逃げても連れ戻され、閉じ込められる 海の向こうはヨーロッパ 絶望して自傷行為も

2019年08月14日掲載

ジンタンの収容センターでは、狭い居住スペースに大勢の人びとが暮らす © Jérôme Tubiana/MSFジンタンの収容センターでは、狭い居住スペースに大勢の人びとが暮らす © Jérôme Tubiana/MSF

鉄製のドアについた小さな窓から外をのぞきこむ人びと——ここは、北アフリカの国リビア地中海の向こう側はヨーロッパだ。リビアの難民・移民収容センターには、5000人から6000人が現地当局の独断によって身柄を拘束されている。国境なき医師団(MSF)は2019年5月末に、首都トリポリの南にあるジンタン収容センターを初めて訪問し、医療の提供と、食料や物資の配給、上下水道の改善に乗り出した。 

いつ出られるかもわからない収容生活

ジンタンの難民・移民収容センター © Jérôme Tubiana/MSFジンタンの難民・移民収容センター © Jérôme Tubiana/MSF

リビアでは、4月初旬から国民合意政府(GNA)とリビア国民軍(LNA)の間で紛争が続いており、ここ数ヵ月で状況は以前にもまして危険になった。MSFは収容センターに拘束されている難民・移民の保護と避難を繰り返し求めているが、彼らがすぐに安全な場所に行ける見込みはほとんどない。

一方で、リビアを出発する多くの難民・移民が、EUの支援を受けたリビア沿岸警備隊に強制的に連れ戻され、暴力と勾留の悪循環にはまっている。収容された人びとは、いつ出られるかもわからないまま酷い環境に閉じ込められ、虐待や死の危険にもさらされて絶望に追いやられている。 

収容センターでは不衛生な環境で生活している © Jérôme Tubiana/MSF収容センターでは不衛生な環境で生活している © Jérôme Tubiana/MSF

ジンタンは、トリポリの南、ナフサ山地にある町。ジンタン収容センターに勾留されているのは、国際社会に保護を求め、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)に庇護希望者や難民として登録した人びとだ。数ヵ月、あるいは数年も、事実上何の援助もない状態で留め置かれている。

収容センターでは、ここ数ヵ月間、結核が猛威を振るっている。ジンタン収容センターとその西にあるガルヤーン収容センターでは、2018年9月から2019年5月の間に少なくとも22人が勾留中に亡くなり、その主な死因が結核だった。死者のなかには、若い男女と8歳の子どももいた。 

倉庫棟で互いの髪を切る勾留者。奥にはトイレ用のバケツが見える © Jérôme Tubiana/MSF倉庫棟で互いの髪を切る勾留者。奥にはトイレ用のバケツが見える © Jérôme Tubiana/MSF

ジンタン収容センターでは、約700人が農業用の倉庫に閉じ込められているほか、200人が小さな建物数棟に閉じ込められている。倉庫の中の衛生状態は衝撃的だ。700人の勾留者に対し、なんとか使えるトイレが4つ、小便用のバケツが数個しかなく、シャワーはない。水は時々配られる程度で、飲むのに適した水質ではない。

こうした不衛生な状況を受け、2019年6月、倉庫棟で過ごしていた人は全員が外に出され、センター敷地内にある他の建物に振り分けられた。その後は、約15平方メートルの部屋を20人ほどで共有して暮らしている。 

身を守るために渡されたのは・・・

勾留者に渡された鎖と南京錠 © Jérôme Tubiana/MSF勾留者に渡された鎖と南京錠 © Jérôme Tubiana/MSF

2019年初め、ジンタン収容センターでは50人ほどの勾留者が健康状態の悪化を理由にガルヤーン収容センターに移された。ガルヤーンは重武装地帯であり、4月にLNAがトリポリ攻略作戦を行って以来、その支配下に置かれている。

勾留者には、収容センターから鎖と南京錠を渡された。監視人がいないときに武装した侵入者から自分の身を守るためだという。

6月26日には、GNAによる激しい奪還戦が起き、空爆も行われた。その時もガルヤーン収容センターには26人が勾留されていた。殺されるのではないかという恐怖のなか、戦闘のただ中でどこにも逃げ場はなかった。

