フィリピン、破壊された街での5年──現地の人びとへ活動を引き継ぐ

2023年04月12日
戦闘で破壊された建物が残る=2022年7月 © MSF/Ely Sok
戦闘で破壊された建物が残る=2022年7月 © MSF/Ely Sok

フィリピン南部、ミンダナオ島マラウィ市。2017年、この地の制圧を狙う「イスラム国」(IS)関連の武装勢力に包囲され、政府軍との戦闘の舞台になった。5カ月間続いた包囲戦で、人口の98%が避難。破壊された町で、国境なき医師団(MSF)は5年にわたって人びとのケアに当たり、地域のニーズの変化に合わせて活動してきた。
 
現場の活動を統括するプロジェクト・コーディネーターを2020年3月から11月まで務めた末藤千翔はこう話す。

「『日本から近いフィリピンで紛争が?』と、日本の多くの人にとっては意外かもしれません。
 
私が赴任した時はちょうど新型コロナウイルスのため都市封鎖が始まろうとしていた時でした。移動がかなり制限される中でも、治療を続けなければならない慢性疾患の患者さんがいます。
 
『こういう時だからこそMSFがここにいる意義がある』と、チーム皆で力を合わせて活動を続けました。家庭を訪問し薬を届けたところ、『私たちのことを忘れずにいてくれてありがとう』と患者さんが喜んでくれた表情をいまも覚えています」 
現場の活動を統括した末藤=2020年 <br> © Larry Gumahad/MSF
現場の活動を統括した末藤=2020年 
© Larry Gumahad/MSF

MSFの活動は、先が見えない不安の中にいる人たちの心労をやわらげることにもつながっていたはずです。

プロジェクト・コーディネーター 末藤千翔

2022年12月、急性期と緊急事態後の段階を脱したことから、MSFはマラウィでの活動を終了し、現地の医療者へ引き継いだ。この地域が直面してきた困難とMSFの活動を伝える。

数十年にわたる紛争 そして2017年の包囲戦

ミンダナオ島は、50年以上もの間、紛争が続いてきた歴史を持つ。武装組織とフィリピン軍との戦闘がたびたび発生し、暴力が横行してきた。マラウィ市は、南ラナオ州バンサモロ・ムスリム・ミンダナオ自治地域にあり、この地域の健康・経済指標は長年、国内最低水準となっている。

2017年5月、過激派組織「イスラム国」(IS)に属する2つのグループがマラウィを占拠し、フィリピン国軍との紛争に発展。戦闘は5カ月間続き、マラウィと近郊から35万人以上が避難を余儀なくされた。この戦闘で市街地は完全に破壊された。

ミンダナオ島に位置するマラウィ

「“グラウンドゼロ”と呼ばれるマラウィの市街地は、ウクライナのマリウポリやイラクのモスルのような状況でした」とフィリピンの現地活動責任者、オーレリアン・シグワルトは話す。 

住民のラスミア・マゴンパラさんはこう振り返る。「マラウィが包囲される中、私たちは荷物もお金も持たずに避難しました。持ち物はポケットに入るものと、着ているものだけ。とても不安で、バイクの音がするとヘリコプターかと思ったものです。夜は眠ることができず、気がついたら朝になっていました」

廃墟となった建物=2020年1月 © Veejay Villafranca
廃墟となった建物=2020年1月 © Veejay Villafranca

戦闘から逃れた人びとへの支援を開始

2017年7月には、戦闘で自宅を追われた人たちを支援するMSFのプロジェクトが立ち上がった。MSFは、マラウィとその周辺地域の避難所で暮らす計1万1000人に水と衛生に関する支援や、心理的応急処置(サイコロジカル・ファーストエイド:PFA)による心のケアを行った。

当時、緊急対応支援マネジャーを務めていたナターシャ・レイエス医師はこう話す。「MSFが最初に対応したことは、清潔な水を無償で利用できるようにすることでした。貯水容器や浄水剤を配り、パイプやトイレを修理し、シャワーを設置し、地域の人たちが水を貯められるように貯水池を作ったのです。

もうひとつの優先課題は、心のケアです。子どもたちのために、心理社会面の活動を立ち上げました。両親のストレスのしわよせは、子どもたちに行きます。そこで私たちは、子どもたちが再び子どもの世界に戻れるよう遊びを通したケアを行ったのです。また、心に傷を負った人たちに個別カウンセリングを行いました」

避難民キャンプで衛生用品のキットを配布=2017年8月 © MSF
避難民キャンプで衛生用品のキットを配布=2017年8月 © MSF

避難民からMSFスタッフに

アメリア・パンダパタンは、2017年にMSFの援助を受けた避難民の一人だ。「MSFが避難所で心のケアの活動や衛生用品キットの配布をしているのを見ました」と当時の記憶をたどる。

