国境なき医師団が中絶手術をするわけ アメリカ人助産師の思い

2019年08月09日掲載

アフリカ大陸のほぼ中央にあるコンゴ民主共和国。その東部の町ワリカレ。国境なき医師団(MSF)は、性暴力の被害に遭ったり、人工妊娠中絶を望んだりする患者の身体と心の治療を続けている。 

アメリカ人のクレア・ハーパー助産師は、安全な中絶手術が受けられる環境の大切さを訴える。日本では想像しにくいかもしれないが、キリスト教徒が大半を占めるアメリカでは、中絶をめぐって、賛成派と反対派が、政治も巻き込んで激しい論争を繰り広げていることが背景にある。

©John Wessels©John Wessels

わたしはワリカレで4ヶ月、リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)のチームリーダーとして働いた。 

北キブ州内には武力衝突が続いている。だが、その中でも、ワリカレは比較的平穏だ。だから、ここでは性暴力の問題はないという声も聞かれた。

しかし、MSFの診療所に治療を受けに来る患者さんたちの存在が、そうではないと教えてくれる。暴力や性暴力を振るわれた人たちだ。  

ある少女とある妻と

ある少女は、母親と一緒に畑へ行った。少女はまだ13歳ぐらいだった。武装した高齢の男が近づいてきて、母親に村へ帰れと命令したという。母親は抵抗したが、男に脅され、なすすべがなかった。男は少女を1日余り監禁した。

男が食べ物を探しに出かけたすきに、少女は逃げ出すことができた。そのときすでに母親から連絡を受けた近所の人たちが捜索を始めており、少女はすぐにケアを受けられた。だが、これは幸運なケース。多くはこうはいかない。

MSFは、少女に緊急避妊薬、HIV予防薬、淋病、クラミジア、梅毒を防ぐ抗生物質、痛み止めを処方した。心をケアするチームにも橋渡しした。B型肝炎と破傷風のワクチンも接種した。1週間後、1ヵ月後、3ヵ月後と通院をしてくれることを願っている。

感染症、HIV、望まない妊娠——被害に遭ってから3日以内にケアを受ければ、どれも予防可能だ。その3日間が経った後でも、わたしたちは医療やサポートをする。

別の女性は、避妊インプラントを外すよう強制された。夫に。

5人目の子どもを2度目となるハイリスクな帝王切開で産んだ。その後、インプラントを入れた。当初夫は協力的だったが、3年が経ち、もっと子どもを求めた。

「もうこれ以上子どもは欲しくない」。彼女はわたしに、きっぱり言った。彼女は出産できないことを責められ、家族から虐待を受けていた。夫は、他の女性たちとの間に、子どもをもうけ始めた。

性暴力は、身体も、心も、むしばむ。この女性に必要なのは、心のケアだけではなかった。性病の症状があった。夫が治療を拒否したために、うつされた。妊娠する可能性もあった。望んでいないのに。

わたしたちは、痛みと感染症の処置をし、HIVと梅毒の検査もした。避妊を勧めたが、断られた。ただ、この診療所に来れば、必要ならいつでも緊急避妊できると伝えた。性病検査と心のケアを受けられることも。

女性は夫と別れるつもりはないという。 

研修

6月初め、「性とジェンダーに基づく暴力」の研修を受け、被害者や、被害の危険にさらされている人たちが求めていることをより重視して、ケアをしている。

ワリカレ・プロジェクトからは、私も含めて10人がこの研修に参加した。ほとんどが初参加のスタッフで、参加できたことがうれしいと何度もわたしに話しかけるスタッフもいたほどだ。

ワリカレのように、やる気溢れるチームで取り組めるのは、本当にすばらしいと思う。

リプロダクティブ・ヘルス、心のケア、健康教育、アウトリーチ活動※——各部門と協力して、ワリカレの地域ニーズに応えていきたい。特に男性への性暴力を含む、様々な形での性暴力についての理解が深まるように活動している。

※医療援助を必要としている人びとを見つけ出し、診察や治療を行う活動。
 

中絶

望まない妊娠をどう防ぐか——性暴力について話し合う際の重要なテーマだ。

MSFはリプロダクティブ・ヘルスに真剣に取り組み、人工妊娠中絶も排除しない。そんな団体で働けることは誇らしい。

コンゴでも、以前に比べれば、特定の事情があれば、安全な人工妊娠中絶を受けることができるようになってきた。レイプ、近親相姦(きんしんそうかん)、母体の健康が脅かされているケースだ。

コンゴ政府がマプト議定書に署名したのが大きなきっかけになっている。女性の権利保護をうたう内容で、アフリカ連合が採択した。ただ、社会で広く受け入れられているとは言いがたい。 

コンゴもアメリカも

中絶はアメリカでも反対の声が根強い。「受精が命の始まりだ」「女性たちは自らの行動の責任をとるべきだ」という主張は、アメリカもコンゴも同じだ。中絶がどの程度受け入れられているかは、プロジェクトによって、大きく異なる。これも、地域ごとに異なっているアメリカと同じだ。

ただ、大きな違いもある。ここでは、医療行為としての安全な中絶を支持する人たちはほぼ全員、危険な人工妊娠中絶をするとどうなるかを、目の当たりにしている。病院で中絶を断られたため危険な中絶を試みた結果、数日後、重い合併症を併発して病院に運ばれて来たケースについて、コンゴ人の医療スタッフらはいくつも教えてくれた。

コンゴにおける母体死亡の原因の30%が、危険な人工妊娠中絶によると推定されている。中絶手術は、複雑ではない。安全な医療処置だ。受けやすくするのは喫緊の課題。MSFがやらなければ、女性が命を落とす。

正直にいうと、中絶処置で、とても悲しい思いをすることがある。女性たちがこの決断を下さなければならない状況に追い込まれたことは悲しい。わたし自身の先入観や価値判断を切り離して考えるのが難しいこともある。

でも、MSFが人工妊娠中絶の処置を施していることを、誇りに思っている。MSFが人口妊娠中絶と一緒に、心のケアと避妊をしていることも素晴らしい。

ただし、MSFは安全な中絶を望む患者の要望があった場合に限って対応している。人工妊娠中絶に関する健康教育はしていない。わたしは、患者に代わって、その人自身や家族にとって何が正しいのかを決める立場にない。でも、良い医療ケアを提供することはできる。 

希望

性暴力と中絶について中心的に書いてきたが、仕事の大半は産科と新生児科診療だ。週4~5日は、陣痛・分娩ユニットで働いている。それでも、ワリカレ・プロジェクトの総合的なリプロダクティブ・ヘルスケアの取り組みに「性とジェンダーに基づく暴力」と人工妊娠中絶を組み込むのは、素晴らしい仕事だった。

リプロダクティブ・ヘルスケアと心のケアを担うこの診療所は“トゥマイニ”と名づけけられた。スワヒリ語で「希望」を意味する。

“トゥマイニ”は確かに、希望を患者と地域にもたらしている。 

 (抄訳)

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