事務局からのお知らせ

国境なき医師団における組織的差別と人種主義への取り組みについて

2022年02月08日

2020年、新型コロナウイルス感染症の世界的大流行(パンデミック)によって明らかになった深刻な不公平は、世界各地の人種的不平等の是正を求める運動と結びつきました。その際、多くの草の根の声が国境なき医師団(MSF)にも寄せられ、団体内の差別と人種主義に関する取り組みも不十分だとして非難の声が上がりました。

これらについて、MSFは長年にわたり解決に向けて意識を高め、努力してきましたが、その取り組みには大幅な遅れがあることを認めています。2020年7月、MSFは、多くのスタッフや患者が訴えている痛みや苦悩を認識し、団体内の差別や人種主義に取り組むことを公に約束しました。MSFは団体内から求める声が上がっている変革に率先して取り組むことを約束し、喫緊に具体的な行動が必要な課題として、以下の7つを挙げました。

1. 虐待および不適切な行動の管理
2. スタッフの報酬(報酬および福利厚生を含む )
3. リスクへの対応—安全確保とセキュリティ
4. 人材の採用と育成
5. 広報と資金調達
6. MSFが医療・人道援助を届ける患者と地域社会に対する援助の基準
7. 経営陣のガバナンス(統治)とMSFの多様性を反映させた団体内の権限バランス

この取り組みを開始してから約1年半が経過したいま、現在の状況と、さらに多くのことを行う必要があることをご報告します。

「MSFは、スタッフ、アソシエーションメンバー、協力パートナー、寄付者の皆さま、そして支援を届けようとしている活動地の皆さまが、具体的なアクションを注視していることを認識しています。MSFがより良い方向に向かって変革できるかを注意深く見守ってくださることを歓迎するとともに、取り組みの失敗、進捗、達成に対して説明責任を果たすことをここにお約束します」

MSFインターナショナル会長 クリストス・クリストゥ

ここに掲載されている情報は、全ての取り組みを網羅したものではありませんが、MSFの運営執行委員会で合意された優先事項に基づいて、団体全体における主な進捗状況をまとめたものです。活動プロジェクトや各国事務局で実施されている取り組みは無数にありますが、それらは今回の進捗報告では取り上げていません。本進捗報告は、これらの問題に関する今後の報告の基となるものです。

虐待および不適切な行動の管理

MSFのスタッフや患者、活動地の人びとのためにすべきことと、実際に行っていることの間には、明らかに受け入れがたい乖離があります。
 
MSFのスタッフやアソシエーションメンバーからの苦情や、公開済の報告書などから、団体内の通報体制や苦情の対応に十分な信頼が得られていないことがわかりました。信頼の不足という問題を解決するためには、団体内のあらゆるレベルでこれらの取り組みを強化する必要があります。訓練を受けた専門スタッフと財源を確保し、各事務局において多様性・公平性・包摂性(DEI)を奨励するとともに、行動規範を監視する部門が互いの専門性から学べるようにすることが必要です。
 
MSFの内部調査では、活動国や緊急事態の活動下で虐待や不適切な行動があった場合、十分に迅速な対応ができていないことが明らかになっています。2020年には、差別に関する41件の苦情を含め、通報・苦情の数は389件にのぼりました。 このような問題を解決するために、私たちは以下のような取り組みを行っています。

  • 最適な対応例を共有するための仕組みと、許容される行動に関する明確かつ体系的なメッセージの作成など、虐待の事例を管理するためのツールの開発。
  • 活動地と本部の両方で、地域のニーズに合わせられ、かつすべてのスタッフに適した差別禁止学習プログラムの共有。
  • 新しく入団した全スタッフ向けオリエンテーションプログラムに、行動規範に関するプログラムを導入。
  • 反人種主義の意識を醸成し、確実な実践を目的とする「反人種主義プロジェクト」の確立。
  • 問題ある行動への対処方法について概要を示した「行動に関する小冊子」の制作。
  • ポスター、ビデオ、説明資料、トレーニング、ワークショップ、案件対応ガイドラインなど、さまざまなツールの整備。

また、これらの取り組みとともに、現在構築中の虐待および不適切な行動の予防および発見のための戦略に、患者や地域の人びとを確実に含める必要があります。現在、発信するメッセージやツールを各国向けに適合させる作業が遅れているため、この点が課題となっています。患者や地域の人びとの権利や苦情をMSFに通報する方法について、積極的な対話の努力が不十分です。 また、予防、発見、通報案件の対応を活動地域レベルに分散化することも目指しています。

スタッフの報酬(報酬および福利厚生を含む)

「世界各地のMSFスタッフとの会話の中で、報酬に関する規定や、人によって受ける待遇が異なることについて、頻繁に質問を受けます。スタッフが私たちに、そしてMSF執行部に疑問を投げかけるのは当然です。なぜなら私たちにはまだ取り組むべきことがたくさんあるからです」

