顔に痛み 目を覚ますと、スルスル横切る生物……毒ヘビ被害と戦うには

2019年03月15日掲載

毒ヘビにかまれMSFの治療を受けるウォーキーさん © Susanne Doettling/MSF毒ヘビにかまれMSFの治療を受けるウォーキーさん © Susanne Doettling/MSF

顔が腫れた一人の女性が、国境なき医師団(MSF)の救急観察室のベッドに腰掛けて血液検査の結果を待っている。ウォーキー・メコネンさんは、納屋で寝ていて小さなヘビに額をかまれてしまった。エチオピア北部アムハラ州は20種類もの毒ヘビの生息地域として知られ、収穫期には農業労働者は毎日のようにヘビを目にする。だが、毒ヘビにかまれてもすぐに治療が受けられるとは限らない。 

出稼ぎに来て毒ヘビに・・・

アブドゥラフィの町から車で30分、モロコシの畑では収穫作業が進んでいた © Susanne Doettling/MSFアブドゥラフィの町から車で30分、モロコシの畑では収穫作業が進んでいた © Susanne Doettling/MSF

肥沃な大地に恵まれたアムハラ州は、巨大な農場でゴマやモロコシ、綿花などが栽培されている。MSFが診療所を運営している州北部の町、アブドゥラフィはこうした農場に囲まれており、8月の収穫期の始まりにはエチオピアの高地から50万人もの日雇い労働者が仕事を求めてやって来る。ウォーキーさんも、仕事を求めてアブドゥラフィにやってきた。4年前に夫を亡くして以来、畑で働く労働者のコックとして、貧しいながらも自分と4人の子どもの暮らしを立てている。出稼ぎの時期は子どもたちを隣の州に住む妹に預けている。

この前夜、ウォーキーさんは額の鋭い痛みで目が覚めた。スルスルと何かが床を横切っていくのが見え、ヘビにかまれたと分かった。作物や農機具をしまってある納屋で、ウォーキーさんは地べたに寝ていた。小さなヘビにかまれただけと、ほっとしたのも束の間、すぐにひどい痛みと腫れが出て、ウォーキーさんは命の危険さえ感じた。知り合いの農業労働者が近くに住むおじのところまで連れて行ってくれた。おじは、アブドゥラフィにあるMSFの診療所では毒ヘビにかまれた人を無料で治していると聞いており、ウォーキーさんを診療所に連れて行った。この頃には、ウォーキーさんの目は腫れてふさがり、なにも見えなかった。診療所で即入院が決まり、注意深く容体を見守ることになった。 

ヘビ毒の抗毒素治療を受けるウォーキーさん © Susanne Doettling/MSFヘビ毒の抗毒素治療を受けるウォーキーさん © Susanne Doettling/MSF

10分後、ウォーキーさんの血液検査の結果が出た。ヘビの毒が体に入っており、抗毒素で治療しなければならない。MSFの准医師、デギフュー・ディレスが点滴を用意し、140分間かけて薬液が腕の静脈へ落ちるように設定する。「最初の10分間が重要で、抗毒素への拒否反応が出ないか丁寧に観察し、確かめる必要があります」とデギフューは話す。「その後数時間、定期的にウォーキーさんの全身の状態とバイタルサインを確認していきます」 

被害者の多くが貧しい労働者

農場へ出稼ぎにきた労働者 多くは貧しい人びと © Susanne Doettling/MSF農場へ出稼ぎにきた労働者 多くは貧しい人びと © Susanne Doettling/MSF

毒ヘビにかまれる人の圧倒的多数は地方に住む貧しい人びとで、農業か牧畜を営む労働者だ。かまれて死ぬ人の数は、世界保健機関(WHO)が「顧みられない熱帯病(NTDs)」としてあげている疾病の中でも最も多い。毎年、世界では推定270万人が毒ヘビにかまれ、10万人余りが死亡、一生の傷と障害が残る人は40万人に上る。

ウォーキーさんは治療を始めて間もなく快方に向かい、5日間入院して完全に回復し、退院することができた。MSFの医師、アーンスト・ンシミイマナは「幸運でした。早く診療所へ来て、よく効く抗毒素で治療を受けられたのですから」と語る。エチオピアでは毒ヘビにかまれても、治療に使われる抗毒素を手に入れられない人が多くいるのだ。「残念ながらこの国ではほとんどの地域で有効な抗毒素が手に入らないか、あっても値段が高すぎます。最も毒ヘビにかまれやすく、治療が必要な人たちに、治療がいきわたっていません」 

