「鉄の壁」作戦から5カ月──パレスチナ人の封鎖と追放が続くヨルダン川西岸のいま
2025年07月10日
パレスチナ・ヨルダン川西岸地区の北部で1月、イスラエル軍による大規模な侵攻作戦「鉄の壁」が始まってから5カ月がたった。
この作戦では、イスラエル軍が西岸北部の難民キャンプに侵攻して住民らを強制的に排除。現在も4万人以上が住まいを追われ、医療を受けることもままならない厳しい暮らしを避難先で強いられている。
国境なき医師団(MSF)は7月、現地の状況をまとめた報告書『鉄の壁の5カ月』を発表した。報告書は、難民キャンプから強制移動された住民らへの約300件に及ぶ聞き取り調査やMSFの活動記録を元に、長引く避難生活が人びとに与えている影響を明らかにしている。
奪われた生活基盤
「イスラエル軍は5カ月がたった今もキャンプを閉鎖し、住民たちが戻ることを妨げています。行き場を失った人びとは不安定な状況が続いています」
西岸地区北部にあるジェニンとトゥルカレムのMSFプロジェクトコーディネーター、シモナ・オニディはこう語り、人道危機の深刻化を懸念している。
イスラエル軍は1月にガザ地区で一時的な停戦が始まった後、今度は西岸地区北部で「鉄の壁」と名付けた侵攻作戦を展開した。現在もジェニン、トゥルカレム、ヌールシャムスにある難民キャンプを占拠しており、住民は締め出されたままだ。

MSFは5月中旬、西岸地区北部の計17カ所で避難民らに聞き取り調査を実施。現地の活動内容や記録と合わせて報告書『鉄の壁の5カ月』にまとめた。
調査結果では、家を追われた人びとが過酷な環境にある実態が浮き彫りとなった。
まず聞き取りに対し、回答者の3人に1人は「医師の診察が必要なのに、受診できていない」と証言した。主な理由は金銭の不足、避難場所から医療機関までの遠さ、そして交通手段が無いことだった。持病を抱える人の35%は「必要な薬が継続的に手に入らない」と答えた。

国境なき医師団(MSF)のスタッフ=2025年3月5日 Ⓒ Oday Alshobaki/MSF
帰還を阻む暴力
また、人びとは避難した先でもイスラエル軍に居場所を奪われていた。
MSFの調査に対し、全体の5割は「過去4カ月に3回以上にわたって立ち退きを命じられた」と答え、7割超は「現在の場所にさえいられるか分からない」と不安を口にした。3割以上は「ここも安全であると感じていない」と訴えた。
こうした状況は避難民の精神的な負担となっており、特に女性や子どもの間で心のケアの必要性が高まっている。
イスラエル軍は行く先々で付近を巡回しており、私たち家族は常に恐怖を感じながら暮らしています。すぐにでも逃げられるよう、荷物はまとめたままにしています。
ヌールシャムス難民キャンプから避難してきた女性
さらに、避難前に暮らしていた難民キャンプへ戻ろうとする人びとに対し、イスラエル軍が暴力や妨害を繰り返している実態も明らかとなった。
イスラエル軍による無差別の暴力事件は、確認できただけで100件以上に及んだ。年齢や性別を問わず、大勢の人びとが銃撃や暴行、拘束の被害に遭っている。キャンプへ帰ることは厳しく制限されている。

繰り返される「人災」
イスラエル軍はこれまでも市民や医療機関への侵害を繰り返してきた。2023年10月からは状況が特に深刻化している。
MSFは2025年2月に発表した報告書『人びとへの危害と医療破壊』でも、西岸地区で市民や医療関係者がさまざまな被害を受けてきたことを伝えた。これらは強制的、暴力的な「併合」といった側面と切り離して考えることはできない。
MSFは現在の危機に対応するため、北部に移動診療チームを立ち上げた。チームはジェニンとトゥルカレムにある公共施設や避難所、保健省が運営する医療機関など計40カ所以上を回り、一般的な診療に加え、心のケアや健康意識を高める活動をしている。

オニディは「私たちが目にしているのは単なる人道危機ではありません。人の手によって意図的に作り出されて、長年にわたって悪化してきた『人災』なのです」と強調する。
その上で「現在の人道援助では不十分かつ不安定です。援助団体が避難民に対して十分な医療や暮らしを提供するため、もっと対応を強化する必要があります」と呼びかける。
避難民には元の暮らしを早く取り戻してほしい。そしてこれ以上の犠牲を生まないためにも、イスラエル軍による軍事作戦や武力行使の即時停止を強く訴えます。
シモナ・オニディ MSFプロジェクトコーディネーター
報告書の詳しい内容はこちら(英文)。