MSFインターナショナル会長 クリストス・クリストゥ 

MSFは、報酬規定と手順が、多様なグローバル人材を目指す目標に合致しておらず、刻一刻と進化する業務上・組織上のニーズに応えるには不十分で、矛盾が生じ、機動性を妨げ、多くのスタッフに不公平感を与えていることを認識しています。具体的には以下が挙げられます。 

  • 報酬の指針となる原則や、その適用方法、優先順位が明確でない。
  • スタッフの分類(「海外派遣スタッフ」、「現地採用スタッフ」、「事務局職員」など)が時勢に合致しない。
  • MSF各事務所で、異なる給与体系や福利厚生制度を採用しているため、一貫性がなく、協業の取り組みやスタッフの流動性の妨げになっている。時として、給与体系の下限の給与では、適切な生活水準を保証するのが不十分である。
  • 世界各地に派遣される海外派遣スタッフに対する現行の報酬制度は、本国居住地を基準にしているため、一部のスタッフからは不公平で差別優位的であると見られている。
  • 「グローバル・グレーディング・フレームワーク」は、外部の経営コンサルタントの協力を得て、職務がどこにあっても一貫して等級付けされるように設計中。

MSFの報酬に対する複雑な要件、スタッフの規模と多様性、組織構造を考慮すると、「報酬見直しプロジェクト」が成果を生むには時間と投資が必要です。また、スタッフや給与支払いへの影響も大きいことが予想されます。設計と、関係各所との対話は年内続き、2022年末には実施される予定です。 

このような不公平を解消するために、「報酬見直しプロジェクト」を立ち上げ、「MSFインターナショナル契約管理室」を立ち上げる予定で、以下のような取り組みを行っています。 

  • 策定するMSFの「契約・報酬戦略」では、各スタッフの契約体系と給与を決定するために、まずスタッフのグループ化を定義する。そして、活動地の基準給与、MSFインターナショナルの単一基準の居住地の基準給与、あるいはこの2つの組み合わせのいずれが支払われるかを規定し、その上で各スタッフが給与と主要な福利厚生サービスに加えて受け取ることのできる報酬を規定する。この戦略を設計するために、私たちは専門家のアドバイスを受けるとともに、MSFの制度と他の国際NGOの制度を比較している。
  • 策定する「給与と福利厚生の最低基準」では、活動地およびインターナショナルの基準での給与表の作成方法、労働市場との比較、生活水準への考慮、調整と見直しの方法などを規定する。また、MSFの基準となる包括的なデータベースを構築している。給付に関する最低基準の初期提案には、育児休暇(出産・養子縁組)、有給休暇、死亡・障害給付などが含まれる予定。

リスクへの対応——安全確保とセキュリティ

「政情が不安定な活動状況下では、特定の人物特徴によって、個人やMSFチーム全体にとって、拘束、拉致、武装攻撃のリスクを高めることがあります。私たちは、非常に不安定な現場の状況、活動の種類、スタッフの人物特徴に関連した安全リスクにさらされる可能性と影響について、包括的な理解を深める必要があると認識しています」

MSFインターナショナル会長 クリストス・クリストゥ  

安全確保とセキュリティに関しては、専門的なスキル以外の特徴に基づいてスタッフを起用するにあたり、どのような条件であれば正当化されるのか、一貫したガイドラインを策定する必要があります。これは、民族、国籍、性別、宗教などの基準に基づいて人を選ぶ「プロファイリング」と呼ばれる行為です。 
 
本件について、MSFは2020年10月にダカールでワークショップを開催し、プロファイリングに関する主要な問題を分析し、それが引き起こす倫理的な問題について議論しました。このワークショップでは、「事実上の差別をどこまで許容できるのか?プロファイリングによって、個人、チーム、MSF全体の安全性はどの程度向上するのか?プロファイリングは、スタッフのキャリアパスや人事方針にどのような影響を与えるのか?」といった疑問が問われました。また、2021年9月に行われた議論では、プロファイリングは、MSFのスタッフや業務上のリスクを軽減する目的で、セキュリティ管理のためだけに使用すべきだという結論に達しました。
 
MSFは現在、中期的ビジョンを策定するために2年間におよぶ大がかりな団体内の協議を行っていますが、その中で検討されているのが「リスクの受容」です。スタッフの分類ごとのリスク度合いの差の問題は、その協議でも取り上げられる予定です。 

人材の採用と育成

MSFの既存の人員配置モデルでは、採用やキャリア開発の機会が不平等になっています。そのため、チーム構成に多様性がなく、一部では男女格差が生じ、現地採用スタッフのコーディネーター職への登用が制限され、本部の幹部層には欧米出身のスタッフが多くなっています。
 
