「ケーキ屋の仕事に戻りたい」なぜ銃による傷を治すのが大変なのか?

2019年09月11日掲載

MSFの医師らがイスラエル軍に撃たれた患者の手術をする=2019年8月、ガザ地区のジャバリアの病院 ©Jacob Burns/MSFMSFの医師らがイスラエル軍に撃たれた患者の手術をする=2019年8月、ガザ地区のジャバリアの病院 ©Jacob Burns/MSF

手術を終えた青年が目を覚ますと、そこはがらんとした病室だった。目の前にいる看護師は青い医療用のガウンと手袋を身につけていた。「手術を終えたら隔離されてしまった。ここに来るまで骨の感染なんて知らなかった」

銃で撃たれ

ここは中東・ガザ地区。青年の名前はアイマン。19歳。ケーキ職人だったが、イスラエルに対する抗議行動をしていて、イスラエル軍に撃たれた。抗議デモは1年以上続いており、毎週のように血が流されている。実弾で負傷したパレスチナ人は7400人余りにのぼる。 

アイマンは手書きのカレンダーにバツ印をつけて病室にいる日数を数えている=2019年7月、ガザ地区のハン・ユニスの病院 ©Jacob Burns/MSFアイマンは手書きのカレンダーにバツ印をつけて病室にいる日数を数えている=2019年7月、ガザ地区のハン・ユニスの病院 ©Jacob Burns/MSF

アイマンの傷は悪化し、骨の重い感染症にかかってしまった。国境なき医師団(MSF)の病院で治療を受けている。アイマンのような症状の患者は、ガザに1000人余りいるとみられる。

銃による傷は、汚い異物が皮膚を突き破っている。ただでさえ細菌に感染しやすい。ガザで見られる傷口は大きく、骨も砕けており、感染リスクは非常に高い。「撃たれた患者の多くが、複雑で重い傷を負っており、慢性感染になっています。ガザの薬不足も状況を悪化させています」。MSFの医療チームリーダー、オーリオ・カスティーヨは説明する。

ガザには、イスラエルによる封鎖、パレスチナ内の政治的分裂、エジプト当局による移動制限といった特有の事情があり、治療の障害となる。 

イスラエル軍に足を撃たれた患者のレントゲン写真=2019年8月 ©Jacob Burns/MSFイスラエル軍に足を撃たれた患者のレントゲン写真=2019年8月 ©Jacob Burns/MSF

薬が効かない

「予備検査からは、抗菌薬耐性菌に感染している人も多いことも分かっています」とカスティーヨ。傷の治療に使う抗菌薬が効かない——。これは世界中で問題化しており、抗菌薬を乱用してしまったために起きることが多い。耐性のせいで、アイマンさんの傷の治療は格段に難しくなった。より強力な抗菌薬を投与しなければならない。副作用のリスクが高く、高額でもある。

骨の感染を正確に診断し、どの抗菌薬が効くのか調べるために、MSFは保健省と協力して検査室を更新し、ガザで初めて骨のサンプルが分析できるようにした。以前は、全ての検体をイスラエルにある検査室へ送らなければならなかった。

検査は、細菌に感染した骨の小さなかけらをシャーレに入れる。培養液の種類によって違ったタイプの細菌が成長するので、患者の体内にどんな細菌がいるか分かる。抗菌薬への感受性も調べられ、どの薬を使えばいいかが分かる。

「こうした感染の治療は大仕事です」とカスティーヨ。検査室に加え、MSFは病棟を二つ開いた。さらにもう一つ開く準備も進めている。「専門スタッフが必要ですし、薬も安定供給しなくてはなりません。充分な治療スペースも確保しなくてはなりません。必要な手術や治療を受けられるように最善を尽くしています」
MSFが担うような治療は、ガザでは他に担い手がいない。 

MSFの医師らがイスラエル軍に撃たれた患者の手術をする=2019年8月、ガザ地区のジャバリアの病院 ©Jacob Burns/MSFMSFの医師らがイスラエル軍に撃たれた患者の手術をする=2019年8月、ガザ地区のジャバリアの病院 ©Jacob Burns/MSF

隔離され

アイマンさんは毎日4時間、静脈注射で抗菌薬を投与されている。医療チームは経過を観察し、薬による副作用が出ないように注意している。

こうした治療は隔離した個室で行う。病院内に耐性菌を拡げないようにするためだ。個室に入るときは、防護服の着用と手洗いが義務付けられる。この隔離は6週間続く。

患者は防護服を着れば部屋の外へ出られるので、閉じ込められているわけではない。それでも「刑務所に入れられているみたいな気がします」とアイマン。「普通の病棟だったら1年だっていられるけど、ここはちょっと……退院するときのことばかり考えています」

病室をカメレオン、鳥、カメといった絵で鮮やかに彩った。
 

アイマンの病室=2019年7月、ガザ地区のハン・ユニスの病院 ©Jacob Burns/MSFアイマンの病室=2019年7月、ガザ地区のハン・ユニスの病院 ©Jacob Burns/MSF

MSFは、ソーシャルワーカーとカウンセラーを配置して、入院患者を支える。「隔離状態で治療を受けなければならないと聞かされると、患者はショックを受けます。泣き出す人もいるくらいです」とソーシャルワーカーを務めるアマル・アベド。患者と向き合い、時間をかけて、今、体はどんな状態なのか、なぜこうした予防策が大切なのか、きめ細かく説明する。

治療を受けている患者同士が交流できる機会も設けている。「予防策に従わなくてはならないですが、個室から出て、歌ったり、踊ったり……他の患者と一緒に啓発講座を受けてほしいと考えています」とアベドは説明する。

患者のアイマンは、かつてよく友人と夜の街に繰り出し、ダンスをして、音楽を楽しんだ。「ケーキ屋の仕事に戻りたいよ」とアイマン。ただ、そのためには、まだ手術を受けなければならない。そして、体内の耐性菌を打ち負かすまで、その手術は受けられない。

予断を許さない状況が続く。
 

ガザ地区のジャバリアの病院=2019年7月 ©Jacob Burns/MSFガザ地区のジャバリアの病院=2019年7月 ©Jacob Burns/MSF

 ※文中敬称略

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