帰国は解決にならない──閉鎖予定のケニア・ダダーブ難民キャンプで広がる不安

2021年06月30日
開設からおよそ30年が経つキャンプ。ここで生まれ育った難民も多い © Paul Odongo/MSF
開設からおよそ30年が経つキャンプ。ここで生まれ育った難民も多い © Paul Odongo/MSF

あと1年でここから出て行けというのか──。そう絶望の声を漏らすのは、ケニア東部、ソマリアと接するダダーブの難民キャンプに暮らす人びとだ。

ケニア政府と国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)は先ごろ、2022年6月にダダーブ難民キャンプを閉鎖すると発表した。複数のキャンプで構成されるダダーブ・キャンプには現在、ソマリアなどから逃れてきた20万人以上が暮らしている。キャンプを閉鎖して難民を強制的に帰還させることは、さらなる人道危機を引き起こしかねない。キャンプに暮らす人びとの声を伝える。 

「ソマリアにだけは帰りたくない……」

ダダーブ難民キャンプを構成する3つのキャンプの1つ、ダガレイに暮らす33歳のハリマさん(仮名)。2008年にソマリアからケニアに逃れ、このキャンプで暮らし続けてきた。数年前、一家でソマリアに帰ることを見据え、夫が一足先にソマリアに戻った。しかしその後、夫が何者かに連れら去られたと知らされ、ハリマさんは娘たちとソマリアへ向かった。この後、さらなる悲劇が起こる。

ソマリアに着いてすぐ、ハリマさん自身も5人の子どもとともに拉致されてしまったのだ。「監禁された中で、12歳の娘と一緒に拷問とレイプに遭いました」とハリマさんは壮絶な経験を話す。体調を崩して1カ月後に解放され、何とかまた国境を越えてダダーブ・キャンプに戻って来たと言う。

それからハリマさんは3年以上にわたって、国境なき医師団(MSF)の病院で心的外傷後ストレス障害の治療を受けている。

ラジオでダダーブの閉鎖計画を知った時に思い浮かんだのは、亡くなって埋葬された子どもたちの姿だった。「どこに行くのでもいい……。でも、ソマリアにだけは帰りたくありません」
 

キャンプの診療所で子どもの診察を受ける難民の女性 © Paul Odongo/MSF
キャンプの診療所で子どもの診察を受ける難民の女性 © Paul Odongo/MSF

医療を受け続けられるのか

糖尿病のイディロさんは<br> 毎日のインスリン注射が欠かせない <br> © Paul Odongo/MSF
糖尿病のイディロさんは
毎日のインスリン注射が欠かせない 
© Paul Odongo/MSF
キャンプが閉鎖されて帰還することになったら、医療などの支援を受け続けられるのか。これも多くの難民が懸念している点の一つだ。

キャンプで生まれ育ったイディロさん(20歳)は、9歳の時に1型糖尿病と診断された。

MSFの支援を受けて、血糖値の測り方とインスリンの自己注射方法を習い、毎日朝夕に注射している。インスリンは毎月病院から受け取り、携帯用の保冷箱で保管している。

人口7万人余りのダガレイ・キャンプだけでも、約50人が糖尿病の継続的な治療を必要としている。さらに300人の人びとに、HIV/エイズ、結核、がん、神経障害といった慢性疾患の定期的な投薬が必要だ。帝王切開など手術のニーズもあり、MSFはダガレイで年平均700件以上の手術を行っている。

ダガレイでMSFのプロジェクト・コーディネーターを務めるイェルーン・マタイスは、こう指摘する。「キャンプが閉鎖された後に人びとが医療を受けられない状態になったら、大きな問題です。継続的な治療が必要な人のために、自国へ帰還した後も投薬を維持できる方策を早い段階から検討しなければなりません」  
子どもの時に1型糖尿病と診断され、治療を続けているイディロさん © Paul Odongo/MSF
子どもの時に1型糖尿病と診断され、治療を続けているイディロさん © Paul Odongo/MSF

先が見えない閉鎖計画

UNHCRはキャンプ閉鎖に向けた工程表を4月に提示したが、最終的な計画が決まるのは今年の後半になる見込みだ。そのため難民たちには、今後に備える時間がほとんどない。どのような計画になろうと、第三国に移住するか、ケニアに残るかの二択しかないとキャンプの人びとは話す。

ハワさん(35歳)の兄は、ソマリアで武装集団に拉致され、拷問されたことが心の傷となり、いまも夜眠れていないと言う。「第三国移住は喜んで受けますが、どこに行ってもうまくいかないようなら、ソマリアに戻るよりもここダダーブで生活を固めたいです」

難民を受け入れてきた、ケニアの住民たちはキャンプの閉鎖を望んでいるのか。ダダーブの地域のリーダーであるモハメドさん(58歳)は、元の住民と難民とが、異なる民族でありながら、結婚したり、共同で事業を立ち上げたり、家畜を共有したりと、長年緊密な関係を築いてきたと話す。

「地元住民もキャンプの閉鎖計画を歓迎していません。難民がいなくなったら、私たちも出て行くことになるでしょう。いま受けている水などの公共サービスが望めなくなれば、ここで生きていくことはできません」

MSFのケニアにおける活動責任者のダナ・クラウゼはこう話す。「自国で平和な環境がしっかりと確立されない限り、帰還は解決策にはなりえません。ソマリアに帰国した多くの難民は、あの国にはまだ混乱が広がっていると言います。キャンプの閉鎖を急がず、難民や地元住民と意義のある協議が行われる必要があります」
 

キャンプの給水所で水を汲む人びと。難民だけでなく、元から住んでいた地域住民も支援を受けている © Paul Odongo/MSF
キャンプの給水所で水を汲む人びと。難民だけでなく、元から住んでいた地域住民も支援を受けている © Paul Odongo/MSF

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