複数の法的雇用主が存在し、異なる人事方針や慣行を持つMSFの分散型組織構造は、スタッフの採用と育成において重要な課題に直面しています。団体には単一の人員戦略がなく、MSFの原則は、オペレーションセンターや事務局、その他のMSF事業体で異なる形で適用されています。いくつかのオペレーションセンターでは、世界各地で活動できる経験豊富なスタッフが不足していると報告があり、新たにスタッフを採用して育成すると同時に、経験豊富なスタッフをいかにして維持するかが、さらなる課題となっています。  
 
こうした課題がある中で、あるべき方向に向けていくつかの前進はありました。セネガルの首都にあるMSFダカール事務所は、パリ、ブリュッセルに次いで、MSF全体の中で3番目に大きな採用担当事務局となっています。より幅広い地域から有能なスタッフを集めることで、活動現場のチーム構成を改善し、中・長期的にはリーダーや意思決定者のプロファイルを変えることができると確信しています。 
 
データによると、過去10年間で、世界各地に移動して活動する海外派遣スタッフの多様性が増しています。2020年には、3,326人のフルタイム同等者(FTE)のうち50%が「グローバルサウス(南半球に多くある開発途上国)」の国の出身者となり、2009年に比べて2倍に増加しました。
 
しかし、世界各地に移動して活動する北半球出身の海外派遣スタッフは、上級管理職(現地活動責任者を含む)に就いていることが多く、南半球出身のスタッフはその他の職務に就いている傾向にあります。この理由については、さらに詳しく調べる必要があります。
 
このデータは、他の構造的な弱点にも注目しています。例えば、プロジェクトで活動するスタッフのうち女性は33%しかおらず、世界各地に移動して活動する海外派遣スタッフのうち女性の割合は、2018年の46.2%から2020年には43%へと、最近2年連続で低下しています。この背景についても理由を探る必要があります。
 
このような不公平感を解消するために、私たちは以下のような取り組みを行っています。

  • 「MSFインターナショナル契約管理室」は、MSFが契約管理の機能を持たない国に居住する海外派遣スタッフの50%が直面している不公平感や管理上の問題を解決することを目的としている。現在、これらのスタッフは、任務を管理するオペレーションセンターと契約を締結するため、異なるオペレーションセンターに雇用された場合に契約の一貫性がなく、移動や職務へのアクセスが妨げられ、給与や福利厚生に差が生じている。2022年半ば以降、これらのスタッフにはMSFでの雇用期間中、一貫した契約とより良い給与・福利厚生が提供される。
  • MSFの学習・能力開発プラットフォーム「Tembo」は、スタッフのスキルや才能を最大限に引き出し、MSFの医療・人道活動に資するために、スタッフの働き方、学び方、成長の仕方を変えることを目的としている。
  • 私たちの多様性・公平性・包摂性(DEI)に関する情報・知識共有の仕組みは、MSF全体でアカウンタビリティ(説明責任)のフレームワークを構築することで、DEI問題の共通理解を促進し、本部とプロジェクトのDEI実務者間の情報、洞察、経験、最適な事例などの共有を促進する。

また、全MSFスタッフが人事方針やその根拠を知ることができるよう、人事情報へのアクセスを改善しており、以下のような取り組みを行っています。

  • MSFインターナショナルのウェブサイト(www.msf.org)に新たな採用ページを設けることで、MSFで働くことに関心のある人なら誰でも、すべての求人情報を得られるようにする。2022年初頭に開設予定。
  • 「雇用主としてのMSF」に関する情報と報酬規定を掲載した新しいサイト(rewards.msf.org)は、全MSFスタッフが閲覧できるようにします。2022年半ばに立ち上げ予定。
  • MSFの全ての方針とガイドラインが掲載された新しい人事ポータルは、MSFのコンピューターにアクセスできるスタッフ全員が使用できるようにする。2022年初頭に立ち上げ予定。

広報と資金調達

MSFの広報活動や資金調達活動を担うスタッフは、長年にわたり、団体の活動やスタッフ、患者や地域の人びとについて、誰もが納得できるかたちで表現するにはどうしたらよいか、活発な議論を重ねてきました。配慮の不足や文化的に不適切、MSFスタッフの真の多様性を表現していない、患者や地域の人びとの主体性を表現していない、などと受け取られる広報素材について、MSFの内外から定期的に指摘を受けてきました。時として、白人救済主義、新植民地主義、人種差別を助長していると受け取られる広報素材もあります。
 
MSFはこれらの問題に取り組むつもりですが、繊細なコミュニケーションや表現の概念は、社会や言語によって異なることを認識しなければなりません。適切なバランスを見つけ、MSF全体に単一の規範を押し付けることは控える必要があります。同時に、コミュニケーションツールやキャンペーン素材を制作する際には、広報担当者や資金調達担当者が、現地で起きている苦しみや災害など、厳しくも真実の証言を発信し続けることが重要です。
 
