安全な暮らしはいつ訪れる? メキシコ国境の町 アメリカの政策に翻弄される移民

2023年03月13日
MSFの診察を待つ人びと。MSFはメキシコ、マタモロス市の仮設キャンプ郊外で人びとに医療と心のケアを提供している Ⓒ MSF
MSFの診察を待つ人びと。MSFはメキシコ、マタモロス市の仮設キャンプ郊外で人びとに医療と心のケアを提供している Ⓒ MSF

「4週間もここにいますが、飲み水もありません」

キャンプで暮らす一人の女性はそう話した。ここはメキシコ北部の国境にあるマタモロス市。約2500人の移民が、米国での安全を求め、仮設キャンプで暮らしている。しかし、最近の米国の政策変更によって、人びとの安全はさらに遠ざかる一方だ。
 
メキシコと中米で国境なき医師団(MSF)の現地広報マネジャーを務めるエステバン・モンターニョ・バスケスがキャンプを訪れ、人びとに話を聞いた。安全と幸福を求める移民たちが置かれた現状を伝える。

飲み水も食料もなく…

「昨日の夜、近くで銃撃があったんです」。キャンプに入ると、一人の女性が近づいてきてそう言い、とても驚きました。女性によると、キャンプ近くで銃声を聞いたのはこの時が初めてではないそうです。また、このキャンプに住む若者は、無理やり犯罪組織に入れられてしまう事態を恐れているとも言っていました。

他にキャンプ生活ではどんなことで困っているか女性に尋ねてみたところ、女性は4週間もこのキャンプにいるのに飲み水の供給はなく、食料の寄付もほとんどないことを話してくれました。

「日曜日には、教会の人が来て、ハムとチーズのサンドイッチと飲み物をくれますが……。ここにいる人の多くは一文なしなのに、なんでも自分で買わなくてはいけません」

マタモロスの仮設キャンプの様子 Ⓒ MSF
マタモロスの仮設キャンプの様子 Ⓒ MSF

キャンプは幅20メートルもないリオグランデ川の南岸にあり、その川の水は生い茂った植物の下に隠れています。対岸の向こうに広がる米国が約束した安全と幸福が、移民の人びとにこれまでの苦労も正しいものであるかのように思わせるのです。

あたりには煙とたまったゴミの臭いが立ち込めています。水たまりをよけて歩いていると、それが氷点下になった先日の寒波の名残だと気づきます。人びとはテントの中を暖めようとビニール袋でテントを覆っていました。

アメリカの政策により数千人が追放

テントの上にはベネズエラ国旗が掲げられており、私が話した移民もほとんどはベネズエラ出身でした。近年、600万人以上のベネズエラ人が国外に避難しています。彼らの多くはコロンビアなどの中南米諸国にたどり着いていますが、その一方で極度の困難や危険から逃れるために、危険を冒して米国に渡る人も大勢います。2022年10月にバイデン政権が連邦規則第42編の適用を拡大してベネズエラ人を含めると、数千人がマタモロスへ追放されました。

連邦規則第42編は、米国南部の国境に到着した難民希望者を、正当な手続きなしにメキシコや周辺地域のその他の国々に追放することを可能にする、バイデン政権によって継続・拡大されたトランプ政権時代の有害な政策です。

歩いていると、炭の煙で真っ黒になった鍋で即席のコンロを使って朝食の準備をしている人や、テントの周りを掃除している人がいました。子どもたちが周りを取り囲むようにして並んでいた中心には、2500人が暮らすキャンプで唯一の貯水タンクで、その水も飲用には適していません。近くでは、2人の女の子がプラスチックのお城とブロンドの長い髪をしたお姫様の人形で遊んでいました。ものすごく悲惨な生活環境──それが人びとの健康に与える影響はすぐに明らかになりました。

キャンプ内にある唯一の貯水タンクの周りに並ぶ子どもたち Ⓒ MSF
キャンプ内にある唯一の貯水タンクの周りに並ぶ子どもたち Ⓒ MSF
仮設キャンプの片隅で人形遊びをする2人の女の子 Ⓒ MSF
仮設キャンプの片隅で人形遊びをする2人の女の子 Ⓒ MSF

人びとの健康への影響は?

私のシャツのMSFのロゴに気づいた青年がテントから出てきて、何日も血の混じった下痢に悩まされていると教えてくれたのです。その青年は治療薬を処方してもらったものの、費用がなく買うことができなかったそうです。

青年が話しているうちに、まだ赤ちゃんの娘を抱いた夫婦も私に近づいてきました。昨夜から赤ちゃんは息をするのも大変で、ゼーゼー言っているとのこと。それから間もなく、糖尿病の中年男性がやってきて、「必要な薬を出してくれないか」と聞いてくるのです。

2021年3月、バイデン政権が「尊厳ある人道的な移住体制を再構築する」という約束(現在は反故にされた)をしている最中に、それまでマタモロスにあったキャンプはブルドーザーで解体されました。

その後、MSFはマタモロスでのプログラムを終了しましたが、2022年末、ニーズの高まりとともにマタモロスに戻り、現在はキャンプ郊外の移動診療所で週3日、医療の提供と心のケアを行っています。

便利なはずの申請アプリも…

母親に連れられてMSFの移動診療所に来た女の子。過酷な環境で暮らす人に多く見られる、軽い呼吸器系の病気にかかっていた Ⓒ MSF
母親に連れられてMSFの移動診療所に来た女の子。過酷な環境で暮らす人に多く見られる、軽い呼吸器系の病気にかかっていた Ⓒ MSF

キャンバス地のテントの下では、15人以上の人びとがMSFの医療スタッフの診察を待っているところでした。移動診療の場は、MSFのチームが小さな事務所を改造して作った診療室です。幼い娘を連れて診療所を出てきた、ベネズエラ人女性のイリマールさんに話を聞きました。

「ペルーに2~3年住んだ後、夫と子どもを連れて米国への旅を始めたのです。私たちは12月初めにマタモロスに到着しました。米国に着いたら、2人で一生懸命働いて借金を返し、旅の間に起きたことはすべて捨てていきたいです」

イリマールさんは、何度も試みた末に、税関・国境取締局(CBP)の新しいモバイルアプリである「CBP One」を通じて、ようやく米国の職員とのアポを取ったそうです。この方法は、難民希望者が42条の免除を要求し、メキシコに追放されずに米国に難民申請をする唯一の方法となりました。

イリマールさんは、ついにその週の後半に予約を取れたものの、私が話を聞いた人のほとんどは、それほど順調ではなかったそうです。聞くと、アプリ操作中に多くの問題が起きていました。一部の携帯電話では正常に動作しない、1日に公開される予約枠はごくわずか、数千マイル離れた都市でしか申請できない場合がある、申請者はアプリに写真を要求されるため、より良いカメラ付きの新しい携帯電話を購入しなければならなかった、などです。また、Wi-Fiにアクセスできない人や携帯電話すら使えない人、英語やスペイン語が読めず必要事項の記入ができない人もいました。

人びとの安全確保は必須

MSFは長年にわたり、南米から米国への移住ルートで医療と心のケアを提供してきました。私は、移民や難民希望者のために安全な経路を拡大することがどれほど大切か、この目で見てきたのです。少なくとも安全確保は、人びとの国籍や米国に保証人がいるかどうか、米国への航空券を購入する能力があるか、第三国での法的地位によって左右されるべきではありません。

これらの問題が解決されない限り、私がマタモロスで出会った人びとのように、安全を求めてやって来たのに悲惨な生活を強いられる状況は続いてしまうでしょう。

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