ヨルダン川西岸:嫌がらせに耐えるか、治療を諦めるか──紛争の影でエスカレートする暴力と妨害、そして医療への攻撃
2024年05月23日ヨルダン川西岸地区は、イスラエルとヨルダンの間に位置する地域だ。国際法上はイスラエルの占領下にある。国連によると、地区の約61%はパレスチナ人の立ち入りが禁止されている。さらに、地区内と東エルサレムには計約63万人のイスラエル人入植者がいるとしている。
イスラエル軍と入植者らは、各地に検問所を設け、道路を封鎖し、町や村を遮断することで、パレスチナ人が医療や物資の購入など基本的なサービスにアクセスすることを長い間、妨害してきた。
その結果、住民は水や燃料などあらゆる生活必需品が不足し、さらに、学校や職場、家族や友人からも切り離された状態が続いている。
窓辺にいるだけで襲撃される──急増する残忍な暴力
この地域には長い間交通手段がなく、たとえどこかの診療所に送ってくれる車があっても、イスラエル軍はその車を没収してしまうのです。
パレスチナ人男性 マフムード・ムーサ・アブエラムさん
特にヘブロン南方のマサーフェルヤッタ地区では、道路の封鎖、イスラエル軍の襲撃、入植者による攻撃が相次いでおり、医療施設へのアクセスが以前にも増して困難になっている。さらに、資金不足や軍による規制、貧弱なインフラにより町へのアクセスが制限され、どの地元組織も基本的な医療サービスを提供することができず、事態は悪化の一途をたどっている。
物理的な移動が難しい一方で、この地区での暴力の深刻さは、多くのパレスチナ人を家に閉じ込める要因ともなっている。
「家の窓際にいることさえ、禁じられています」と、国境なき医師団(MSF)の患者だったパレスチナ人は言う。
「ある日、私が窓辺に立っていると、入植者が私を見て、兵士に何か言いました。すると、その兵士は私の家を襲撃し、家の中のすべてを破壊したのです」
相次ぐ医療への攻撃 救急隊員に迫る限界
また、軍事侵攻の最中、両地区の難民キャンプに住むパレスチナ人は医療施設へのアクセスが遮断され、キャンプ内に閉じ込められてしまう。命にかかわる傷を負った人びとも、多くは病院にアクセスできるようになる前に亡くなってしまう。この事態に対し、MSFは両地区の救急医療を強化し、寄付や研修を通してボランティアの救急隊員を支援している。
とはいえ、救急隊員にも命の危険は否応なく迫って来る。
4月21日、トゥルカレムとヌールシャムスのキャンプで、ボランティアの救急隊員が勤務中に足を撃たれた。しかし、攻撃と妨害が続いたため、 彼が病院に到着するまで7時間かかった。
別の事件では、頭を撃たれた16歳の少年に、MSFスタッフが心肺蘇生を施したが、救うことはできなかった。
「少年の父親はMSFの訓練を受けた救急隊員で、救急車の中で働いているときに息子が殺害されたことを知りました」と、MSFプロジェクト・コーディネーターのイッタ・ヘランドハンセンは言う。
ただでさえ少ない医療スタッフだが、彼らも限界に追い込まれている。
「ほとんどの場合、救急車は検問所で阻まれます。緊急時やサイレンを鳴らしているときでさえもです」と、ヘブロンとベツレヘムの間にあるアル・アルーブ難民キャンプの医療従事者は言う。
「どれくらい待たされるかは、緊急の程度ではなく、兵士の気分次第です。1時間も2時間も待たされることもあれば、別の道を指示されることもあります。イスラエル軍の銃で撃たれた場合は、患者が逮捕され、救急車を没収されることもあります」
そのとき患者がどうなるのか──病院に運ばれるのか、刑務所に運ばれるのか、刑務所で治療を受けるのか、私たちにはわかりません。
アル・アルーブ難民キャンプの医療従事者
ヨルダン川西岸におけるMSFの取り組み
ヘブロン地区:孤立した患者の継続的なケアと基礎医療へのアクセスを確保するため、活動を適応・拡大している。また、心の問題を抱える人びとに、適切な支援とケアを届けるため、心のケアも提供している(心のケアはナブルスでも実施している)。
ジェニン地区、トゥルカレム地区:死傷者が多数に上ったり、病院内へのアクセスが妨げられた場合に備え、病院内外で応急処置や救命サービスを提供できるよう、パラメディカル(医師以外の医療従事者)の支援やトレーニングを行っている。
*国際連合人道問題調整事務所(OCHA)によると、2023年10月以降の数カ月間に、116人の子どもを含む479人のパレスチナ人が命を落とし、そのうち462人がイスラエル軍に、10人が入植者に、8人が入植者または兵士に殺害された。また、これらのパレスチナ人の3分の1は、トゥルカレム地区とジェニン地区近郊の難民キャンプで殺害された。