糖尿病の新治療薬、価格をもっと下げられる──国境なき医師団の研究で明らかになった結果とは

2024年05月09日
レバノン北部の仮設住宅で、おもちゃに囲まれながらインスリンペンを掲げる少女。幼い頃に1型糖尿病と診断され、MSFの診療所に通いながら治療を続けている=2023年5月29日 © Carmen Yahchouchi/MSF
レバノン北部の仮設住宅で、おもちゃに囲まれながらインスリンペンを掲げる少女。幼い頃に1型糖尿病と診断され、MSFの診療所に通いながら治療を続けている=2023年5月29日 © Carmen Yahchouchi/MSF

糖尿病の治療に使われる、新しいタイプの薬「GLP-1受容体作動薬」。米国では、想定されるジェネリック薬(後発医薬品)の4万%近い高値で売られており、低・中所得国では到底、入手できない価格となっている。

ペン型インスリン注入器を使ったこの治療法は、バイアル(小瓶)や注射器を使用する従来の治療法に比べて、30%程度、価格の引き下げが可能なはずだ。

これについて、国境なき医師団(MSF)は2024年3月、米国医師会の医学雑誌「JAMAネットワーク・オープン」に研究論文を発表し、新しい糖尿病治療薬とペン型インスリン注入器について、企業が法外な利益を得ているとして2つの重要な研究結果を公開した。

政策立案者、政府、調達担当者がこの研究結果を活用すれば、低・中所得国をはじめ世界中の糖尿病患者にとって、治療薬が大幅に購入しやすいものとなる。

ケニアに住む20歳の女性が、糖尿病治療のために日々使用している注射器や血糖値を測定する機器=2021年5月11日 © Paul Odongo/MSF
ケニアに住む20歳の女性が、糖尿病治療のために日々使用している注射器や血糖値を測定する機器=2021年5月11日 © Paul Odongo/MSF

「ジェネリック価格の4万%近い高値」との試算

論文が示す重要な研究結果の一つ目は、デンマークの製薬会社ノボノルディスクと米国の製薬会社イーライリリー社が、それぞれ「オゼンピック」と「トルリシティ」という名称で販売している新しいタイプの治療薬、GLP-1受容体作動薬に関するものである。

どちらも高所得国では日常的な使用が推奨され、治療ガイドラインにも記載されている。しかし、世界保健機関(WHO)の糖尿病治療勧告には掲載がなく、最近まで必須医薬品リストにも載っていなかった。また、低・中所得国の国内治療ガイドラインにも含まれていない。
 
MSFの研究によれば、GLP-1受容体作動薬は1カ月あたりわずか0.89米ドルで販売可能だ。ところが、1か月あたりブラジルでは95ドル、南アフリカでは115ドル、ラトビアでは230ドル、アメリカでは353ドルとなっており、ジェネリック薬の想定価格の3万9562%を上回る額になっている。

というのも、現在GLP-1を製造しているのはノボノルディスクとイーライリリーのみで、価格の引き下げにつながるジェネリック薬製造の前に、医薬品や注射デバイスに関する知的財産の壁が立ちはだかっている。
 
ジェネリック薬が実現すれば、世界的な需要を満たし価格の引き下げにも有効となるが、二社は低・中所得国向けの価格さえ発表せず、他メーカーが製造できるようなライセンス供与もしていない。

また、これらの薬はダイエット目的でも使用されるが、高所得国でさえ、その膨大な需要を満たせていない。つまり、糖尿病患者の多くは、薬を手にできないのが現状なのだ。

「ノボノルディスクとイーライリリーだけでは、世界的な需要に見合うだけの供給は到底不可能です。増産抑制策をすぐにでもゆるめ、製造できるメーカーを世界各地で増やさなければ追いつけません」とMSFアクセス・キャンペーンの薬剤師コーディネーターであるクリスタ・セプチは話す。

画期的な新薬なのに、これらの医薬品は低・中所得国にいる数億人の糖尿病患者の手から遠ざけられたままです。

MSFアクセス・キャンペーンの薬剤師コーディネーター クリスタ・セプチ

血糖値を測定するケニアの少女。10歳の彼女は、MSFスタッフから注射の仕方を教わり、自ら腕に注射を打っている=2021年5月11日 © Paul Odongo/MSF
血糖値を測定するケニアの少女。10歳の彼女は、MSFスタッフから注射の仕方を教わり、自ら腕に注射を打っている=2021年5月11日 © Paul Odongo/MSF

計算上では大幅なコストダウンが可能だが──

論文の2つ目の重要な研究結果は、ペン型インスリン注入器に関するものだ。糖尿病患者は、バイアルからインスリンを注入するために毎日何本もの注射器を使用するよりも、ペン型注入器の方を好んでいる。ペン型の方が、投与精度も安全性も高いからだ。
 
