「誰もが平和を望んでいる」 何もない保護区で暮らす避難民 希望だけは失わず

2019年07月05日

国連のマラカル文民保護区で水を運ぶ女性 © Igor Barbero/MSF国連のマラカル文民保護区で水を運ぶ女性 © Igor Barbero/MSF

小さなブリキ小屋。緑の汚い泥の臭いに混ざって、甘いショウガ入りコーヒーの香りが漂ってくる。それはこの場所で続いている生活の匂い。しばらく空中にとどまり、まるで苦しみからどうにか逃げようとするように立ち昇っていく。

南スーダンでは2013年以降、400万人が紛争で住まいを追われた。そのうち200万人は国境の向こうに安全を求め、200万人は国内に避難。暴力が激しくなるたびに、国連の保護拠点には時に何千という前例のない人数が逃げ込み、紛争の広がりを受けて、南スーダン派遣団(UNMISS)に守られた文民保護区(PoC)となった。国境なき医師団(MSF)は、ベンティウとマラカルの文民保護区に駐在し、避難民に医療を提供している。 

殺された人、逃げて来た人…

ベンティウ文民保護区 川で洗濯をする避難民 © Emin Ozmen/Magnum Photosベンティウ文民保護区 川で洗濯をする避難民 © Emin Ozmen/Magnum Photos

2018年9月、南スーダンで和平協定が結ばれ、それ以来、避難者の帰還と文民保護区の今後について議論されている。2019年6月現在、約18万人が国内6ヵ所の保護区で暮らしている。保護区の生活は大変だが、区外の状況はもっと悪い。

「地元の村が襲われた時、大勢が離れ離れになり、子どもはあちらこちらで家族以外の人に紛れて逃げていきました。皆、散り散りになるか、殺されてしまったんです。保護区にたどり着いて耳にしたのは、『あの人は殺された、その人はここに逃げてきた、この人があなたを探している』というような話ばかりでした」
 
そう言うテレサさんは3人の子を持つ母親で、ベンティウの文民保護区に身を寄せている。 

気晴らし、そして病気に

ベンティウ文民保護区で暮らす少年たち © Emin Ozmen/Magnum Photos ベンティウ文民保護区で暮らす少年たち © Emin Ozmen/Magnum Photos

金網にくくりつけられた拡声器からは、ジャカジャカと音楽が流れている。そのリズムは保護区で暮らす十代の青少年の耳に届き、少年たちはその音に希望や愛を感じ、そしておそらく何よりも、気を紛らわせようとする。10万人以上が暮らすベンティウ文民保護区で、安全、水、健康、住居など、避難民の抱える苦労は多い。

5人の子どもの父親、ピーターさんは、ベンティウ近隣のルブコナという村の出身で、5年前から保護区に身を寄せている。

「大人数の集団を1ヵ所に集めるのは、保健上いいことではありません。住居の割り当ても適切にできないからです。ここの人たちは5軒の仮設住居を仕切りもなしにつなぎ合わせて、家にしています。1軒目の住人が結核に感染し、自分の症状に気がつかなかったら、5軒全てに感染が広がる恐れがあります。住居を仕切らないと、病原菌に汚染される恐れは大きくなるでしょう」と語る。 

保護区内では給排水設備が整わず、病気の流行も心配される © Emin Ozmen/Magnum Photos保護区内では給排水設備が整わず、病気の流行も心配される © Emin Ozmen/Magnum Photos

MSFは、保護区内の環境改善のため、特に水と衛生に関する公共サービスの質を引き上げるよう、繰り返し呼び掛けてきた。トイレからあふれた汚水は斜面を伝い、よどんだ深いぬかるみに流れこむ。そこでは、幼い子どもが興味津々で遊ぶのをじっと待ち構えている。いかにも子どもがやりそうなことだが、この環境下では、キャッチボールのように友達に病気を受け渡してしまう。こうして、地域の健康状況はますます深刻になっていく。

ベンティウ保護区内にあるMSF病院はベッド数160床で、外来および入院患者全体の約半数が5歳未満児だ。多くが重度急性下痢、皮膚病、目の感染症、寄生虫症などに罹っている。いずれも給排水と衛生設備の改善で予防できる病気だ。保護区内は外に比べると安全ではあるが、それと引き換えに、致命的な病気や、人間が暮らすのにふさわしくない生活環境にさらされる。 

何もかもが足りない

紛争で破壊されたマラカル市南部の町 © Igor Barbero/MSF紛争で破壊されたマラカル市南部の町 © Igor Barbero/MSF

マラカルは、内戦が起きるまで南スーダンで2番目に人口の多い都市であり、内戦中は特にその影響が深刻だった場所だ。MSFはマラカル文民保護区でも病院を運営し、約3万人の避難者を受け入れている。マラカルでは支配勢力がたびたび入れ替わり、破壊の跡が今も鮮やかに見て取れる。ねじれた残がい、黒焦げの車、無人の住宅地が、この町で起きた出来事をたびたび思い起こさせる。 