そのMSFがスタッフを募集していると知って、すぐに応募したという。そして、健康推進を担うヘルスプロモーターとして仕事をすることになった。

「当初、医療チームは少人数の現地スタッフで構成されていました。医師1人、薬剤師1人、看護師2人、ヘルスプロモーター1人の体制です。診療所内では日々の活動はなんとか回せていましたが、それでもちょっと大変でした。ヘルスプロモーターは、受付やバイタルサインのチェックなどを手伝うことができます。私は医師と患者をつなぐ通訳になったのです」

健康に関する課題が多いこの地域で、ヘルスプロモーターの果たす役割は大きい。「ヘルスプロモーターとして、私たちは健康づくりに役立つ情報を患者さんや地域の皆さん向けに届けています。患者さんが健康を自己管理できるようになったのは、私たちの活動の成果の一つだと思います」

ヘルスプロモーターのアメリア・パンダパタン。彼女自身も避難民の一人だった=2022年10月 © Regina Layug Rosero
ヘルスプロモーターのアメリア・パンダパタン。彼女自身も避難民の一人だった=2022年10月 © Regina Layug Rosero

使えなくなった医療施設……紛争後も続く困難

マラウィの状況は、少しずつ安定していった。避難民はテントから避難所や仮設住宅に移り、2020年1月に最後の家族が仮設住宅に移った。都市再建の難しさから、マラウィの住民の多くは市街地に戻れず、現在も仮住まいが続く。経済的な理由から、家の再建や修理が難しい人も多い。

マラウィとその周辺地域にある39カ所の医療施設のうち、2020年までに機能していたのは15カ所。その他は破壊されるか、再開不可能な状態に陥っていた。MSFは、マラウィの診療所と市の医療施設、そして、避難所内の診療所の復旧を支援した。

2018年、MSFは避難所にある3カ所の診療所に加えて中央診療所でも活動を開始。無償の診療と投薬で基礎医療を提供してきた。

緊急事態に伴うニーズが少なくなるにつれて、包囲される以前から続いていた健康上の問題が再び浮かび上がってきた。高血圧と糖尿病が南ラナオ州の10大死因に入ったことから、MSFは2019年から非感染性疾患に焦点を当てた活動を開始した。

診療や投薬に加えて、MSFのヘルスプロモーターが患者向けに講座を開いて、非感染性疾患や健康づくりのためのセルフケアを教えた。
 
「MSFがロロガグス避難所の診療所で活動を始めたときは夫婦そろって本当にありがたく思いました。すぐそばでしたし、無料で薬をもらえたのですから」と患者のサイード・アブドゥラさん(76歳)は話す。「二人とも教えられたとおりにしましたよ。体を動かすようにして、高血圧の人には勧められないと言われた食品を控えて、いまはだいぶ良くなっています。毎日のめまいがなくなりました」

2018年から2022年にかけて、MSFはマラウィで3万件の基礎診療と1万件以上の非感染性疾患診療を行った。

住民に衛生について話すMSFのヘルスプロモーター=2022年10月 © MSF/Regina Layug Rosero
住民に衛生について話すMSFのヘルスプロモーター=2022年10月 © MSF/Regina Layug Rosero

医療活動を地域の医療関係者の手へ

現地活動責任者のシグワルトは話す。「包囲戦から5年が経って、急性期と緊急事態後の段階は過ぎました。マラウィの医療当局にも、非感染性疾患のケアや基礎医療を提供する態勢が整ってきています」
 
プロジェクト終了に向け、MSFはマラウィ市の診療所と緊密に連携し、現地の医療ニーズ対応力を高めるとともに、患者のケアを継続しやすくするために医薬品を寄贈した。

MSFの非感染性疾患プログラムで治療を受けていた患者は、ここ数カ月で徐々にこの診療所に移ってきている。MSFの健康教育チームリーダーであるサラ・アンボーが説明する。「患者さんが必要なケアを受け続けられるように、診療所と月1回のミーティングを行い、患者さんや薬、ニーズに関する情報を伝えています」

また、2021年と2022年には、MSFは南ラナオ州の診療所スタッフ67人を対象に、非感染性疾患の管理に関する専門技術や知識を伝えるためのメンタープログラムも導入した。

包囲から5年、マラウィの街はいまだその傷跡を残している。多くの建造物が廃墟と化した“グラウンドゼロ”の患者であるサイード・アブドゥラさんの願いはささやかだ。「あのような戦闘がもう二度と起きないでほしい。そして、マラウィが平和であってほしい。私の願いはそれだけです」

末藤はこう話す。「激しい戦闘から5年。絶望的な状況を生き延びて、地域で助け合って前へと進もうとする彼らへ共感の気持ちを持っていただけたらと思います」

MSFはこれからもフィリピンにおいて、首都マニラで結核プログラムを行うとともに、国内の支援ニーズを調査していく。

仮設住宅のそばで遊ぶマラウィの子どもたち=2020年1月 © Veejay Villafranca
仮設住宅のそばで遊ぶマラウィの子どもたち=2020年1月 © Veejay Villafranca

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