海外派遣スタッフ体験談

もっと肩の力を抜いて参加してみては?

堀 正貴

ポジション
ロジスティシャン
派遣国
中央アフリカ共和国
活動地域
バンギ
派遣期間
2016年8月~2016年12月

Q国境なき医師団(MSF)の海外派遣に再び参加しようと思ったのはなぜですか?また、今回の派遣を考えたタイミングはいつですか?

2016年12月まで時間があったので海外派遣の案件について日本事務局に問い合わせたところ、「現地調達システムの構築」のプロジェクトを紹介されました。前回の活動地のコンゴ民主共和国でも同様の業務を担当したことと、派遣期間が希望と一致していたことから、受けることにしました。仕事の流れがイメージできているので到着後にすぐに取り組めました。

Q派遣までの間、どのように過ごしましたか?どのような準備をしましたか?

過去の業務データを整理し、今回の期間内でのスケジュール表を作成して、業務のイメージをビジュアル化しました。

Q過去の派遣経験は、今回の活動にどのように活かせましたか? どのような経験が役に立ちましたか?

現地調達システムの構築という明確な任務であることから、現地には、それが機能していないか、存在していないという想定の下での活動と考え、購入履歴、業者リストの作成と業者訪問、標準品目価格などの基礎情報の収集をして、システム上で管理できるような形を作ることを第1段階として進めました。

これは以前にも作り上げた実績があります。国は異なりますが、多少の修正を加えるだけで進める事ができました。これが比較的短時間で業務を遂行できた要因だと思います。

Q今回参加した海外派遣はどのようなプロジェクトですか?また、具体的にどのような業務をしていたのですか?
職場と宿舎の往復は車移動で 職場と宿舎の往復は車移動で

首都バンギを拠点とし、首都近郊や地方の難民キャンプ、病院、診療所への支援をしていました。医療の提供と物資の供給といった内容でしたが、緊急プロジェクトではなかったので通常の業務体制でした。なおかつ、治安が悪いので午後5時と6時に職場から宿舎までの車が出ました。そのため残業もありませんでした。

プロジェクト・メンバーは、医療スタッフが10人ほど、アドミニストレーター、ロジスティシャン、現地スタッフが50人ほどの構成でした。地方では終了するプロジェクトがある一方、新たに立ち上げるプロジェクトもあったことから、スタッフの出入りが多く、週あたり50~80人以上の変動がありました。移動車の確保、食事数の管理、宿舎の人数の変動が多く、関連の管理部門に負荷が多くかかっていました。

Q派遣先ではどんな勤務スケジュールでしたか? また、勤務外の時間はどのように過ごしましたか?
業者訪問もサプライ・マネジャーの重要な任務だ 業者訪問もサプライ・マネジャーの重要な任務だ

朝は6時と7時に宿舎から職場への車が出ました。業務開始は8時ですが、毎朝、安全情報の交換と業務内容を確認するミーテングが15~30分ぐらいありました。午前中はほとんど業者訪問だったので、車の確保が大切でした。午後1時から昼休みで、昼食べ終えると、業者情報の整理、価格入力、契約書の原稿作成といった流れでした。

日曜日が休日で、治安上の理由から徒歩での外出は禁止されていました。原則として自炊で、外食は許可されているレストラン5軒ほどのみ、夜は午後10時までに帰宅、などの制限がありました。人数の割に休日は配車が少ないので外食はせず、許可されているスポーツクラブで、午前中、クラゲのように泳ぐのが唯一の楽しみでした。

Q現地での住居環境についておしえてください。
クリスマス用の豆をおつまみとして購入空き瓶に詰めてくれた クリスマス用の豆をおつまみとして購入
空き瓶に詰めてくれた

2軒の宿舎に7~8人ぐらいで住んでいました。水が止まるのはしょっちゅうなので、帰宅すると蛇口の水を確認してすぐにシャワーを浴びていました。クーラーはありましたが電気供給が少ないので、稼働はしていませんでした。夜は蒸し暑く汗で背中に水がたまって目が覚めたりしましたが、明け方は幸い涼しくなりました。

夕食は自炊でした。みんなからお金を集め、総務が定期的に食材を購入していました。ほとんどイタリアのパスタ系で、缶詰めのトマトソース料理でした。野菜とか果物が欲しいのですが、許可されているスーパーでのみの買い物なので、どうしても缶詰め料理になりました。

日曜日の夜に日本から持ってきたカレーを作ったことがありましたが、見てくれが良くないのと、皆、すしを期待していたようで落胆していました。それでも食べ始めてからは好評でした。10人ほどでわけたので1回で終わりになりました。

Q活動中、印象に残っていることを教えてください。

1週間ほど水が止まったことがあり、貯水槽の水をバケツで使っていました。その時に地方で内戦が始まり、避難してきたチームが宿舎に加わりました。1部屋に2~3人が割り当てられ、7~8人での生活が24~26人ほどのすし詰め生活となりました。

シャワーも使えず、コップの水で顔や身体を洗い、キッチンもトイレも汚れてしまってかなりストレスでした。しばらくして3000リットルの貯水槽が追加で設置されましたが、それまでは精神的にも疲労しました。

Q今後の展望は?

MSFの標準調達システムに変更があると聞き、興味を持っています。研修も受けたいと思います。

Q今後海外派遣を希望する方々に一言アドバイス

厳しい環境の中で、異なる文化の人たちが、1つの目的のために一定期間生活を共にすることは、ムカついたり、楽しかったり、あまりにも日常的な多様性を経験することになります。良い悪いは別にして、これはMSFでしかできない経験だと思います。

欧州の若者が自国では仕事がないからという理由で、結構気楽に参加していた姿はうらやましいなと思いました。日本からも、もっと肩の力抜いて参加しても良いと思います。結局、現地で覚えることのほうが多いのです。

MSF派遣履歴

  • 派遣期間:2015年10月~2016年2月
  • 派遣国:コンゴ民主共和国
  • 活動地域:キンサシャ
  • ポジション:副サプライコーディネーター
  • 派遣期間:2015年4月~2015年8月
  • 派遣国:シエラレオネ
  • 活動地域:フリータウン
  • ポジション:ロジスティシャン
  • 派遣期間:2014年5月~2014年8月
  • 派遣国:エチオピア
  • 活動地域:アロレッサ
  • ポジション:ロジスティシャン

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