「人を信じる心を取り戻せた」 メキシコ、過酷な暴力を経験した人びとへのケア

2022年07月11日
暴力を受けた人びとが体と心の傷を回復するまで、総合的なケアを提供している © Jordi Ruiz Cirera
暴力を受けた人びとが体と心の傷を回復するまで、総合的なケアを提供している © Jordi Ruiz Cirera

さまざまな事情からメキシコにたどり着く移民の中には、性暴力を受けたり命を狙われたりするなど、壮絶な経験をした人が少なくない。

5年前の2017年7月、国境なき医師団(MSF)はメキシコの首都メキシコシティに、過酷な暴力を受けた移民・難民や住民へ専門的な支援を提供する施設を開設した。それが総合ケアセンター(CAI)と呼ばれる施設だ。人びとはここへどのような経緯で訪れ、いま何を思うのか。ケアを受ける3人とスタッフの声を伝える。 

「移民であり同性愛者であり、差別を受けてきた」──グスタボさん

エルサルバドルに暮らしていたグスタボさんは、命が狙われる危険があり故郷から逃れた。グアテマラ経由でメキシコにたどり着いた彼はこう話す。

「私は見てはいけないことを見てしまったんです。殺されるかもしれない──。すぐに家を出て逃げました。その20分ほど後に自宅が襲撃されたと聞きました。何もかもめちゃくちゃにされて、壁に銃の痕も残っているそうです。あのまま家にいたら、殺されるところでした。
 
グアテマラに入ると入国管理局にゆすられ、その後メキシコに入ると警察にゆすられました。路上で野宿し、食べ物もありませんでした。レイプされそうになったこともあります。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に行くと、タパチュラ市の保護施設を紹介されました。そこで、総合ケアセンターの存在を知ったのです。
 
私は、同性愛者であるために差別され、さらに移民であるために差別されてきました。故郷では、私はもはや存在しない人間です。家族も、そこで築いた暮らしも失いました。大好きな調理の仕事もあったのに……。いまは、それももう仕方がないと思っています。命が助かっただけ良かったのです」

いま、グスタボさんは総合ケアセンターでケアを受けながら、これからの希望を胸に抱いている。
 
「私は建築関係の経験もあるので、住宅リフォームの仕事を立ち上げることも考えています。もしくはまた、これまでのように調理の仕事をしたいと思っています」

エルサルバドルからグアテマラ、メキシコへと逃れたグスタボさん © Jordi Ruiz Cirera
エルサルバドルからグアテマラ、メキシコへと逃れたグスタボさん © Jordi Ruiz Cirera

「警察官らしき5人の男たちに襲われた」──パブロさん

「家族を6人殺されました。娘と孫2人の消息もまだわかりません。娘に最悪の事態が起きてはいないかと心配です……。

ここまで逃げてくる途中で、私は警察官らしき男5人にバスから引きずり降ろされ、レイプされました。500ケツァル(約8748円)を払えと言われて払ったのに、レイプは続き、なされるがままでした。その場に置き去りにされた私は、ずっと歩いて、小さいボートでメキシコのイダルゴ市に渡りました。それから、バイクタクシーでタパチュラ市まで行き、何カ月も野宿をしたんです。

手続きのために、メキシコ難民支援委員会(COMAR)を訪れましたが、タパチュラ市内では安全を感じられませんでした。家族を殺した連中がまだ私を付け狙っているのではないかと心配で……。

COMARが手配してくれた保護施設で、多少安心できるようになりました。そこには屋根も毎日の食事もあったからです。そこでさらに紹介されたのが、総合ケアセンターでした。

まずは治療を完了させたいと思います。第三国定住プログラムにも登録しています。きっと神様が私を生かしてくださるでしょう。メキシコにはもういたくありません。まだ狙われている気がします。

この総合ケアセンターでは、絵を描いたり手作業をしたりしています。私は絵を描くのが本当に好きで、ワークショップには必ず参加しています。気晴らしにもなり、これまで経験したことをあまり考えずに済むのです」

総合ケアセンターで支援を受ける人びと © Jordi Ruiz Cirera
総合ケアセンターで支援を受ける人びと © Jordi Ruiz Cirera

「この言葉が世界中に届いてくれたら」──ファビオラさん

「私はメキシコ人です。メキシコシティの出身で、建築士をしています。2019年に、当時交際していた人に殺されかけました。私が女性であるために命を奪われかけたのです。間違いなく、人生で最もつらい経験です。
 
この事件の後、私はさらに当局からも被害を受けました。私に精神障害があるとか、本当に起きたことではないとか、悪いのは私だなどと思いこまされそうになるのです。当局は守ってくれると思っていたのですが……。結局、汚職まみれで役に立たないとわかりました。

総合ケアセンターで取り戻せたものは多くあります。中でも大切なのは、人を信じる心と生きる喜びです。いまは将来の見通しも明るく持つことができて、母親になるという夢や、芸術の道を生きるという夢を再び持つことができるようになりました。
 
この言葉が世界中に届いてくれたらと思います。そうすれば、傷ついた身体も心も直すことができるのだとわかってもらえるはずです」

人を信じる心と生きる喜びを取り戻せたと語るファビオラさん © Jordi Ruiz Cirera
人を信じる心と生きる喜びを取り戻せたと語るファビオラさん © Jordi Ruiz Cirera

希望と尊厳を取り戻すために

総合ケアセンターのコーディネーターで心理士でもあるネストル・ルビアノは、施設の活動をこう説明する。
 
「被害を受けた人が前に進むためには、さまざまなケアが必要です。医療サービスのほかにも、食料や宿泊施設、社会的なサポートも求められます。MSFは医療的な面に重点を置き、精神科医による薬物療法や、心理士による心のケア、またけがをした人へ理学療法による支援も行っています。手術が必要な患者さんには、メキシコ国内のさまざまな医療ネットワークと連携して対応しています。
 
私たちの目標は、被害を受けた人がトラウマや痛みを軽減し、できる限り自立できるようにすることです。人びとが希望と尊厳を取り戻すこと。それが私たちの目指していることです」 

暴力を受けた人びとへのケアを提供する総合ケアセンター=2021年 © Yesika Ocampo/MSF
暴力を受けた人びとへのケアを提供する総合ケアセンター=2021年 © Yesika Ocampo/MSF

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