1週間後、勾留者はようやくトリポリに移された。8人はMSFが病院に搬送して治療を受け、21人は別のNGOが運営する仮設住居プログラムに受け入れられた。 

恐ろしい経験が心の傷に

勾留者の多くが、戦闘や暴力、拷問を経験している © Jérôme Tubiana/MSF勾留者の多くが、戦闘や暴力、拷問を経験している © Jérôme Tubiana/MSF

ジンタン収容センターで身柄を拘束されている人びとの多くは、エリトリアとソマリアから迫害を逃れてきた人だ。2017年3月からずっと閉じ込められたままの人もいる。直近では、5月に検問所で逮捕された人が連れてこられた。勾留者の多くは、2018年9月に首都トリポリで戦闘が始まった際、周辺にある複数の収容センターからジンタンに移された。

最近では、トリポリで戦闘が起きていても、ジンタンへの移送を拒否する難民・移民がいるという。ジンタンに行けば、誰にも知られないまま忘れ去られ、医療も受けられなくなる恐れがあるからだ。 

人身売買業者につけられた傷を見せる男性 © Jérôme Tubiana/MSF人身売買業者につけられた傷を見せる男性 © Jérôme Tubiana/MSF

勾留者の多くが、人身売買業者に拉致されてレイプや拷問にあうなど、リビアで恐ろしい体験をして、心身に傷を負っている。

心と体に受けたひどい傷、深い絶望、そして、終わりの見えない勾留。収容センターでは、自殺未遂がいくつも報告されている。苦悩し、心の病気を抱えて自傷行為をしたり、他人に暴力を振ったりする人もいるため、勾留者が同じ房の仲間を押さえつけなければならないこともある。 

心に傷を負い、自傷行為や自殺をしようとする勾留者もいる © Jérôme Tubiana/MSF心に傷を負い、自傷行為や自殺をしようとする勾留者もいる © Jérôme Tubiana/MSF

勾留者の診療を開始

ジンタン収容センターでMSFの診療を受ける勾留者たち © Jérôme Tubiana/MSFジンタン収容センターでMSFの診療を受ける勾留者たち © Jérôme Tubiana/MSF

この危機的な状況を受けて、MSFは2019年5月以来、勾留者への援助を開始した。診療と病院への搬送手配を担い、7月第1週にはジンタン収容センターで120件余りの診療をし、4件の搬送を行った。現在までに合計17人の患者をジンタン収容センターから、11人をガルヤーン収容センターから病院へ搬送して治療を受けさせた。 

栄養の偏った食事しか与えられない勾留者に、魚や粉ミルク、衛生用品を配給 © Jérôme Tubiana/MSF栄養の偏った食事しか与えられない勾留者に、魚や粉ミルク、衛生用品を配給 © Jérôme Tubiana/MSF

勾留者に与えられる食事は主にパンとパスタだけ。栄養バランスの悪い状態が長期間続くのは、健康に問題がある人にとっては深刻な事態だ。結核が栄養失調を引き起こし、逆に低栄養によって結核になる危険性も高まる。

MSFは何度か食糧を配給し、人びとの食生活を底上げしようとしている。これまでにマグロやイワシ、ナツメヤシや果物のジュースのほか、粉ミルクと衛生用品も配っている。 

生きるか死ぬかの問題

ジンタン収容センターから移送される勾留者 © Jérôme Tubiana/MSFジンタン収容センターから移送される勾留者 © Jérôme Tubiana/MSF

6月3日に、UNHCRがジンタン収容センターから96人の勾留者をトリポリ市内にあるUNHCRの運営施設へ移した。人びとはこの施設でリビアからの避難を待つ。現在は、585人がジンタン収容センターに勾留されている。

センターでは、人びとが国際社会による保護を必要としているのに受けられないまま、長期間にわたって勾留され続けている。このままの状態が続けば、MSFがその苦しみを和らげるためにできることは限られている。

難民と庇護を求める人びとがリビアから避難して第三国へ定住できるよう、早急に対応を拡充する必要がある。収容センターに勾留されている多くの人にとって、これは、生か死かの問題なのだ。 

ジンタン収容センターに勾留されているエリトリア人難民が、施設内に作った教会で祈る © Jérôme Tubiana/MSF ジンタン収容センターに勾留されているエリトリア人難民が、施設内に作った教会で祈る © Jérôme Tubiana/MSF

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