「もう助からないと思った」 中央アフリカ、大統領選による混乱と届かない医療

2021年01月14日
MSFが支援する病院に、瀕死の状態に陥った息子を連れてきた母親 © Adrienne Surprenant / Collectif / MSF
MSFが支援する病院に、瀕死の状態に陥った息子を連れてきた母親 © Adrienne Surprenant / Collectif / MSF

内戦が続いてきた中央アフリカ共和国(以下、「中央アフリカ」)で、昨年末に大統領選挙の投票が行われた。投票前から武装集団による攻撃が起こるなど、混乱が続いている。長年にわたり苦難の中を生きてきた住民の声とともに、現地の状況を伝える。 

選挙で武力衝突が激化

昨年12月27日に行われた大統領選・国民議会議員選に伴い、中央アフリカでは武力抗争が多発。1月3日には、南東部のバンガッスー市を、武装した集団が掌握した。国境なき医師団(MSF)は、この衝突による負傷者12人を地域の大学病院へ搬送し、応急手当を行った。12月下旬以降、他の地域でも混乱に伴う負傷者を100人以上治療してきた。

患者とスタッフの安全リスクが著しく高まったことから、MSFはやむなく一部の活動を縮小・中断したものの、国内で行ってきた支援の大部分は継続している。MSFはすべての勢力に、保健医療従事者の活動を妨げず、民間人と人道援助従事者の保護という義務を順守し、保健医療施設・救急搬送車・医療スタッフ・患者・介護者に配慮することを求めている。 

意識不明に陥った9歳の息子

中央アフリカでは人道危機が続き、人びとが保健医療を受けられる機会が限られてきた。9歳のアブーバカル君も、必要な医療を受けられずにきた一人だ。

「アブーバカルはもう助からないものと思っていました」そう話すのは、おばのクララさんだ。村からバイクで運ばれ、国境なき医師団(MSF)が支援する病院へ担ぎ込まれた時、アブーバカル君(9歳)は舌が口から出た状態で、意識不明でけいれんを起こしていた。

病院での診断は、脳マラリア。アブーバカル君は治療を受け、来院後3日目に意識を取り戻した。1週間後には補助があれば歩けるようになり、集中治療室から小児病棟に移ることができた。

母親のリディさん(ページ冒頭の写真)はこう話す。「村には診療所の建物はありますが、お医者さんもいないし、薬もないので、子どもを連れて行ったり、私自身が受診したりすることもできません」
妊娠や子どもの体調不良で診察が必要な場合は、村から20キロ以上離れたこの病院を目指す。

リディさんはこれまでに流産を3回経験し、子どもを2人失っている。1人は森で行方不明になり、もう1人は急に体調を崩し亡くなったという。いま生きているのはアブーバカル君だけだ。 

医療スタッフと小児病棟の中を歩くアブーバカル君 一時は命の危機にあった © Adrienne Surprenant / Collectif / MSF
医療スタッフと小児病棟の中を歩くアブーバカル君 一時は命の危機にあった © Adrienne Surprenant / Collectif / MSF

この国では治せない…… 治療の限界を前に

生後9カ月のリャナちゃん。呼吸困難に陥って病院に運ばれ診断を受けたところ、心臓に疾患があることが分かった。現在の中央アフリカ国内では、治療の手立てがない。

母親のエサトゥさん(20歳)は心理ケアのカウンセリングを2回受けたものの、娘の病状の重さをなかなか受け入れられずにいる。
「少しは良くなってきています。もう熱はありませんし……。以前のように吐くこともなく、身体も大きくなりました。具合が良くなって、うちに帰れることだけを願っています」

母親の期待の一方で、医師らが説明する状況は厳しい。肺炎の治療を施したが効果が見られず、胸部X線で心臓の異常肥大による「肺の上の陰」を発見。処方した心臓治療薬は、投与があまりにも長期に及ぶと別の心疾患を引き起こす恐れがある。用量の見極めや薬の変更に必要な検査は国内では行えず、リャナちゃんに必要な手術も国外でなければ不可能だ。かつて緊急手術のための医療搬送を担っていたNGOの活動が中断されており、助けは望めない。

7週間余りの入院を経て、MSFは心疾患が原因の合併症を全て治療した。しかし自律呼吸ができないため、ボンベからの酸素吸入で命をつないでいる。そんなリャナちゃんを、エサトゥさんが優しく抱きしめている。 

心臓に疾患のある娘を抱く母親 国内での治療は難しい状況だ © Adrienne Surprenant / Collectif/MSF
心臓に疾患のある娘を抱く母親 国内での治療は難しい状況だ © Adrienne Surprenant / Collectif/MSF

銃撃戦の日に運ばれた妊婦

妊娠9カ月のマリーさん(19歳)のけいれんが始まったのは、12月6日の深夜だった。翌日にすぐ、マリーさんと子どもの命を案じた交際相手の男性が、バイクの後部座席に乗せてMSFが支援する病院に運び込んだ。

病院でマリーさんはけいれんの原因が「子癇」と呼ばれる高血圧症なのだと知らされた。こうした状況では通常、医療者が早期出産のため陣痛を促進し、赤ちゃんの負担を軽減するとともに、母親の命の危機を避ける。しかし、マリーさんの来院した12月7日はバンバリで銃撃が発生。何時間かに渡って銃弾と砲弾が飛び交い、市内の活動は停止に追い込まれ、医療スタッフも出勤できなくなった。

翌12月8日、マリーさんは緊急帝王切開を受けた。けいれんで執刀には困難が伴ったが、母子ともに無事に手術が完了。マリーさんは家族と交際相手の男性に寄り添われる中で意識を覚ました。

MSFは中央アフリカ各地で医療援助活動を展開するとともに、中央アフリカから隣国コンゴ民主共和国に避難した人びとへの支援強化の検討を進めている。 

帝王切開で無事に赤ちゃんを出産 © Adrienne Surprenant / Collectif/MSF
帝王切開で無事に赤ちゃんを出産 © Adrienne Surprenant / Collectif/MSF

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