ミャンマー:医療体制は壊滅的、MSFの活動に対し停止要請も 政変から4カ月、現地の状況は

2021年06月09日掲載

ミャンマーでは多くの病院が機能していないため、MSFはヤンゴンの事務所内に仮設診療所を設置して患者のケアにあたっている
🄫 MSF/Ben Smallミャンマーでは多くの病院が機能していないため、MSFはヤンゴンの事務所内に仮設診療所を設置して患者のケアにあたっている
🄫 MSF/Ben Small

6月8日、国境なき医師団(MSF)はミャンマー南部のタニンダーリ管区ダウェイの地域当局から、全ての活動を停止する要請を受けた。活動を停止すれば、ミッタル・イエイク診療所でMSFのHIVケアを受けている2162人の患者と、2月以降国の結核プログラムの縮小により、MSFが支援する施設で治療を受けることとなった結核患者への治療ができなくなる。

2021年2月1日にミャンマーで軍による権力奪取が起きてから4カ月。同国ではいま、大勢の人が医療を受けられない状況にある。多くの公立病院や診療所が閉鎖、もしくは軍に占拠され、運営を続けている公立病院でも医療スタッフによるストライキが起きており、人びとに提供される医療は非常に限定されている。

活動停止がもたらす影響

MSFは約20年間にわたり、ダウェイで包括的なHIVケアを提供しており、移民労働者や薬物依存者など、社会から疎外され健康リスクの高い人びとの感染防止策としてアウトリーチ活動(※)も実施してきた。MSFの副オペレーション・マネジャーを務めるアドリアン・グアダラマは「医療を含めた行政サービスが著しく混乱しているいま、MSFが活動を停止すれば大勢の患者さんの命が脅かされます。治療中の病気を他の人にうつしてしまう恐れや、新規患者の診断、救命治療が妨げられる恐れもあります。処方された薬をきちんと飲んでいるか確認するためのカウンセリングも受けられなくなってしまいます」と語る。

MSFは患者の治療継続に向けて、あらゆる手段を講じている。これまでに100人の患者に対し、抗レトロウイルス薬を提供し、さらに郊外に住む患者には薬を送る準備を進めている。
※医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動。

治安情勢のため医療を受ける道が閉ざされた人びと

行政サービスが著しく混乱する中、ミャンマーでは人びとの健康が脅かされている。医療を必要とする人びとは、治療費が高すぎる民間の医療機関を受診するか、身の危険があるかもしれない軍管理下の病院に行くかの選択を迫られる。特に、デモ活動や、職務を放棄することで抗議の意を示す「不服従運動」に参加した人にとっては危険が大きい。

NGOの診療所が開設されている地域もあるものの、全ての医療ニーズには対応しきれない上、軍当局によって活動が制限されている。MSFが支援する診療所の中には、治安部隊からデモ参加者の治療を禁じられ、救急患者用ベッドの撤去と、軍が管理する病院への負傷者の搬送を命じられた施設もある。さらにこの施設のボランティア1名がデモに加わったとして警察に逮捕され、同僚たちの名前と住所を教えるよう要求された。施設は一時的に閉鎖を余儀なくされ、再開後も一部のスタッフによるごく限られた医療活動しか行えていない。 

こうした状況を受け、多くの患者は治療を受けるために、より長距離を移動しなければならない。しかし治安部隊による検問が通行する人びとを監視し、所持品の検査を行って、市民に恐怖心を植え付けている。

国境近くのカチン州で活動するMSFの医師は言う。「患者さんたちは、検問を通過できるかどうか心配しています。診療所までたどり着けなければ、私たち医療スタッフは何もできません」

特に懸念されるのは、HIV、結核、C型肝炎などのケアを必要とする患者だ。これらの病気は長期間にわたって定期的な服薬が必要であり、薬が手に入りづらくなることは命の危険を意味する。

患者に渡す薬を準備するMSFスタッフ 🄫 MSF/Ben Small患者に渡す薬を準備するMSFスタッフ 🄫 MSF/Ben Small

医療への攻撃

医療従事者を標的にした暴力も続いている。MSFが支援してきた医療施設からは、スタッフが逮捕・拘束されたという報告も複数届いている。

医療への攻撃に関する世界保健機関(WHO)のデータベース(※)によると、ミャンマーでは2月の政変以降、医療施設やスタッフに対する攻撃は179件に上り、13人が命を落としている。

平和的に行われた抗議行動で、負傷者を助けようとした救急隊員らが銃で撃たれたという報道もあり、MSFのパートナー団体も、応急処置を施している団体が襲撃され物資が破壊される様子を目撃している。 
※参考資料:SURVEILLANCE SYSTEM FOR ATTACKS ON HEALTH CARE (SSA

経済崩壊が人道援助に与える影響

現在ミャンマーの経済は崩壊の危機にあり、現金が手に入りづらくなっているほか、食用油やコメ、燃料などの輸入品や商品の価格も上昇。MSFを含めた各援助団体も、物資や医薬品の購入や、スタッフの給与の支払いや物資の輸送が困難になるなど、活動に支障をきたしている。

実際、北部にあるカチン州でMSFが運営するHIVプロジェクトでは、患者を国のエイズプログラムへと徐々に移行する段階まで来ていたものの、各地の診療所の閉鎖を受けて約2000人の患者がMSFの医療施設へと戻る事態に。またラカイン州にあるロヒンギャ避難民キャンプにおいては、多くの援助団体が現金や物資の調達ができずに活動を縮小した結果、人びとに清潔な水が届けられなくなり、急性水様性下痢の患者が急増している。 

国境地域で再燃した紛争 民間人の犠牲者も

国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)のデータによると、2月1日に軍が実権を掌握した時点から、ミャンマー国内で避難した人びとは推定6万人、近隣諸国に脱出した人は1万人に上る。この背景にあるのは、ミャンマーの国境地帯、特にチン州、カチン州、カイン州で起きていた、軍と少数民族武装勢力による紛争の再燃だ。この対立にいま、民主化運動を行う「国民防衛隊」も加わりつつある。空爆や砲撃により、人びとは避難を余儀なくされ、人数は不明ながら、民間人の死傷者も出ている。

戦闘のため、MSFもカチン州のある町で、砲撃や銃声が複数の地点から聞こえる中、援助活動を中断し、スタッフを一時退避させることを余儀なくされた。こうした事態は、MSFの活動やスタッフの心身に影響を及ぼし、医療を求める人びとの移動を著しく困難にする。紛争地で危機にさらされる人びとには命にかかわる医療が保証されなければならず、医療従事者や人道援助団体はこのような人びとのもとに赴くため、暴力から保護されなければならない。

MSFは、ミャンマーを実効支配する軍と、その他の全ての勢力に対し、医療を受けようとする人びとの安全を確保するとともに、医療従事者への暴力、身柄の拘束、脅迫などといった全ての妨害行為をやめるよう呼びかけている。 

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