平均寿命54歳、病院に体温計も薬もない──中央アフリカで続く、世界が目を向けない深刻な人道危機

2023年09月12日
現地の人びとに健康に関する情報を伝えるMSFのスタッフ © MSF
現地の人びとに健康に関する情報を伝えるMSFのスタッフ © MSF

長年にわたってクーデターや内戦などの混乱が続いてきた中央アフリカ共和国(以下、中央アフリカ)。紛争のなかで、医療もまた危機的状況にある。人口 550 万人のうち、適切な医療を受けられる人はほとんどいない。

平均寿命は 54 歳だ。これまで何年ものあいだ、国境なき医師団(MSF)は、各国政府や他の人道援助団体などに向けて、もっと積極的な関与が必要であると訴えかけてきた。しかし、状況は悪くなる一方だ。世界は、なぜこの地に目を向けようとしないのか。

ルイマリー・サビオ医師 © MSF
ルイマリー・サビオ医師 © MSF


「この病院に到着した時、ある種の喪失感に襲われたんです」

そう語るのは、ルイマリー・サビオ医師だ。以前はMSFに所属し、中央アフリカの南東部に位置するバンガスー市で活動してきた。2023年初頭、バンガスーと同じ州内にあるバクマという地域で、病院運営に当たることになった。

サビオ医師は語った。

「12年間、この病院には医師が1人もいなかったんです。衛生補助員1人で運営されていた。『病院』と呼んでいいのかも分からない状況ですよね。電気も通っていない。救急車もない。ベッドはあるけどマットレスがない。私がこの病院に入った時には、体温計、血圧計、パルスオキシメーター(血中酸素飽和度の測定装置)、血糖値測定器、すべてなかった。薬局も、薬を1つも置いていなかったんです」

 サビオ医師がさらに説明した。

「私たちは今、18人のスタッフで病院を運営しています。そのなかで医師は私だけです。電気がないので、超音波検査やX線検査はできません。手術室にもほとんど何もない。薬が必要な患者さんがいても、私たちにできるのは、その患者さんを街まで送って、必要なものを見つけてくれるのを祈るだけです」

中央アフリカの公衆衛生危機

これが、中央アフリカ各地の医療施設の実状だ。
 
世界保健機関(WHO)と中央アフリカ保健省が最近、発表した報告書によると、同国の医療施設のうち、完全に稼働しているのは半分以下。医師の割合も、人口1万人に対して医師0.6人であり、世界最低レベルだという。
 
産婦人科医も不足しているので、妊娠中の女性も、死のリスクを常に背負っている。5歳未満児の死亡率も、世界最高水準にある。

サビオ医師が運営する病院にある、マットレスのないベッド © MSF
サビオ医師が運営する病院にある、マットレスのないベッド © MSF

MSFだけでは対処できない

MSFは世界75の国と地域で活動しているが、中央アフリカでの活動は最大規模のものの1つで、約2800人のスタッフを擁している。

MSFがどこにでも赴いて活動できるわけではなく、医療ニーズは忘れ去られたままだ。近年は内戦もいくらか落ち着いてきたが、それでも、この地域に入ろうとする人道援助団体は少ない。経済的状況は困難を極め、医療施設には水道もひけず、電力も供給されない。MSF単独ではどうすることもできない、深刻な医療危機が目の前に広がっている。

バンガスーでMSFの移動活動担当看護師チームリーダーを務めるペレ・コトガウは、こう語る。

「目の前の現実に対する無力感に苦しむ日々です。下痢の子どもたちを治療することはできても、井戸を掘ることまで手が回らない。結局、人びとは浄水処理されていない水を飲むしかないのです。マラリアもそうです。MSFでは、マラリア陽性検出率が90%に達する診療所に赴いて、子どもたちへの無償治療に当たっています。しかし、蚊帳の配布といった予防措置までは手が回らない。ときには、他の団体が手助けに来てくれますが、それほどの頻度ではない。私たちMSFは、この地で活動に取り組むたびに孤独感を強めています。MSFだけで全てに対処するのは、明らかに困難なのです」

バイクの上で死んだ赤ちゃん

MSFの支援だけでは足りない──そのことは、バンガスー病院を見れば明らかだろう。

この病院は、他施設では治療できない病にかかっている人びとにとって最後の希望だ。実際、昼夜を問わず患者が押し寄せ、ときには、バイクで何百キロも悪路を飛ばしてくる人もいる。よそでは必要な治療や薬が手に入らないからだ。

例えば、4歳のギーくんは昏睡状態で運ばれてきた。いわゆる「1型糖尿病」を患っている。生涯にわたってインスリン注射が必要な病気だ。両親が自宅から100キロ以上離れたバンガスー病院にギーくんを連れてきたのは、自宅近くの病院にインスリンがないからだ。

新生児のルネーちゃん(仮名)は、重度栄養失調のため、3回目となる集中治療室への入院が決まった。以前、ある国際NGOがバンガスーで運営していた栄養失調予防プログラムが打ち切られたからだ。

20歳のファニーさんは、サビオ医師の運営するバクマ病院から130キロかけてバンガスー病院まで移送されてきた。バクマ病院には、彼女の背中の傷を治療するのに必要な薬と器具がないからだ。

サビオ医師は言う。

「普通だったら、ファニーさんのような患者さんは、うちの病院が治療すべきです。しかし、うちの病院の実情は、もうご覧になったでしょう。医療インフラが整っていない以上、本来であれば移送しなくてもいい患者さんまで、バンガスーまで移送せざるを得ない。ときには、患者さんの容体が不安定なまま運ぶこともあります。先日は、救急車がなかったので、バイクに赤ちゃんを乗せて、バンガスーまで救急搬送しました。しかし、移送前から容体が不安定だったため、結局、赤ちゃんはバイクの上で亡くなったのです」

サビオ医師の病院の壁には今も弾痕が残る © MSF
サビオ医師の病院の壁には今も弾痕が残る © MSF

国際社会は何をしているのか?

「中央アフリカの医療環境は確かに劣悪です。しかし、それと同じぐらい、私は国際社会の関心の低さにショックを受けているんです」──。そう語るのは、中央アフリカにおけるMSF活動責任者のルネー・コルゴである。

「中央アフリカの危機と、現地の人びとの窮状は、世界にほとんど知られていません。この国に寄せられた人道援助資金は、実際に必要な額をはるかに下回っています。現地の治安が悪い上に、物流経路を確保するのが難しいこともあって、各NGOも、援助を必要としている地域に入りにくい。手をこまねいているあいだにも課題は山積する。国際社会は何をしているのでしょうか。中央アフリカは世界最悪の人道危機下にあるのです。現状をこのまま放置してはならないはずです」

国際社会の意識を変えるには、中央アフリカの現状を直視する必要がある。国際社会全体が協力しなければ、この国の人道危機はいつまでも続きかねないのだ。

栄養失調で入院した子を抱える母親 © MSF
栄養失調で入院した子を抱える母親 © MSF

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