MSFは、対外的コミュニケーションにおいて、多様性・公平性・包摂性(DEI)の原則を確実に取り入れるために、以下の取り組みを開始しました。

  • 2021年4月に専門のタスクフォースが設立され、人種主義や人種的差別、さらにはジェンダー、LGBTQIA+、障がい者、その他の形態の差別に関連する側面を含む、広報活動や資金調達活動の戦略、制作物、素材のすべてに、DEIの原則を適用していく。また、既存のガイドラインを見直し、新たなガイダンス文書を作成するともに、DEIに関する知識と経験の共有を組織化して、優れた実践を促す。2022年初頭にガイドラインを完成させ、それをもとにトレーニングやオリエンテーション資料を作成する予定。
  • 2022年1月からは、団体内の「意見役」グループが活動を開始し、DEIの観点から今後の広報制作物や広報および資金調達キャンペーンを精査している。
  • 2022 年初頭に、広報および資金調達に関わる全てのMSFスタッフが利用できる DEI 関連のオンライ ン・ポータルを立ち上げる予定。
  • 視聴覚メディアのデータベースに登録されている18万枚の写真やビデオを見直すプロジェクトを立ち上げた。このデータベースには50年前のものもある。プライバシーと著作権に関する規制に準拠していることを確認した上で、スタッフ、現地の地域社会、患者、活動をポジティブに表現する上で、時代遅れであったり、懐疑的であったり、有害であったりするものについては、厳しい目でよく精査し、注釈を付け、アーカイブ化し、ものによっては削除する。

MSFが医療・人道援助を届ける患者と地域社会に対する援助の基準

差別や人種主義、アカウンタビリティ(説明責任)への関心の高まりを背景に、MSFはDEIを医療活動の方針や活動そのものに組み込むための取り組みを進めています。同時に、質の高い医療・人道援助を提供するだけでなく、自らの選択と行動に説明責任を果たせるように、医療データと活動を改革することを目指しています。
 
2021年初頭、MSFの医療ディレクターたちは、MSF全体で医療問題に関する協業の仕方の見直しを目的とした「Improving Collaborative Leadership」(ICL)イニシアティブを開始しました。患者による医療相談にはDEIも組み込まれる予定です。

経営陣のガバナンス(統治)とMSFの多様性を反映させた団体内の権限バランス

近年MSFは、将来の医療・人道援助活動のために、意思決定権をMSF全体にどのように配分し、活動プロジェクトと共有すべきかを検討し始めました。その一環として、「MSF組織体制プロジェクト」を立ち上げました。本プロジェクトは、しっかりとした説明責任を果たすことができるガバナンスの仕組みを維持しながら、さまざまな新しい意見が集団的意思決定プロセスの中心となる方法を見出すことを目的としています。プロジェクトでは、MSFの各事務局が経済的に自立し、MSF全体に貢献できることを条件とするなどの障害を取り除くことを計画しています。
このプロジェクトの結果、新しい組織の設立がより柔軟になり、現在の硬直した組織体制にとって代わる革新的なアプローチが可能になるでしょう。
 
実際、すでにMSFの運営執行部における権限バランスは変化しています。2020年と2021年には、ヨーロッパ圏以外で新たに3つの地域事務局が発足し(MSFラテンアメリカ、MSF南アジア、MSF東アフリカ)、MSFの最高執行機関において投票権をもつメンバーとなりました。これにより、MSFのガバナンス構造に新たな意見や声がもたらされることになります。また、MSF西アフリカはオペレーション組織の運営権を獲得しました。  

終わりに——組織文化における根本的な変革

「MSFは、組織全体で行われている取り組みがあることも認識しなければなりません。これらの取り組みは、あらゆる意見や声に確実に耳を傾けることを目的としており、 DEI協議会の設立、アソシエーション会合や経営執行陣のミーティングへの参加、調査や報告書の作成、外部コンサルタントやエージェンシーの活用などを通じて、意見収集や今後の方向性の策定において発生しうるバイアスを排除しています。グローバルなアプローチだけでなく、ローカルな解決策も必要なのです」 

MSFインターナショナル会長 クリストス・クリストゥ 

MSFが始めた取り組みは、小規模な調整というものでは決してなく、MSF全体および全ての活動に影響を及ぼし、組織文化に大きな変革をもたらすものです。これにより、スタッフ、患者、そして地域社会の日常生活に具体的な変化をもたらすことができます。真の変革がもたらす課題の大きさを過小評価することはできません。正しい方向に向かって前進しているとはいえ、まだ道半ばにあるのです。  

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