「もう死んだほうがまし」その言葉の理由は——紛争地で求められる心のケア

2022年02月18日
避難民キャンプでは子どもに食べ物を与えることも難しいと親たちは嘆く。左の女の子は栄養失調と診断された  © Hesham Al Hilali
避難民キャンプでは子どもに食べ物を与えることも難しいと親たちは嘆く。左の女の子は栄養失調と診断された  © Hesham Al Hilali

アシファさん(29歳)が夫と5人の子どもとともに暮らすのは、イエメン西部マーリブ県の国内避難民キャンプだ。イエメンでは7年にわたって紛争が続き、多くの人びとが避難を強いられてきた。安全な住まいも食べ物もままならない日々の中で、心の健康が損なわれている。

泣きながら話した思い

「住んでいた地域を出てここに逃げて来てから、夫はとても怒りっぽくなりました。仕事がなくて家族を養うことができず、家族から相手にされなくなったと感じているのかもしれません」

そう話すアシファさんの心も不安定だ。初めて国境なき医師団(MSF)のもとを訪れた時には、避難してきてから気持ちがふさぎ、家事も子どもの世話も手につかないとスタッフの前で声を上げて泣いた。

夫から殴られることもあるとスタッフに打ち明けたアシファさんは、住まいも希望も子どもたちの食べ物もなく、「もう死んだほうがましです」とこぼした。

MSFの移動診療の個別相談を受けた女性の約半数は、心の状態が悪化した原因として、家族の問題を挙げている。避難してきてから、夫が支配的な態度を取ったり、逆に妻を無視することがあると訴える。一方、男性もさまざまな悩みを抱えている。唯一の稼ぎ手という家庭内での伝統的な役割を果たせないことで深く傷つき、心の健康が損なわれているのだ。

紛争で家族や友人を失い、その紛争はいつ再燃するか分からない。事態がさらに悪くなることを心配し、人びとは常におびえている。このような不安と恐怖が、うつ病、睡眠障害、不安障害といった心の健康問題の一因となっている。

心的外傷後ストレス障害(PTSD)を発症するケースも少なくない。紛争でのつらい光景を忘れられず、悪夢を見たり、戦闘の話を耳にして動悸(どうき)が早まったりする人が大勢いる。夫が戦場にいる女性の場合は症状が悪化しがちだ。

水タンクから最後の一滴の水を注ぐ女性。避難民キャンプでは水の確保も困難だ © Hesham Al Hilali
水タンクから最後の一滴の水を注ぐ女性。避難民キャンプでは水の確保も困難だ © Hesham Al Hilali

性暴力の被害も

エチオピア出身のサミラさん(17歳・仮名)もキャンプで過ごす移民の一人だ。エチオピアの家族と離れ、サウジアラビアへの出稼ぎに旅立ったのが半年前。イエメンにたどり着くまでに、性暴力と身体的暴力の両方を受けたという。

現在はマーリブに足止めされ、20人余りの女性たちとともに小さなテントで寝泊まりしている。食べ物や衣服を買うお金も、家族との連絡手段もない。自分が価値のない存在だと感じ、生きる希望が持てないと話す。悲しみと不安が晴れる時はほとんどなく、他の人たちと交流せずにずっと一人で過ごしている。

サミラさんをはじめ、多くの移民にとってイエメンはサウジアラビアへの経由国だ。密入国の途上には身体的な暴力と性暴力がまん延している。

MSFの移動診療には、身体的な異常を訴えてやって来る人が多い。担当の医師や看護師やスタッフが患者の心理面の症状を見極め、心理カウンセラーに引き継ぐ。

そのようにして、MSFは2020年11月から翌年11月の間に、移動してきた人びとへ個別相談を265回提供。そのうち76%が、中等度から重度の不安に関連する問題を抱えていた。

不安症状には、睡眠障害、悪夢、過剰な心配、フラッシュバック(出来事の追体験)、ほぼ常に緊張して落ち着かない感覚などが挙げられる。死にたいという気持ちを伴う抑うつ症状は32%に上った。

MSFがキャンプで行っている移動診療 © Hesham Al Hilali
MSFがキャンプで行っている移動診療 © Hesham Al Hilali

見過ごされてきた、紛争地での心の健康

マーリブ県には、大小の公式・非公式避難キャンプ約150カ所に、イエメン各地から安全を求めてきた人びとが滞在している。現地当局によると、かつて50万にも満たなかった人口は300万人近くにまで増えた。しかし彼らの生活を支える人道援助は常に届くとは限らない。

この地域で紛争のあおりを特に強く受けている2つの集団がある。サミラさんのようなアフリカ系移民と、「疎外された人びと」を意味する「ムハマシーン」の名で呼ばれる少数民族だ。戦線が迫って命の危機に直面しても、安全な場所に逃れる手段もない。避難者は増え続け、提供される人道援助も人びとのニーズをまかない切れていない。

このような中で、人びとの心のケアが必要とされていることは明らかだ。しかしこの問題は十分に認識されて来ず、さらには偏見も人びとの受診を妨げてきた。

MSFはマーリブ県内の8カ所で移動診療所を運営し、訓練を積んだスタッフによりカウンセリングを行っている。また、現地の住民と協力し、精神的ストレスへの対処などに関する情報を発信。紛争地で心のケアを必要とする人びとを支えている。

子ども向けの支援プログラムに参加し、風船で遊ぶ少女  © Hesham Al Hilali
子ども向けの支援プログラムに参加し、風船で遊ぶ少女  © Hesham Al Hilali

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