者一人ひとりにより積極的に働きかけ、それぞれのニーズや希望を理解するとともに、MSFが直接提供できる支援にとどまらない適切な支援につなげるために、さらなる取り組みが必要でした。

被害者が支援を受ける際にはさまざまな障壁が存在し、それは私たちが活動する地域ではさらに深刻になることがあります。被害者は大きな偏見に直面し、被害を訴えることで不利益を被る可能性があるほか、被害者中心の支援サービスが不足していたり、利用が難しかったり、十分に知られていなかったり、信頼されていなかったりする場合もあります。特に女性は家事や家族の世話などを担っていることが多く、支援を求めたり受けたりすることが難しいことがあります。さらに、通報したことで報復を受けたり、秘密が守られなかったりすることを恐れる人もいます。

そのため、被害が発生する前に防止し、虐待の兆候を積極的に把握する取り組みが一層重要です。患者、地域コミュニティ、そして同僚との定期的な対話や協議は、そのための重要な要素です。人びとが安心して声を上げられる安全で信頼できる場をつくることで、問題を早期に把握し、虐待が起こる前に対応することが可能になります。

私たちは、虐待を受けた人への支援をさらに強化するとともに、人びとがMSFからの報復や人道援助へのアクセスを失うことを恐れることなく、必要な支援を求められることを理解してもらえるよう取り組んでいます。 

残された課題

報告されない事案の存在は、人道援助セクター全体だけでなく社会全体における課題であり続けています。報告件数の増加は、人びとが安心して声を上げられるようになったことを示している可能性があります。一方で、報告件数が少ないことは、問題が存在しないことを必ずしも意味するわけではありません。また、人によっては、虐待を通報することで支援へのアクセスに影響が出るのではないか、あるいは通報しても何の対応にもつながらないのではないかと不安を感じる場合があります。こうした障壁は、虐待が表面化しないさまざまな要因の一部であり、通報制度への信頼を強化することが引き続き優先課題である理由でもあります。

チャド東部では他の多くの地域と同様に、性的虐待や関連する問題が非常にセンシティブ、あるいはタブー視される場合があり、外部の人に対してこうした問題を話しにくいと感じていることが、地域リーダーとの対話を通じて明らかになりました。また、法的な仕組みに対する不信感も影響しています。人びとは虐待を通報しても良い結果につながるとは考えていないことが多く、その認識はMSFが設置したものを含む他の通報窓口に対しても影響を及ぼしています。

このことは、効果的なセーフガーディングが、強固な予防策や通報の仕組みだけによるものではないことを示しています。それぞれの地域に存在する特有のリスク、行動様式、人びとの認識を理解し、地域のさまざまな立場の人びととの対話や協議を重ね、それに応じてアプローチを調整することが不可欠です。信頼を築くためには、患者、地域コミュニティ、スタッフに対して、報告された内容がしっかりと受け止められ、真剣に扱われ、実際の行動につながっていることを示す必要があります。

MSF全体におけるセーフガーディングの強化

チャド東部での調査結果は、MSF全体で進めている改善にも反映されています。この1年間で、虐待や重大な不適切行為を行ったことが確認された人物がMSF内の別のプロジェクトへ移ったり、組織内で再雇用されたりすることを防ぐため、グローバルな採用前確認プロセスを強化しました。また、採用、オリエンテーション、監督体制を強化するとともに、各国のチームを支援するセーフガーディング専門家や調査担当者の数を増やしています。

私たちは、セーフガーディングに関する方針や仕組みを強化すること自体が成功の証ではないと認識しています。重要なのは、それらがより安全な環境づくりにつながっているか、通報制度への信頼を高めているか、そして被害者への支援の改善になっているかということです。私たちは引き続き、何が有効に機能しているのかを評価し、課題に対応するとともに、毎年公表する行動およびアカウンタビリティに関する報告を通じて、虐待や不適切行為について公表していきます。

この取り組みは、チャド東部での調査によって終わるものではありません。虐待や不適切行為はどこででも発生し得ますが、大きな力の不均衡が存在する環境では、そのリスクがさらに高まる可能性があります。私たちの責任は、そのリスクを可能な限り減らし、人びとが安心して懸念を報告できる環境を整え、影響を受けた人びとを支援し、虐待が発生した際には断固として対応することです。

私たちは、すべての通報に対応し、加害者に責任を追及するとともに、すべての事案から学び続けます。そして、活動するあらゆる場所で、虐待や不適切行為の予防、発見、対応の取り組みをさらに強化していくことを約束します。 

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