2024年8月9日~10日に東京で開催された第56回日本医学教育学会大会で、国境なき医師団(MSF)は日本赤十字社とともにワークショップを開催しました。
本ワークショップでは、実際の医療援助活動の内容を紹介するだけでなく、国際医療が日本の医学教育に与えるメリットや、医療援助活動を志す医療従事者に対し日本で教育する立場として求められることをテーマに、座長である久留宮隆医師(MSF)、横江正道医師(日本赤十字社)のもと、各演者からの発表とディスカッションを行いました。朝早くからのセッションにも関わらず、多くの方が参加してくださり、海外派遣活動とそれに対する教育について関心の高さが感じられました。
MSFの板本孝太医師は、自身の経験をもとに、紛争地域や途上国で活動する外科医は日本のように専門領域だけに関わるのではなく、領域横断的にあらゆる専門科の診療を行う必要があることを説明しました。また、こうした経験から、診断能力や救急外来での対応力などを、日本でも生かすことができると伝えました。さらに、MSFでは診療技術だけでなく、語学力や多様性についても学ぶことができ、このような人材を育成することは日本の医療にとって意義があると話しました。一方で、日本の医療教育では狭い領域での高い専門性が求められるが、MSFに参加したいと考えている医師は、自らが領域横断的な技術を身に付けるための機会を作っている現状を説明し、こうした人材の育成について日本で制度化するには難しい点が多いが、まずはこのような人材に価値があることが広く認識されることを望んでいると訴えて、発表を終えました。
MSFの黒崎伸子医師は、かつて女性外科医として活動することの壁を感じ、ジェンダー平等のために諸外国視察やNGO女性代表として国連総会に参加するなど、幅広い活動を行ってきたことを紹介しました。40代に入ってから参加したMSFの話では、限られた医療資源や異なる優先順位、入院治療の限界といった、現地の医療活動で直面した課題について説明しました。その経験から学べることとして、国内の医療人材が不足する地域でも診療できる技術や自信が身についたことや、医師以外のチームメンバーとともに医療の質の向上を図ることなどを挙げました。さらに、日本において国際医療に関わる人材の育成・支援を行うためには、多様な社会背景への理解を深めることや、社会情勢に対応できる医療機関の整備、チーム医療におけるさまざまな意見の受容、リスキリングの機会提供・推進の必要性を伝えました。
日本赤十字社の横江正道医師は、「海外派遣活動」と「日本赤十字社での教育」の両方を経験した立場として発表しました。自身の活動では、日本で経験しないような疾患の治療や医療体制の構築に苦労したことを伝え、課題として、感染症の体系的な知識や戦傷外傷、妊産婦ケアに関する知見が不十分だったことを挙げました。日本では専門領域以外の学びを得ることは難しいため、国際赤十字などが提供する国外の学習機会を活用すること、一方で、日本において教育体制が整った臨床研修病院で経験を積むこと、経験学習サイクルを組織・個人で展開することなど、国際赤十字と国内のそれぞれのリソースを体系的に組み合わせた人材開発・技能教育の重要性を訴えました。さらに、今後の医療教育の課題として、正解がない現場での決断力や管理能力の向上、国際的視点の養成などを挙げ、さまざまな職種が環境の変化に即して、効果的かつ安全に現地で活動できるよう、人材開発・技能教育が必要であると話しました。加えて、General Mindを持った医療者の育成・維持が、今後の国際活動および日本の医療において重要であると伝えました。
ディスカッションでは、まず紛争地での役割と日本の医学教育の現状について討論しました。板本医師と横江医師から、国内でさまざまな経験を積むために、MSFは個人の努力による部分が多い一方、日本赤十字社は各地に病院を保有しているため、ある程度の環境は整っているといった両組織の違いが挙げられました。とは言え、日本赤十字社でも個々の努力は必要であり、初期研修病院が重要だという意見も出ました。また、黒崎医師からは、過去と現在の研修体制を比較すると、過去の方が多くの診療経験を積むことができ、自分の診断能力や最新の医療機器に頼らない、診断技術を身に付けることができる機会が多かったとの意見があり、現代ならではの課題も挙げられました。さらに、MSFで活動にあたっては医局に所属しながら参加することが困難な場合が多く、医局から離れなければならない人もおり、キャリアの多様性を受容するような医局の体制を整えることも必要であるという意見が挙がりました。日本赤十字社においても、海外での活動に向けた教育をしても、人事異動によってなかなか活動に至らない医師もいるとのことで、人材確保の難しさを伝えました。
海外で活動する医療者を送り出すことによる、日本の医療社会への恩恵や効用というテーマでは、板本医師は海外派遣の経験から、外傷患者や希少な症例に対する助言や対応ができることにより、組織として幅広い疾患に対応するための一助になることができると回答しました。また、黒崎医師からは日本でもさまざまな疾患、国籍、宗教や慣習の異なる患者が受診することが増えてきている中で、海外での活動経験のあるスタッフがいることにより、そのような患者の存在に意識を向けることができるようになると述べました。また、海外派遣だけでなく、育休や病休など国内でも状況により同じ医療チームで対応できるとは限らない中で、医療のクオリティを維持できるようチームとして準備することができると回答しました。横江医師は、国際医療活動に参加することによって、組織におけるロールモデルとして他の医療者に影響を与えることができると語り、同僚や部下が国際活動を目指すとき、自身の経験をもとにしたアドバイスや、国内の体制を整備するという面でも貢献できると回答しました。最後に久留宮医師からは、日本の医療現場ではデータやCT検査などに頼る傾向になっているが、「検査をして終わり」とするのではなく、医学教育として問診や触診など機器や検査だけに頼らない技術や判断力の向上などについて、今後考えていく必要があるのではないかとのコメントがありました。
質疑応答では、卒前教育として海外派遣活動の存在を伝えるための方法、また、学生が海外派遣活動を希望しているときのアドバイス方法について質問がありました。黒崎医師からは、学生が興味を持ち、行きたいというモチベーションを保ち続けることが大切であると答えました。そのために、まずはいろいろな知識を身に付けてほしい、そして、前提として「プロフェッショナルになること」が必要だと伝えました。板本医師は、さまざまな科の技術習得が必要ではあるが、まずは自分の診療科においてマネジメントできることが重要であり、目の前のことをきちんとやるということをアドバイスしてほしいと回答しました。
多くの意見交換や質疑応答により、予定の30分間を超過してしまうほど活発なワークショップとなりました。
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