労働者たちは夜のうちから明かりもつけずに収穫作業をする © Susanne Doettling/MSF労働者たちは夜のうちから明かりもつけずに収穫作業をする © Susanne Doettling/MSF

出稼ぎ労働者たちは、気温が46~47度に達する日中を避けて夜に農作業を行うことが多い上に、はだしで動きまわり、素手で作物を刈り入れている。特に危険なのはゴマ畑。ゴマはあまり背が高くはならないものの、深く生い茂って育つため、ヘビの隠れ家としてうってつけだ。収穫のときにはしゃがまないとゴマが取れないので、両手足がヘビの攻撃をうけやすい。

アーンスト医師は「多い月には、毒ヘビにかまれた患者を20人も救急観察室に受け入れています」と話す。「遠くの畑で働いていた場合、多くの人が、医療機関に来るまでに何時間もかかってしまいます。ヘビにかまれたときは、時間をおかずにすぐに治療を受けるのが最も重要なのです」 

適切な対応で命が救えるのに

足をヘビにかまれた青年を診察するMSFの医師 © Susanne Doettling/MSF足をヘビにかまれた青年を診察するMSFの医師 © Susanne Doettling/MSF

エチオピアでは、毒ヘビにかまれて医療機関に来る人の数は記録されておらず、保健医療にどれほど負荷があるのかはわからない。だがMSFの記録から問題の深刻さはみてとれる。2017年、MSFはエチオピア国内で609人の患者を治療。そのうち半数を超える322人はアブドゥラフィから来た患者だった。翌年にはさらに増え、2018年末までに治療した患者数はアブドゥラフィだけで647人。この数は、軽度・中等度・重度の症状が出た患者のほか、毒が注入されない警告かみ「ドライ・バイト」も含んでいる。

ヘビにかまれた際の治療は、中毒症状の種類と重症度によってさまざまな方法が使い分けられている。アーンスト医師は説明する。「例えば、2018年10月は115人を治療しているなか、抗毒素が必要な人は22人でした。93人は診療所での処置で済みました。傷の多くは、点滴や疼痛管理、輸血、脚や手足を高く持ち上げるなど、通常の処置で管理できます。必要であれば、傷の感染も処置します」

そんな話をしながらも、アーンスト医師は救急観察室で朝の回診を行う。観察室にいた若い男性は昨晩、家族の農園で作業している最中、ヘビに足をかまれたという。この男性には抗毒素の投与は不要だった。腫れの具合は経過観察で記録され、順調に回復しているようだ。毒ヘビにかまれた人がみんな、このようにすばやく効果的な治療を受けられれば、もっと多くの命が助かるだろう。 

抗毒素を誰もが買える値段に

よく効く抗毒素はエチオピア北部の医療機関ではほとんど手に入らない © Susanne Doettling/MSFよく効く抗毒素はエチオピア北部の医療機関ではほとんど手に入らない © Susanne Doettling/MSF

現在、毒ヘビ被害の予防と治療にはほとんど資金が拠出されず、有効で安い抗毒素が簡単に手に入らないことがネックとなっている。世界保健機関(WHO)は、被害が深刻な地域に生息するヘビの毒に効く抗毒素を各国が選べるような支援を開始した。だが、多くのメーカーが抗毒素製品の製造をやめてしまったため、被害者が抗毒素を手に入れることはいっそう難しくなっている。 

MSFの健康教育担当者が、ヘビにかまれたときの危険や予防を出稼ぎ労働者に説明する © Susanne Doettling/MSFMSFの健康教育担当者が、ヘビにかまれたときの危険や予防を出稼ぎ労働者に説明する © Susanne Doettling/MSF

MSFの病院や診療所では治療は無料だ。しかし通常、抗毒素治療は100米ドル(約1万1081円)以上する。エチオピア北部を含めた農村地帯に暮らす人びとは、最も危険にさらされやすいにもかかわらず、治療費をまかなえない。現地に生息するヘビの毒によく効き、安全で質の高い抗毒素が無償で、あるいは誰でも買える値段で手に入るようにする必要がある。同時に、へき地の農村地帯の医療従事者に、毒ヘビにかまれたときの対応を教えていくことも必要だ。

WHOは、毒ヘビ被害の対応に関するロードマップの実施に動いている。MSFは各国政府、資金拠出者や治療提供者、被害の大きな国とともに、この計画が実施され変化がもたらされるよう、世界のリーダーたちに働きかけていく。 

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