マラカル文民保護区で暮らすマーサさんは、MSF病院で肺炎の治療を受けている © Igor Barbero/MSFマラカル文民保護区で暮らすマーサさんは、MSF病院で肺炎の治療を受けている © Igor Barbero/MSF

「まだまだ多くの困難があります。空腹もその1つで、きびの粒が手に入ったとしても、製粉できる場所がなかったり、製粉所まで持っていくお金がなかったりします。また、製粉するだけのお金があっても、調理に使う水が手に入らない場合もあります。水が足りません。ここは人が多過ぎます」

マラカル郡東部出身のマーサさん(27歳)はそう訴える。 

生き延びるだけの存在

入院中の子どもを診るMSFの医療スタッフ © Igor Barbero/MSF入院中の子どもを診るMSFの医療スタッフ © Igor Barbero/MSF

ベンティウやマラカルの保護区ができたのは、人びとが暴力を逃れ、大変な状況をしのげるようにするためだ。保護区に5年以上暮らしている人にとって、「なんとか生きながらえているから、生きていていい」というのはあまりにも悲しい。2018年は、マラカル保護区のMSF病院に51人の自殺未遂者が受け入れられた。これは、週平均1人に相当する数だ。MSFはまた、個人・集団あわせて2400件余りの精神保健相談を提供している。彼らは紛争で極度の暴力を体験し、さらに保護区での境遇に絶望感を抱き、さまざまな症状を引き起こしている。 

7人目の子どもをMSF病院に連れてきたアチョルさん © Igor Barbero/MSF7人目の子どもをMSF病院に連れてきたアチョルさん © Igor Barbero/MSF

「ここの暮らしは誰にとっても大変ですが、女性には特に困難です。この5年間が、人びとにのしかかっています。皆、気持ちが上向かず、住まいを追われた時に多くのものを失い、親しい人を大勢亡くしています。心の病気になり、自殺する方がいい、という人までいます」

そう話すアチョルさん(32歳)は、マラカルから南へ1時間の白ナイル川西岸にあるオバイ村出身の女性だ。アチョルさんは話す。「私にとって一番つらかったのは、初めて保護区に来た時のことです。それから、2016年に居住区が襲撃され、焼き打ちにあったことも大変つらい出来事でした。住居と屋内にあった衣類などの私物も、全て失ってしまいました」 

変わりゆく状況

保護区内の治安も悪化しているが、住民は「外よりマシ」と言う © Igor Barbero/MSF保護区内の治安も悪化しているが、住民は「外よりマシ」と言う © Igor Barbero/MSF

患者から聞くところによると、ベンティウでもマラカルでも保護区では一時的な出入りが続いているようだが、外の状況が一変する可能性もある中で、人びとは身の安全を心配して、移動を早まったり、断定したりすることには慎重になっている。保護区内の安全も絶対的なものではなく、住民は強盗、略奪、性暴力が心配だと口を揃える。手に職のある人や収入源のある人であれば、襲われる危険はさらに大きくなる。

MSFの運転手の1人で、MSFの車両でしか保護区を出たことのないスタッフはこう話す。「私たちの出身地も安全ではありません。状況が落ち着くのを待ってから戻ろうとしていますが、その場合も、人びとが地元で生活を続けられるだけの公共サービスは望めないかもしれません」

同じく保護区に身を寄せるMSFの健康教育担当スタッフ、デビッドも同意見だ。「私も職に就いているので、保護区内で特に狙われやすいんです。でも、どこに逃ればいいのでしょう?保護区を離れる選択肢はあり得ません。中の方が外よりもまだマシです」 

未来への希望

マラカル保護区内の市場 困難のなか人びとの生活は続いていく © Igor Barbero/MSFマラカル保護区内の市場 困難のなか人びとの生活は続いていく © Igor Barbero/MSF

こうしたつらい状況では、人びとが自ら対処する能力にも限界が来ている。保護区内で多くの苦労に直面し、保護区の外で待ち構える将来へ不安を抱える。だがそれでも、可能性への期待は決して尽きない。

「この目で平和を確認できたら、保護区の外にも出られます。確認できなければ保護区にいた方がマシでしょう。南スーダン中の女性が、そして、南スーダンの誰もが平和を望んでいるということは言っておきたいです。平和が訪れるのであれば、それが何よりですね」とテレサさん。

その時まで、保護区の生活のリズムは刻まれていく。ぺちゃくちゃおしゃべりする声、ごしごし手を洗う音、祈る心、水をくむ女性、遊ぶ子どもたち・・・・・・皆が苦労しているが、同時に粘り強い。想像できる限り最も人間にふさわしくない環境で、力の及ぶ限り、人間らしく生き抜いている。 

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