誰にも知られない中央アフリカ 暴力と避難が人びとの日常に 水も医療も深刻な不足

2022年06月08日
MSFが開始した予防接種キャンペーンに並ぶ女性と子どもたち=2022年5月4日 Ⓒ MSF
MSFが開始した予防接種キャンペーンに並ぶ女性と子どもたち=2022年5月4日 Ⓒ MSF

長きにわたり各地で激しい武力紛争が繰り返されている、中央アフリカ共和国(以下、「中央アフリカ」)。国際社会からほとんど注目されることのないこの国で、いま、多くの人びとが住む場所を追われ、死と絶望の道のりを歩んでいる。
 
今年の始めには、中部イッピー地域で反政府勢力と政府軍の衝突が再燃。暴力から逃れるため、郊外の村々から人びとがイッピーの中心地や避難民キャンプに押し寄せた。
 
国境なき医師団(MSF)は2022年2月、イッピーへ緊急対応チームを派遣。MSFのスタッフと避難を強いられた人びとが、現地の状況を語った。

避難の道のり 途中で亡くなる人も

「武力衝突が起きたため、隣の村に逃げましたが、そこも襲われました。3人の息子が殺害され、集団墓地に埋葬しました。避難してからずっと眠れません」
 
妻と子どもたちとともに、地元から40キロ先にあるイッピーのイエトマネ避難民キャンプに身を寄せたジェレミィさんはそう語る。

避難民キャンプのシェルター前に佇む、ジェレミィさんと妻のロジーヌさん、その子どもたち  Ⓒ MSF
避難民キャンプのシェルター前に佇む、ジェレミィさんと妻のロジーヌさん、その子どもたち  Ⓒ MSF

オルガさんとジャン・クロードさんは6人の子どもを連れて、約140キロを移動し、ボグーヨ避難民キャンプにたどり着いた。
 
「1週間歩き続けました。お年寄りも、子どもも、病人も一緒です。途中で亡くなった人もいましたが、埋葬もできず、遺体を茂みの葉っぱで覆うのが精いっぱいで、そのまま置き去りにするしかありませんでした。子どもたちもその一部始終を目にしています。あんな光景、忘れることができるのでしょうか……」

オルガさんと子どもたち。2022年1月に家族でボグーヨ避難民キャンプにたどり着いた Ⓒ MSF
オルガさんと子どもたち。2022年1月に家族でボグーヨ避難民キャンプにたどり着いた Ⓒ MSF

水、衛生、予防接種… MSFの迅速な対応

2022年2月、MSFはイッピーへ緊急対応チームを派遣し、ジェレミィさんたちのような最も弱い立場に置かれ困窮している人びとに必要な医療援助を届けた。

「避難民キャンプでは最低限のニーズも満たされておらず、水・衛生関連の病気のリスクを抑えることが最優先でした。緊急期には、トイレ269基と複数の給水所を設置し、石けんと貯水容器の配布も行いました」。中央アフリカのMSF活動責任者ルネ・コルゴはそう説明する。

給水所の設置により、確保できる飲み水は1日1人当たり1.6リットルほどから15リットルに拡大。他団体が参入すると給水所の管理をそちらへ移し、MSFは地元の2つの診療所に支援を集中させた。

ボグーヨ避難民キャンプに設置した緊急給水所 Ⓒ MSF
ボグーヨ避難民キャンプに設置した緊急給水所 Ⓒ MSF

「避難した人びとは基礎的な医療は利用することができていました。ただ、特にリスクの高い子どもや妊婦などがかかるような複雑な医療ケースには、より適切なケアが必要でした。そこで、小児・新生児科医療や妊娠合併症への管理、これらの医療施設への患者紹介を強化するため、スタッフを配置し設備を提供しました」

わずか2カ月間でMSF の支援により381人の子どもが入院。そのほとんどが重度のマラリアにかかっていた。また、妊娠合併症の女性31人へ医療ケアを提供し帝王切開20例を実施するとともに、患者12人をより難しい治療のため、バンバリ市の施設に引き継いでいる。

さらに、5月上旬には、はしか、ポリオ、黄熱、髄膜炎、結核といった病気への基本的な予防として、10歳未満の子ども約2万人と妊婦9000人を対象に、集団ワクチン接種を開始。この活動はイッピーの都市部から始まり、新型コロナウイルス感染症の予防接種も含め、7月まで継続する予定だ。

イッピーで予防接種キャンペーンを開始=2022年5月4日 Ⓒ MSF
イッピーで予防接種キャンペーンを開始=2022年5月4日 Ⓒ MSF

いまも過酷で不安定な人びとの暮らし

現在、イッピーの状況はやや落ち着き、住民は村に戻ったり、都市部に定住し始めたりもしている。しかし、長きにわたり治安の混乱と避難が繰り返されたこの地域では、人びとの置かれた境遇はいまも過酷で不安定だ。

「避難民キャンプに滞在する人の数は減っていますが、この地域のニーズが非常に大きいことに変わりはありません。直近の避難のずっと前から、イッピーで人びとが利用できる医療と水は限られていました。今回の事態で、その状況がさらに悪化してしまったのです。多くの人が医療費や食費を払うことができず、貧困に苦しんでいます。また、避難の際に受けた身体的・性的暴力や、避難先の環境によって心に傷を負っている人もいます。継続的な支援が必要なのは明らかです」とコルゴは指摘する。

多くの人びとが避難した、イエトマネの避難民キャンプ Ⓒ MSF
多くの人びとが避難した、イエトマネの避難民キャンプ Ⓒ MSF

「これからいったいどうなるのでしょう……?」

「牧畜を生業にしているのに、村から逃げる時に家畜をすべて失いました」と家族とともにフルベ避難民キャンプに身を寄せるアンドレさんは話す。「こちらでは、農作もできません。どこに行っても、誰かがやって来て、『そこは自分たちの土地だ』といい、追い払われてしまうんです。木切れや落ち葉を拾わせてもらうことすらできません。これからいったいどうなるのでしょう……?」

このような絶望的な訴えは、ジャン・クロードさんとオルガさんからも聞かれる。

「今後ですか? 今日の食事にありつけるかもわからないのに、未来の話ができますか? 先のことはわかりません。ただ、いつか村に戻って、人生をやり直したいと思っています」。ジャン・クロードさんがそう話す一方、妻のオルガさんは村へ戻ることにそれほど期待を抱いていない。

「村には何も残っていませんし、襲われたり病気になったりしないかを心配しながら暮らさなければなりません。最寄りの診療所も25キロ以上離れていて、うちの子どもたちはワクチン接種を受けたこともないんです。村全体でも、これまでに接種済みの子がいるかどうかもわからないくらいです。あそこに戻る自分の姿が想像できません」

「いつかは村に帰りたい」と語るジャン・クロードさん Ⓒ MSF
「いつかは村に帰りたい」と語るジャン・クロードさん Ⓒ MSF

イッピーの状況は残念ながら、中央アフリカ国内の多くの地域の実態を映す一例に過ぎない。この国では長年の断続的な紛争が、平均寿命、妊産婦死亡率、栄養失調、医療の不足など、世界でも最も深刻な状態に拍車をかけてきた。国連の最新報告によると、国民の約30%が難民または国内避難民であり、60%以上に人道援助が必要とされている。

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