妊産婦死亡率は日本の166倍──「産むも危険、生まれるも危険」 中央アフリカの現実

2023年01月27日
早産で生まれ、MSFが支援する病院の集中治療室で治療を受けた赤ちゃん © Barbara Debout
早産で生まれ、MSFが支援する病院の集中治療室で治療を受けた赤ちゃん © Barbara Debout

病棟にひときわ大きな悲鳴が響き渡った。妹が死んだ──。容体が悪化して病院に運び込まれた妊娠中の妹が、息を引き取ったのだ。病院に着いてわずか数分後の死だった。付き添っていた姉は、なすすべがないまま泣き叫んだ。
 
「もし彼女がもっと早く病院に来ることができていれば、命を落とすことはなかったはずです」。そう嘆くのは、国境なき医師団(MSF)の助産師、アデル・ゲルデ=スウィエンだ。
 
ここは、数十年にわたり紛争が続く中央アフリカ共和国(以下、「中央アフリカ」)。必要な医療が届かない地域が多く、特に妊産婦と新生児の命が危険にさらされている。妊産婦死亡率は世界最悪の水準で、日本の166倍に上る(※)。
 
※10万人当たり妊産婦死亡率 中央アフリカ829人、日本5人 (ユニセフ「世界子供白書2021」) 

適切な産科医療を受ける妊婦はごくわずか

中央アフリカの首都で、MSFが支援しているバンギ市民病院の分娩室。ディビンヌさんは、右手でベッドの柱を握り、左手でオレンジと緑の腰布をつかみながら、何時間も陣痛に耐えている。赤ちゃんの予定日は過ぎ、ディビンヌさんは疲れ切っている。看護師がオキシトシンという子宮収縮の頻度と強さを速めるホルモンを投与したところだ。

このハイリスク分娩専用ユニットでは、30分おきに医療スタッフがディビンヌさんらの健康状態や赤ちゃんの心拍数をチェックし、注意深く経過を見守る。陣痛があまりに長引いた時には、手術室に運んで帝王切開をすることもある。

ただ、お産を控えた中央アフリカの女性にとって、こうした行き届いたケアは一般的と言うにはほど遠い。医療施設や医療スタッフ不足が深刻なこの国では、適切な産科医療を受けている妊婦はごくわずかなのだ。

助産師のゲルデ=スウィエンは、「出産の際、多くの女性は診療所へ行かず、自宅で出産しています。そのような状況では、合併症で母子の死亡につながりやすいのです」と現状を話す。

MSFが支援するバンギ市民病院では、妊婦や新生児の緊急医療を担っている © Barbara Debout
MSFが支援するバンギ市民病院では、妊婦や新生児の緊急医療を担っている © Barbara Debout

お金がなくて病院へ行けない

バンギ市民病院の産科・新生児科の産婦人科医、ノルベル・リシャール・ヌグバル教授はこう説明する。

「中央アフリカでは、人口600万人に対して婦人科医は15人ほどしかいません。農村部を中心に、有資格者は大幅に不足しています。そのため、お産を扱うのは合併症を見つける訓練を受けていない伝統的分娩介助者がほとんどです」

この国では、産むのも生まれるのも危険が伴うのです。

産婦人科医 ノルベル・リシャール・ヌグバル

中央アフリカの妊産婦死亡の多くは、危険な中絶に起因するものだ。さらに、早すぎる妊娠、つまり、少女や女性が安全に出産するには身体が未熟すぎる場合や、自宅出産が原因という場合もある。妊産婦の死の多くは、妊娠期のケアや家族計画などのサポートが受けられれば避けることができるが、中央アフリカの慢性的な医療ひっ迫に極度の貧困が拍車をかけ、状況を厳しくしている。公式には中央アフリカの母子医療は無償だが、お金を払える人しか受けられないものが多いのが実情だ。
 
「人口の7割が1日2米ドル以下で生活しているこの国では、自分の健康を危険にさらすことになろうとも、お金がないために必要な医療が受けられないのです」と中央アフリカでMSFの現地活動責任者を務めるルネー・コルゴは話す。

「患者さんにとって、病院に行くのはお金のかかることです。産前ケアの費用どころか、病院までの交通費もありません。多くの女性は、病院に行くならギリギリまで我慢しようと考えています。ですから、無償で医療を提供することは極めて重要なのです」

28週の早産で生まれた赤ちゃん。治療を受けて体調が良くなってきた。体重はおよそ1500グラムだ © Barbara Debout
28週の早産で生まれた赤ちゃん。治療を受けて体調が良くなってきた。体重はおよそ1500グラムだ © Barbara Debout

「もう危険な出産はしたくない」

8児の母であるカリーヌ・デンバリさんは、MSFの病院を訪れた女性の一人だ。7人目の出産で合併症を経験し、今回は手遅れになってから病院に着く事態は避けたいと考えていた。

「お金がなかったので、最初の子以外はずっと自宅で出産してきました」とデンバリさん。「でも、前回は問題が起きました。赤ちゃんは生まれてきましたが、胎盤が出てこなかったんです。家族が大急ぎでカストールの病院(MSFが以前運営していた産科病棟のある病院)に連れて行ってくれて、無料で診てもらいました。
 
今回は危ないことが起きないように、自宅近くの病院で産むことにしたんです。そこでへその緒で子どもが危険な状態だと分かったので、このバンギ市民病院に運ばれて帝王切開を受けることができました」 

2022年7月の開院を前にMSFが全面改修したバンギ市民病院の産科・新生児病棟は、リスクの高い妊婦や新生児を対象とした緊急医療を担っている。未熟児や呼吸困難などを併発している新生児用の集中治療室などを備え、緊急に対応した診療を行っている病院は国内ではバンギ市民病院以外にほとんどない。

かつて危険な出産で苦しんだ経験から、今回は病院で出産することにしたと話すデンバリさん © Barbara Debout
かつて危険な出産で苦しんだ経験から、今回は病院で出産することにしたと話すデンバリさん © Barbara Debout

母子の命が危険にさらされている中央アフリカにおいて、MSFは各地で女性や新生児を対象に無償で産科救急医療を提供してきた。また、保健省の職員に研修を行うほか、医療施設を改修・整備し、高水準の医療を行えるようにしている。2021年には、MSFは1020件の帝王切開を含む約1万9600人の女性の出産を介助し、MSFが支援する新生児室で1900人の新生児のケアに当たった。
 
ただ、このような医療を中央アフリカ全土の女性と赤ちゃんに届けるためには、さらなる支援が必要だ。「リプロダクティブ・ヘルスケア(性と生殖に関する医療)を受けやすくするために、あらゆる国際パートナーからの積極的な資金援助が求められているのです」と現地活動責任者のコルゴは述べる。「簡単に予防できる理由で、毎日多くの女性と赤ちゃんの命が失われる。そんな現実を変えなければなりません」

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