サヘルの栄養失調:100万人の子どもを治療したあとは?
2012年07月20日アフリカのサヘル地帯で、2012年に重度栄養失調の治療を受ける子どもは、100万人に達する——国連児童基金(UNICEF)が発表した推計だ。危機の規模の大きさが認識され、治療の拡大につながっている。しかし、サヘルで毎年起こる栄養危機で子どもたちが栄養失調になる事態を防ぐには、新たなアプローチが求められる。国境なき医師団(MSF)の小児科医であるスーザン・シェパードと栄養についての専門家であるステファン・ドワイヨンに、サヘルの現状と今後の課題について聞いた。
記事を全文読む
"100万人の子ども"という数字をどう見ますか?

栄養専門家のステファン・ドワイヨン(下)
シェパード
危機対策の失敗と成功の両面があるでしょう。失敗というのは、今後も毎年、サヘル地帯で大規模な栄養危機が起こり、一部の国では特に深刻化する可能性を断ち切れていないからです。栄養失調児が100万人。これはとんでもない数です。
一方、2012年で特筆すべきは、各国政府、国連機関、NGOなどが足並みをそろえて緊急対応を行っていることです。サヘルで初めて100万人もの栄養失調児が治療を受け、大半の子どもが回復する見込みです。これが最大の成果です。
ドワイヨン
ニジェールで栄養危機が起こった2005年以前、栄養失調は治療の対象ではなく、子どもの栄養失調もほとんど認知されていませんでした。100万人もの子どもが治療を受けていることは、必ずしも事態が悪化したということではありません。むしろ、治療活動が大きく前進したことを示しています。
2005年以降、栄養失調対策は各国政府の強い政治的意志で進展してきました。2012年には初めて、各国が治療と予防の目標を掲げ、実践しています。寄付国や寄付団体も、子どもに適した栄養治療食・補助食を対象とした資金援助に取り組んできました。
今年の状況は例年よりも悪いのでしょうか?

シェパード
サヘル地帯の子どもたちにとっては毎年が"大変な年"です。世界で最も過酷な場所だと言えるでしょう。栄養失調、小児疾患、雨季に流行するマラリア、脆弱な保健医療システム、不十分な予防接種率など乳児死亡率を高めるあらゆる条件がそろっています。
ただ、栄養危機の規模が把握できるようになったことは良い報告です。ミルクが主原料の栄養補助食で、栄養失調の予防を効果的に行うことも可能になりました。予防接種でマラリアを防ぎ、適切な食べ物を食べることができれば、栄養失調を免れることができるのです。
ドワイヨン
各国にはそれぞれ障壁がありますが、100万人の治療は現実的な目標です。例えばチャドでは、ほとんどゼロからのスタートでした。そのため、現時点では、非常に脆弱な保健医療制度のもとで対策を行っている状態です。それでも、治療者数の目標は2011年の2倍にあたる12万7000人です。雨季が始まり、スタッフや物資の輸送はさらに難しくなるでしょう。
政情不安のマリでは、拉致のリスクが条件をさらに悪くしています。
一方、ニジェールの状況は大きく異なります。数年にわたり治療と予防を行ってきたにもかかわらず、2012年も40万人近い子どもが治療を受ける見込みです。過去2年間と比べてやや多い人数です。
本質的な改善を目指すには、危機の影響を緩和し、乳幼児死亡率の低減につながる新たな栄養失調対策が必要です。
栄養失調の再発を防ぐには?

ドワイヨン
栄養危機は通常、"緊急事態"として扱われています。そして「緊急事態には人道援助が必要だ」という論理が展開されます。本質的な状況改善をもたらす上で、大きな壁となっているのはこの点です。
各国政府にとって、緊急事態に対する人道援助を長期にわたって続けることは困難です。緊急対応モデルから脱却し、より長期的なアプローチの検討を始める必要があります。
他方で、栄養失調の正確な理解も不足しています。栄養失調とは、必須栄養素を満たす食糧の不足に関連する医学的な問題です。子どもの栄養失調問題で成果を上げている国は、保健医療制度に栄養学を取り入れています。本質的な状況改善にはこうした観点が必要です。開発、農業振興、栄養失調治療はいずれも補完的なものなのです。
シェパード
栄養失調の早期治療と予防は、小児疾患の予防接種と同じように行われるべきです。子ども向けの栄養治療食・補助食も、予防接種や蚊帳と同じくらい重要です。ですから、栄養失調の治療と予防を各国が保健医療制度に組み込み、公衆衛生の一環に位置づけるべきなのです。
そのためには、治療と予防を母親でも行えるように簡単にする必要があります。栄養失調の自宅治療が可能になっていますが、これは母親の手で治療できるようになっているからです。栄養補助食の配給が成果を上げているのも、母親の手で子どもに与えているからなのです。
MSFはほかにも、さまざまな活動戦略を試しています。子どもの栄養状態の把握に用いる上腕周囲径測定帯(MUAC)での計測を、母親たちに任せることも検討しています。解決策はあるのですから、あとはそれを確立すればいいのです。