新型コロナウイルスが突きつけるMSF医療援助活動の課題
2020年03月19日新型コロナウイルスの感染拡大は、世界各地で活動する国境なき医師団(MSF)のスタッフの移動にも大きな影響を与えている。MSF日本事務局の広報部長を務める名取薫も影響を受けた一人だ。出張先のリベリアに到着直後、日本から来たという理由で14日間の予防的経過観察措置が課せられた。想定外の検疫生活の中で、ある出会いがあったと語る——。

厳しい措置の背景には
「内戦時の飢餓で両親を、エボラで姉を亡くしました」……目の前の青年はそう語った。洗いざらしの白いシャツに黒の蝶ネクタイをしたリオは、シエラレオネ出身。ホテルマンを目指して専門学校を卒業し、インターン中だった。
リオに話を聞いたのは西アフリカのリベリア。首都モンロビアにある改築中のホテルで、ここはリベリア政府が新型コロナウイルスの流行国からの渡航者に対して、入国直後から経過観察の隔離措置を実施するために借り上げた施設だ。かくいう私も症状は全く無かったが、同国で14日間の検疫下に置かれていた。MSFに入団してから初めてとなるフィールド出張。MSFの小児病院での取材目的から一転して、自分の身の上にふりかかった不運を受けとめ始めていた。

姉の死 残された子どもたち
2014年、リオのお姉さんはパーム油の輸出業でシエラレオネとギニアとの間を往復している中で政府の検疫対象となり、そのままエボラセンターで亡くなったという。「シングルマザーだった姉の死後は、残された4人の甥と姪を4年間にわたって世話しました。今は仕送りで彼らの進学を支えています」と、物静かに語るリオは今年8月に30歳を迎える。

医療援助に影響が
過去30年間で2回の内戦を経験し、推定50万人が犠牲となったリベリア。MSFはエボラで疲弊した同国の保健医療体制を補完するために2015年3月に小児病院を開設し、乳児から15歳までの子どもを年間5千人以上診ている。主な症状は栄養失調やマラリア、肺炎などで、2018年1月からは複雑な外科手術も施すようになった。また、同病院は医師、看護師、助産師、麻酔科医をめざすリベリアの若者たちの研修の場にもなっている。
リベリアのように社会インフラも医療体制も脆弱な国で新型コロナウイルスが感染拡大したらどうなるだろう。額に大粒の汗をかき、ホテル業界への就職を熱く語るリオの言葉に耳を傾けながら思った。
エボラ出血熱が大流行した時、MSFは感染抑止と治療のために日本からの海外派遣者を含めてスタッフを感染地に送り込んだ。シリアやイエメン、ナイジェリアや中南米の国々など、MSFは今現在も世界の至るところで活動を展開しているが、刻一刻と世界規模で感染が拡大する新型コロナウイルスがこうした活動地で流行した場合、おそらく大きな影響を受け、他の活動プロジェクトとの間で難しい選択を迫られるだろう。

収容中、リオをはじめとするホテルのスタッフや、保健省から派遣され、朝・昼・夜と検温のために私の部屋を訪れた看護師たちにはいつも笑顔で接してもらい、自由を奪われた日々が少し癒された気がした。
参考記事
新型コロナウイルス感染症へのMSFの対応(2020年03月18日)