お母さんと赤ちゃんを救え──大地震からまもなく2年 復興進まぬハイチで

2023年06月05日
MSFの支援する医療施設で赤ちゃんを出産した母親 © MSF/Alexandre Marco
MSFの支援する医療施設で赤ちゃんを出産した母親 © MSF/Alexandre Marco

2021年8月、ハイチでマグニチュード7.2の大地震が発生。2000人以上が命を落とし、1万2000人以上が負傷した。地震によって数万棟の建物が破壊され、2年近くたったいまも十分な復興には至っていない。 
 
南県のポルタピマンという町にある、国境なき医師団(MSF)が支援する産科診療所も、修復不可能なレベルで破損した。MSFは施設の再建設に取り組み、機能を拡充させた上で、2023年2月に業務を再開。地域に住む25万人の人びとが再び産科医療を受けられるようになった。しかし、南県の医療施設の多くは完全な復旧が見込めず、妊娠中の女性や新生児にとって医療を受けにくい状況が続いている。 

暴力と震災

暴力と犯罪が渦巻くハイチの首都ポルトープランス。そこから西に約150キロメートルほど行くと、南県にある海岸沿いの町ポルタピマンにたどり着く。暴力という首都の病は、この町にも及んでおり、サプライチェーンの混乱によって、医療物資は常に不足気味だ。2022年には、首都の石油ターミナルが機能不全に陥ったことから、この町を含めた県全体でエネルギー確保が困難となった。 

地方各地の医療スタッフは次々とポルトープランスへと流れていく。一方、そのポルトープランスでは、暴力から避難する形で、多くの医療スタッフが国外へと去っていった。2021年8月の大地震で事態はさらに悪化。いくつもの支援団体が、現地の医療施設を復旧させるため、経済的・物的な支援を申し出たが、なかなか実現には至っていない。破壊された施設の大半は、いまだ再建の目処が立たないままだ。 

ポルタピマンの町で生きる子どもたち © MSF/Alexandre Marcou
ポルタピマンの町で生きる子どもたち © MSF/Alexandre Marcou

妊婦と赤ちゃんの危機的状況

このような不安定極まる医療環境は、地域住民にとって深刻な問題だ。とりわけ妊娠中の女性や新生児の健康状態に対する影響が懸念されている。 

もともと、ハイチは、南北アメリカ全体のなかでも、特に妊産婦死亡率が高い国だ。10万人あたり529人が死亡しており、新生児死亡率も1000人中24人と非常に高い。医療施設外で出産に至る女性も約64%に及び、合併症などが起これば母子ともに生命の危機に晒されることになる。2023年2月、ポルタピマンの産科診療所の再開セレモニーにおいて、MSF活動責任者のブノワ・バスールは「お母さんと赤ちゃんの命を救うには、素早く対応できる体制こそが必要なのです」と説いた。 

この産科施設は、ハイチ保健省とMSFによって共同運営されている。帝王切開も可能な手術室、新生児向けの集中治療室なども整備しており、避妊ケア、産前産後診療、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)などにも対応可能だ。また、この施設を拠点として、MSFは、ポルタピマン周辺地域にある6つの診療所への支援に取り組むほか、現地の助産師たちとの連携ネットワークも構築している。特に、このネットワークを通して、妊娠中の女性たちに向けて、どういったタイミングで病院に助けを求めるべきかを周知することに務めている。 

再建された診療所にて診療を受ける妊婦 © MSF/Alexandre Marcou
再建された診療所にて診療を受ける妊婦 © MSF/Alexandre Marcou

病院にたどり着く前に亡くなる妊婦

ポルタピマンから北に十数キロメートル離れた山間部のレンデル村。ここにも、MSFのスタッフたちが週に一度は訪れている。MSFでヘルスプロモーターを務めるゲルライン・ジョルジュは次のように語る。「このレンデル村は、私たちが医療に関する教育や環境整備のために支援しているエリアの一つです。妊婦の皆さんに、子癇(しかん:妊娠中のけいれん発作)や高血圧など、妊娠出産にまつわる注意事項についてお話ししています。また、合併症を早期に発見して治療を受ける方法についても説明しています」 

レンデル村の女性にとって厄介なのは、いざ医療が必要になった時に医療施設までたどり着けるかという問題だ。レンデル村の属する南県は人口が少ないため、医療施設はまばらにしか配置されていない。道路の状態が悪いところも多く、交通費がかさむという問題も出てくる。とりわけ雨期になると、普段は道路として利用されている河川敷が水びたしになる。

内陸の山間部に住む女性の場合、診療所まで徒歩で6〜7時間かかることもある。陣痛が始まってから診療所まで歩いてたどり着くまでに亡くなった女性、医療施設にたどり着く前に出産時の合併症で倒れた女性など、悲劇的なケースも発生している。こうした問題に取り組むため、MSFはさまざまな村に医療搬送委員会を設置して、四輪駆動車を救急車に改造するなど、陣痛が始まった女性をスムーズに搬送する取り組みに当たっている。 

レンデル村の住民 © MSF/Alexandre Marcou
レンデル村の住民 © MSF/Alexandre Marcou

レンデル村の住民アレクシス・レオーネさんが語ってくれた。「4年前、初めての子を妊娠した時、何か痛みを感じたら病院に来るよう医師に言われたのです。実際に体調が悪くなって、ポルタピマンの病院まで歩いてたどり着くと、血圧が上がってしまって。結局、救急車で別の病院まで搬送されて、そこで出産したのです。レンデルに残っていたら死んでいたかもしれないと言われましたよ」 
 
MSFは、ポルタピマンの医療施設から別の病院まで搬送することで、アレクシスさんの命を救うことができた。ただ、こうした医療搬送がますます困難になっていることも事実だ。この地域の医療施設は、物資や人員が不足していることもあって、救命診療にリソースを割り当てにくくなっている。MSFは、この点を考慮してポルタピマンの産科施設を拡張した。帝王切開や輸血など、高度な医療が必要になった際に、患者を他の施設に任せるのでなく、ポルタピマンの施設内部で直接対応できるようにした。地域の人びとにとっては、医療環境の大幅な改善につながるはずだ。 

お母さんと赤ちゃんにさらなる支援を

このポルタピマンの産科診療所に来院する患者は相当数に上る。これは、南県エリアにおいて女性向け医療のニーズがいかに高いかを示している。2022年、MSFはポルタピマンで700件の出産を支援。2023年に入ると、新設された病院において、1月から4月までの間に347件の出産に携わり、そのうち39件は帝王切開だった。同時期には89人の赤ちゃんが入院しており、そのうち40人は集中治療室で対応している。 

しかし、同じ南県でも、ほかの町や村では、破壊された医療施設が放置されているケースも多い。そこで働いていた医療スタッフたちは、研修センターなどを利用して業務を再開できないか模索している。 

妊産婦死亡率や新生児死亡率の高さにどう対応していくか──課題は山積みだ。本来であれば妊娠中の女性は、リソースを十分に備えた施設で、経験ある医療スタッフたちによって出産に臨むことが望ましい。そのためにも、他の支援団体は、2021年の大地震後の取り組みを誠実に継続させるのみならず、その支援体制をさらに拡充させる必要がある。また、遠い地で業務をこなしている医療スタッフたちの給与を増額できるよう、資金面の支援にも力を入れるべきだ。ハイチに生きる女性たちの生命は、これらの行動にかかっている。 

レンデル村で健康教育活動を行うMSFのスタッフ © MSF/Alexandre Marcou
レンデル村で健康教育活動を行うMSFのスタッフ © MSF/Alexandre Marcou

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