爆弾が弟の心臓を・・・家族と脚を失った少年 歩いて「また強い気持ち」に

2019年05月07日掲載

MSFが東モスルに建てた術後ケア病院で治療を続ける子どもたち © Elisa Fourt/MSFMSFが東モスルに建てた術後ケア病院で治療を続ける子どもたち © Elisa Fourt/MSF

車椅子の上で大きな笑顔を見せてくれる少年たち。ここは、2018年4月に国境なき医師団(MSF)がイラクの東モスルに建てた術後ケア病院だ。過激派組織「イスラム国」からモスルが奪還されて約2年、紛争に巻き込まれ、爆発や事故で複雑なけがを負った患者は、回復までに何度も手術をし、長期にわたる理学療法も必要となる。抗菌薬耐性菌に感染している場合は、治療はさらに難しい。

家族や身体の自由を失った子どもたちが、長く続くつらい治療のなかで語ったこと。自分の足で立って、また学校へ行く……子どもたちは、希望を捨てずに前を向いている。 

さみしくなったら歩くんだーーアブダッラーくん(12歳)

アブダッラーくんは爆発で弟と片方の足を失くした © Elisa Fourt/MSFアブダッラーくんは爆発で弟と片方の足を失くした © Elisa Fourt/MSF

「去年の夏のある日、まだ小さい弟と一緒に町を歩いていたんだ。いきなり大きな爆発が聞こえて、弟がこれまでに聞いたこともないような金切り声をあげた。振り向いたら、もう弟の姿はなかった。また爆発が起きて、今度は僕が倒れる番だった。目と脚、手に衝撃を受けたんだ。弟はその場で死んだ。爆弾のかけらが心臓を突き抜けたから」 

MSFの病院で絵を描いて過ごすアブダッラーくん © Elisa Fourt/MSFMSFの病院で絵を描いて過ごすアブダッラーくん © Elisa Fourt/MSF

「お医者さんたちは僕の脚を残そうとしてくれたけど、できなかった。病院には1ヵ月入院して、それから家へ帰ったんだ。脚も弟もなくして……。あの病院では、父さんは理学療法の費用を全て出さなきゃならなかった。高かったし、そんなお金はなかった。お医者さんたちは松葉杖をくれたから、自分で歩き方を学ぶことにした。慣れるのがすっごく早くて、もう使いこなしているよ。ほかの病院にも手の治療に行って、そこには3週間いたけれど、まだ完全には治っていない。それから、この病院へ来たんだ」

「MSFのお医者さんたちが言うには、僕には『抗菌薬耐性』っていうのがある。だから、よくなるまでにすごく時間がかかるんだって。お医者さんたちは毎日、僕の様子を見に来て、それから1時間の理学療法をするんだ。早く義足をもらって学校に戻りたい。ここにも友達はいるけど、一緒に遊べなくて。他の子も僕と同じで(耐性菌があるから)、ほとんどの時間は隔離室で過ごしている。時々さみしくなる。でもそういうときは松葉杖を取り出して、思いっきりスピードを出して歩くんだ。そうすると、僕は強いって気持ちがまた湧いてくるから」 

早く学校に帰りたい——サイフくん(9歳)

病院生活でも笑顔を見せるサイフくん © Elisa Fourt/MSF病院生活でも笑顔を見せるサイフくん © Elisa Fourt/MSF

「1年半前、僕は家族で村から逃げた。危なくて住めなくなったから。3人の兄弟と母と一緒に、避難した人たちのためのキャンプで暮らした。キャンプでの暮らしは楽じゃなかったけど、学校に行けるからうれしかった。でもある日、同じ学校に通っていた男の子に大きな石を投げつけられ、僕の脚は折れちゃった。お母さんがカイヤラにある病院に連れて行ってくれて、2回手術をした後、この病院に移してくれた」

「ここに来てからもう2回手術を受けて、よくなってきているけれど、なかなか治らないんだ。お医者さんたちは、ばい菌が体の中にいるから、普通より長くかかるって言っている。元の脚に戻るのも大変なんだって。ばい菌は他の人にうつることもあるから、お医者さんたちは僕を隔離室に入れることにした。外に出るときは、緑色をした医療用ガウンを着なくちゃいけない。でもね、僕はこの病院が好き。看護師さんたちと一緒に過ごすことが多いよ。一緒に絵をかたり、アルファベットを教えてもらったりするんだ。僕、もうぜんぶ覚えちゃった。そうしていると、知らない間に時がたっている。退屈したら、お母さんの電話を借りて兄弟に電話する。で、病院で遊べるゲームをぜんぶ見せびらかすんだ。でも、やっぱり早く学校に帰りたい。どれくらいの間ここにいるかは、僕の脚の治り具合によるんだって」 

壁の名前が笑顔をくれる——マルワさん(9歳)

スタッフの名前を紙に書いて壁に貼っているマルワさん © Elisa Fourt/MSFスタッフの名前を紙に書いて壁に貼っているマルワさん © Elisa Fourt/MSF

「去年、手術を受けたの。腎臓に問題があるから。手術している間に、お医者さんたちは間違って私の脚を切っちゃった。そうしたら、脚の傷からばい菌が入り込んじゃって。お母さんと私はあちこちの病院に行ったの。1年中、脚を治す方法を探して回っていたわ。ようやくこの病院にたどり着いて、2回手術を受けたの。ここに来て最初の何日かは、泣いてばかりいた。怖かったし、この病院には知っている人が誰もいなかったから。でも心理療法士と健康教育チームの人たちのおかげで、気が晴れたの。毎日私がどうしているか見にきてくれるし、すごく親切よ。みんなの名前を一人ずつ紙に書いて、部屋の壁に貼ったの。見ると笑顔になれる」 

10回以上も手術を繰り返し——サリムくん(11歳)

サリムくんは自分の足で立てる日を目指している © Elisa Fourt/MSFサリムくんは自分の足で立てる日を目指している © Elisa Fourt/MSF

「去年の12月、学校に行く途中でワゴン車にひかれたんだ。運転手はスピードを出しすぎていて、僕が道路を渡っているのが見えなかった。僕をひいたと分かって、運転手はすぐ車を停めて、ワゴン車に乗っていた男の人たちみんなに出るように頼み、それから僕を真っ直ぐ病院に連れて行ってくれたんだ。両脚ともひどいけがで、救急処置室ですぐ手術を受けた。最初、お医者さんたちは父さんに、両脚とも失うだろうと話していて、すごく怖かった。だけど別のお医者さんが来て、脚を残す方向でがんばると言ってくれたんだ。その後4回手術を受けてから、1月にこの病院に来て、ここでまた8回手術を受けた」

「ここでは、退屈しのぎに学校の本を持ってきて毎日勉強しているよ。心理療法士と一緒にドミノをするのも好き。僕は強くていつも彼女を負かしているんだ。ほかの男の子たちとも仲良くなったけど、菌をうつしてはいけないから、あまり長く一緒にいたり近づいたりしたらいけないことになっている。みんな緑のガウンを着ているよ。早く車椅子を離れたい。車椅子の子は学校に入れないから。お医者さんたちは松葉杖をくれるって約束してくれたんだ。自分の足で立てるようになったらすぐ退院できるって」 

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