「車で20時間かけて通院」アフリカで増加するがん患者 100万人が直面する過酷な現実

2019年11月12日掲載

乳がん患者を診察するMSFの医師 © Mohammad Ghannam/MSF乳がん患者を診察するMSFの医師 © Mohammad Ghannam/MSF

「あの日から、私の人生は、苦しみと経済的な出費以外に何もなくなってしまった」と話すのは、ハワさん(40 歳、仮名)だ。ハワさんは、アフリカ・マリ中部のトンブクトゥの町に住んでいる。がん患者でもあるハワさんは、定期的に車で20時間以上かけて、首都バマコ市の病院に通っている。遠距離通院だ。

2009年から、体調不良を訴えていたハワさん。医学的な検査、生体検査、手術などのために数え切れないほど多くの回数、バマコ市と自宅とを往復してきた。それでもハワさんは、がんがなかなか見つからず、診断が下りるまでに数年かかったという。

「長い時間を診療所や病院のベンチのあたりで過ごしてきました。検査結果は陰性で、どこも悪くないと聞かされ続けました。実は腫瘍だった……と聞かされた頃には、体も心もくたくたでした」とハワさんは振り返る。ハワさんは現在、バマコ市で国境なき医師団(MSF)による緩和ケアとサポートを受けている。これは、MSFがマリ保健省と連携して立ち上げた新しいプロジェクトの一部でもある。 

アフリカ大陸でがん患者が増加

乳がん患者のジェリカ。マリで、より経済的負担の少ない治療を受けるために、夫と共にコートジボアールから来た。収入もなく苦しい生活が続いていた。がんによる傷の匂いが原因で、外出も控えていたが、MSFからのサポートを得られたことで外に出られるようになった © Mohammad Ghannam/MSF乳がん患者のジェリカ。マリで、より経済的負担の少ない治療を受けるために、夫と共にコートジボアールから来た。収入もなく苦しい生活が続いていた。がんによる傷の匂いが原因で、外出も控えていたが、MSFからのサポートを得られたことで外に出られるようになった © Mohammad Ghannam/MSF

ハワさんのようなケースは、アフリカでは決して珍しいものではない。世界保健機関(WHO)の推定によると、アフリカでは2018年、新たにがん患者は100万人余りに上った。今も アフリカ大陸全体では、マラリア、結核、HIV/エイズなどの感染症対策が続く。だが、今後数年で、非感染性慢性疾患として、特にがんがアフリカでの死因の上位を占めると予想されている。

一方で、マリ国内全体では、がん患者のデータはほとんどないのが実態だ。バマコ市と近隣のカティ市で集められた詳細なデータ記録では、マリでは2018年に1万3000件を超える新規がん症例を記録。その大半が、乳がんと子宮頸がんが占めていたことが分かっている(2018年、国際がん研究機関調べ)。 

誰かの「呪い」でがんになる……根強く残る迷信

マリの現地語の一つとして、最も広い地域で使われているバンバラ語の「ボ」はがんを指している。「ボ」には「呪い」という意味があり、誰かの呪いで病気になると考えられている。がんだと分ると、祈りを捧げて治療する祈祷治療師や、イスラム教の道士「マラブー」に頼る人が多い。

迷信は根強く残っていることに加えて、当局により、がん治療が改善しているにも関わらず、マリでは寛解する患者は珍しい。社会文化要因と、がんに関する知識不足のほかにも、体に負担のかかる遠距離通院と費用の壁に直面している患者は多い。

コスト高で手が届かないがん治療

MSFの訪問診療を受ける乳がん患者のジェリカ © Mohammad Ghannam/MSFMSFの訪問診療を受ける乳がん患者のジェリカ © Mohammad Ghannam/MSF

マリでは、一部の抗がん薬と放射線療法を無償で受けられるようにしている。だがそれ以外の画像検査、生体検査、診療、検診、化学療法の合間に必要な鎮痛薬や医薬品——など全ての費用を、患者側が負担しなければいけない。X線撮影だけでも費用は10万CFA(セーファーフラン)(約1万8446円)を上回る。さらに、化学療法用の注射薬は在庫がないため、患者または家族が、薬局で買わなければならない。

長期にわたるこうした治療費を負担できない世帯の患者は、治療をやめてしまう。医療スタッフにとっても、患者には負担できないような費用がかかる処方箋を出すのは、心が折れることだ。患者が治療を止めてしまうほどの高い治療費に加え、がん治療の専門スタッフ、がん専門診療科の不足も事態を悪くしている。例えば、バマコ市にあるマリ病院には、マリで唯一の放射線科がある。だが、大勢の患者が集中し、放射線療法の開始は数カ月待ちという場合さえある。 

緩和ケアに移るとき

ポワンG病院で働くMSFの看護師 © Mohammad Ghannam/MSFポワンG病院で働くMSFの看護師 © Mohammad Ghannam/MSF

こうした経済的な負担や、他のさまざまなハードルによって治療が進まず、バマコ市にあるユニヴェルシテール・デュ・ポワンG総合病院(以下、ポワンG病院)血液腫瘍科では、治療を受けている患者の大半が、進行したがんを患っている。

腫瘍がリンパ節かその周囲の組織に広がった「ステージ3」か、他の臓器に転移した「ステージ4」に達したがん患者に残された治療の選択肢はほとんどない。医療チームにできることは、患者の痛みや不快感を和らげ、サポートすることくらいだ。そうした事情を背景に、MSFは2018年11月に、無償の緩和ケアとサポートを、ポワンG病院と患者の自宅で担い始めた。

MSFの医師から診察を受ける乳がん患者のバンビさん © Mohammad Ghannam/MSFMSFの医師から診察を受ける乳がん患者のバンビさん © Mohammad Ghannam/MSF

バンビさん(70歳)は乳がん患者だ。MSFが治療を開始したとき、痛みのために声が出せなくなっていた。MSFは痛みの管理と同時に、化学療法の副作用、がん以外の病気、腫瘍によってできた傷も治療している。

こうした傷は大きいことが多く、複数の感染を起こしていて、悪臭を放ち、見た目もよくない。患者が、世間や、近親者からも差別される要因となっている。だが、きちんとした看護を受ければ傷を清潔に保って小さくできる。患者にとっての「クオリティー・オブ・ライフ(生活の質)」の向上に大きな効果がある。 

MSF看護師の訪問診療を受ける口腔がん患者のマーディさん © Mohammad Ghannam/MSFMSF看護師の訪問診療を受ける口腔がん患者のマーディさん © Mohammad Ghannam/MSF

マーディさんは口腔がんを患っている。食べることができなくなり、傷を恐れて家族も寄り付かなくなっていた。MSFのサポートを得て、今、マーディさんは、再び家族の一員に加わることができた。サポートしてくれる人も現れ、食事も口にできるようになった。MSFの活動では、患者と家族との間でのコミュニケーションを促すことも欠かせない。病気の説明、信頼関係の築き方、寝るときのマットレスや食べ物に至るまで、患者が快適に過ごせることを全て見つけ出す必要がある。 

2018年11月以来、MSFはバマコ市でがん患者に対して約1750件の診療を行った。2019年1月から9月の間に103人の患者が在宅ケアを受けた。医療当局と連携による医療スタッフ向けの研修とポワンG病院支援に加えて、MSFはがん科領域の活動を拡大していく。主に、がん検診を増やして早期発見を図るとともに治療を受けやすくしていく。 

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