コンゴ民主共和国:国境なき"虫"団——アフリカ睡眠病対策の1日

2013年07月29日

バリー・ルーニーはアイルランド共和国出身の検査技師。イギリスでの講師の職から、コンゴ民主共和国の奥地で活動する国境なき医師団(MSF)の「アフリカ睡眠病・移動診療チーム」へと転身した。熱帯雨林の中で、アフリカ睡眠病(アフリカ・トリパノソーマ症)の全村検査は夜明け前から始まる。夜にはシロアリの大群に見舞われる。今回、ルーニー技師が語るのは、そうした日々を送っているMSFチームの"挑戦"だ。

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はじめに

この10年、MSFの任務に携わってきました。コンゴ民主共和国の奥地に住む人びとの決断力と柔軟性には、今でも驚かされることがあります。アフリカ中央部を覆う広大な熱帯雨林。そのサバンナでは、遊牧民フラニ人が何世紀にもわたって生活を営んできた場所です。

同じく現地に住むアザンデ人は、大地と森の恵みで暮らしています。土壌は肥沃で気候は穏やか。水不足もなく、栄養問題もありません。ただ、湿気の多いこの環境を住みかとするツェツェバエが、アフリカ睡眠病を引き起こす寄生原虫を媒介するのです。

次々に住みかを変える寄生原虫

村の市場に検査所を設置したルーニー技師(左)と
MSFの現地スタッフ

睡眠病と聞くと害はなさそうですが、実のところは遅効性の毒のようなものです。国境線が森を縦横に走り、反政府勢力、紛争、軍隊、そしてやむなく難民となった人びとの移動を促します。寄生原虫は帰属意識が薄く、ハエや人とともに喜んで移り住み、新たな人、新たな土地に感染して行くのです。

今回、MSFチームはコンゴ北東部を目指していました。この国は、現在の世界全体の睡眠病症例のうち、3分の2以上が確認されているところです。大勢の人が暮らす森の中の村落共同体は、たどり着くのも大変で、医療環境が整っていないことも少なくありません。ただ、奥地、移動が不便、治安が悪い、などの条件はあくまで一面的なものです。

竹林に分け入り、いざ検査へ

熱帯雨林の中を分け入って
検査地に向かうMSFチーム

今回の目的地で何件もの睡眠病症例が確認されたのは2009年です。ただ、今日に至るまで、現地は治安が悪く、医療チームの訪問は危険だと考えられてきました。しかし、MSFチームは古い病院と宿泊施設として使う修道院を修復し、現地スタッフを雇用。物資を積んだトラックも到着し、検査の準備は万端です。

睡眠病の診断は複雑で、熟練スタッフ、電動機器、冷蔵庫が必要です。ジープは主要な林道であれば走れますが、雨季が深まると、沼沢を渡るために丈夫な橋が不可欠になります。それが望めない場所では、バイクと献身的な地元ドライバーが頼りです。技師6人と、発電機や顕微鏡などの機器一式が竹林に分け入り、目指すは林中の開けた土地。人びとが暮らし、作物を育てている場所です。

村への到着予定は午前7時。寄生原虫の拡大を抑えるため、住民の80%を検査する必要があるからです。道すがら、地元の人に呼び止められ、病気や不自由な身体が原因で最寄りの村まで移動できず、自宅にとどまっている人の診察をお願いされました。

病気を発見したときの最善の手立ては、MSFが修復した病院にバイクで搬送することです。患者の年齢や健康状態は問いません。治療しなければ、ほぼ間違いなく命を落とすでしょう。

緊急処置施設の夜

アフリカ睡眠病の検査結果を待つ住民たち

MSFは、睡眠病以外の急患も拠点近くの緊急処置施設で対応します。そのため、ときには昼夜働き続けることにもなります。5月の湿っぽい満月の晩がそうでした。

その日、午前4時には起床していました。ジェレミーくん(2歳)が重症マラリアで搬送され、緊急輸血が必要だと看護師から聞いていたからです。提供を申し出た人の血液が、ジェレミーくんの血液型とあっているかどうか、そして健康かどうかを確認するためです。

護衛に伴われ、蛇をよけつつ、林道を抜け、緊急処置施設に向かいました。蒸し暑い夜はシロアリの結婚飛行にも格好の条件となります。私たちの照明には何万匹ものシロアリが引き寄せられてきました。

検査室を開け、発電機を始動。ジェレミーくんのおじが血液ドナーとして最適だと判明しました。小さなジェレミーくんはつらそうに息をしながら、母親に抱きかかえられています。静脈を探す時間が、ジェレミーくんにとっても、検査チームにとっても、長くじれったく感じられました。

ようやく見つかり、輸血用血液がカテーテルからジェレミーくんの腕へゆっくりと入っていきました。護衛と私は、シロアリだらけのもやの中を拠点に引き返します。シロアリは地元の人びとにとっては貴重なタンパク源です。歓声を挙げてその大量の食糧をかき集める人びとの間を縫って帰還しました。最善を尽くしたことに達成感を抱きつつ、日の出の午前6時、チームは新たな検査のための準備を整えました。

睡眠病の根絶へ向けて

10年前、私は初めてMSFの睡眠病対策プログラムに携わりました。それ以来、睡眠病の規模は確実に減少しています。1998年に30万人いた新規患者が、現在、5万~7万人にまで減りました。これは大きなやりがいにつながっています。

近い未来、サハラ以南のアフリカで、たくさんの人の健康を脅かす寄生原虫の根絶もあり得るかもしれません。私の所属する移動診療チームの立ち位置は、そんな大胆な挑戦のただ中にあるのです。

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