このことは、合併症を発症しても血糖値モニタリングを行えるか不確かで、医療の選択肢も限られている地域の人びと──つまり、MSFが介入せざるを得ないような、治安が悪く危機的な状況下で暮らす人びとにとって、特に重要となる。

だが、上記二社がペン型注入器に高値をつけているため、低・中所得国での入手は不可能に近く、人道援助機関でもあまり利用されていない。

MSFの調査によると、薬剤充填済みのヒト用*ペン型インスリン注入器1本は、後発品の推定価格わずか0.94ドルで利益を上げて販売できるとしている。しかし、現状、南アフリカでは1.99ドル、インドでは5.77ドル、フィリピンでは14ドル、アメリカでは90.69ドルで販売されている。

同様に、持効型(長時間作用型)で薬剤充填済みのペン型類似体インスリンの後発品の推定価格は1本1.30ドルだが、南アフリカでは3.00ドル、インドでは7.90ドル、フィリピンでは25.20ドル、アメリカでは28.40ドルだ。
 
つまり、インスリンと注射に必要な器具の費用を含めると、ペン型インスリン注入器は、上記二社が価格を下げれば、旧式で使い勝手の悪いバイアルと比較して、より購入しやすい選択肢となり得る。

インスリンをペン型注入器で投与する高所得国の標準治療の費用は患者1人当たり年間111ドルで、バイアル入りのヒトインスリンより30%安い。したがって、このようなダブルスタンダードの治療継続は容認できないうえ、このコスト調査に基づけば不必要ということになる。

患者を後回しにはできない 今すぐ価格引き下げを

レバノン北部に住む16歳の少年。<br> 1型糖尿病と診断され、MSF診療所から提供された<br> インスリンペンで注射を行っている<br> =2023年5月3日 © Carmen Yahchouchi/MSF
レバノン北部に住む16歳の少年。
1型糖尿病と診断され、MSF診療所から提供された
インスリンペンで注射を行っている
=2023年5月3日 © Carmen Yahchouchi/MSF
38カ国でインスリンを使用している400人余りを対象に、MSFと1型糖尿病患者のアドボカシーを行う非営利団体T1Internationalが行った共同調査によると、82%がペン型インスリン注入器の使用を選んだ。正しい量の投与がより簡単で、痛みも少なく、人前で使っても偏見を持たれることが少ないからだ。

レバノンで糖尿病患者にペン型インスリン注入器を処方したMSFスタッフによると、人びとのQoL(生活の質)へのインパクトが大きかったほか、治療順守率の向上という結果が得られた。

また、ペン型インスリン注入器と持効型インスリン類似体製剤は最近、WHOの必須医薬品リストに収載された。このリストは、各国が自国の必須医薬品リストと調達計画に優先順位をつけるために使用するものである。

「この共同調査によって、ヒトインスリンと類似体インスリンの両方にペン型インスリン注入器を使用した方が、バイアルから毎回注射するタイプのヒトインスリンより購入しやすい価格になることが明らかになりました。低・中所得国の人びとにとっては、注射器使用が唯一の選択肢であると考えられてきたにもかかわらず、です」と非感染性疾患顧問であるヘレン・バイグレーブ医師は語る。
 
「インスリンのコストと注射に必要な器具を計算に含めれば、ペン型インスリン注入器や新しいインスリンに高値をつけなくてはならないという神話は崩れます。現在、英国にある私の診療所で、これからインスリン補充療法を始める方に、注射器によるインスリン注射を勧められる人などいません」

患者を後回しにして天文学的な利益を追いかける製薬会社に「待った」をかけ、ペン型インスリン注入器の価格を大幅に引き下げれば、糖尿病治療におけるこの世界的なダブルスタンダードに終止符を打つことができるのです。

非感染性疾患顧問 ヘレン・バイグレーブ医師

糖尿病の患者は世界で5億3700万人に上る。高所得国だけの病気ではなく、低・中所得国でも患者が増えている。アフリカでは2045年までに134%増加すると予測されている。世界でインスリンを必要としている人の半分しか、インスリンを手に入れることができていない。MSFの活動でも糖尿病の診療件数は大幅に増え、2022年には全世界で合計20万5122件の糖尿病関連の診療を行った。

*インスリンはヒトインスリンとインスリン類似体(アナログ)に分類され、作用発現時間と作用持続時間によって細分化されている。インスリン類似体の基本構造はヒトインスリンと似てはいるが、注射後の作用発現と持続時間を変えるように改良されており、糖尿病患者にとって、より柔軟な使用を可能にしている。

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